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お砂糖豆知識[2008年4月]

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最終更新日:2010年3月6日

お砂糖豆知識

[2008年4月]


風とソテツとさとうきび〜第三話 最強の防風樹ソテツ〜


鹿児島県農業開発総合センター農業大学校 非常勤教授 安庭 誠

 海上に浮かぶ南西諸島は、海域に島々が点在し、強風を遮る障壁や緩和する防風システムを欠いていると言える。これに加えて、夏季には台風が恒常的に来襲し、冬季の季節風も島々の北西部では強く吹く。このため、昔から農作物の被害は甚大で、奄美地域の郷土誌には多くの餓死者があったことも記されている。
 奄美の農家はこの風害から作物を守るため、ソテツを植えて防風林とした。ソテツの防風林は畑の基盤整備とともに消失し、今では徳之島町金見岬に残るだけになっている。
 島民はなぜ成長の遅いソテツを防風林に選んだのか。このことを紐解くことが、今後の防風林造成、ひいては今後の風害対策になるのではなかろうか。このような思いから、金見岬のソテツの防風樹を紹介する。

1.ソテツの防風林
 これから述べるソテツの防風林は、公園にあるソテツとは少々異なる。そこで、まずは目揃いをしていただくため3枚の写真を準備した。写真1は金見岬にある高台から地域全体を見たものである。ソテツの生育が旺盛であるのに対して、ソテツに囲まれた畑は非常に狭いことがわかる。手前の木が枯れた原因は潮風害によるものである。写真2はキビ畑の方からソテツの防風林を見たものである。狭い畑の周縁に4〜5mほどに成長した立派なソテツが群生している。写真3は畑と畑の間を通る道路を写したものである。狭い道を挟んでソテツが成長しているため、道はソテツのトンネルのようになっている。これから述べるソテツは、このような生育様相をしたソテツである。
 もう少し金見岬の説明を加えよう。ここの畑はほとんどが10a以下で、5a以下の畑も多く、極めて狭い。道幅は広い幹線が1〜2mで、この道から分かれる支線になると50cm程度の道幅になる。おそらく、畑への運搬は幹線は畜力で、支線は人力で行ったのであろう。
 現在、畑では自家用として野菜や落花生などが栽培されている。しかし、軽トラックも入ることができない道幅であるから、耕作を放棄した畑も多い。

写真1 ソテツに囲まれたさとうきび畑
写真2 ソテツの中のさとうきび

写真3 ソテツのトンネル

2.金見岬は「風の道」
 金見崎は地図に示したように徳之島の北東部に位置し、海に突き出ている。このため、潮風害を受けやすい地形といえる。また、海から直接吹きつける風は、すぐ背後にある比較的高い山にぶつかり、一定の方向に流れ「風の道」が形成される。金見岬はこの風の道の狭い出口にあたるため、風が濃縮され疾風となり想像以上の強風が吹く。人が強い息を吹きかけるとき、出口にあたる口元を狭めるのと同じ原理である。伊仙町の犬田部岬や龍郷町の西海岸も非常に似た地形で、いずれも疾風が吹く。土壌は豪雨で流出しやすい花崗岩由来である。このように、金見岬の畑はその立地条件から、強風や潮風害の被害を受けやすく、また、土砂流出の危険を抱えているといえる。

3.耕地防風樹としての「ソテツ」
 私は徳之島在任中、幾度となくソテツの耕地防風樹としての素晴らしさを聞き、それを目の当たりにした。そのことを整理すると、次のようになる。

 1)まず、防風樹としての機能が、総合的に優れていることである。ソテツは島に自生し、栄養繁殖ができるため増殖が容易である。しかも強靱で病害虫の被害を受けることがない。また、強風による折損、倒伏がなく、潮風害にも強い。要するに、過酷な奄美の自然条件の中で、自らの力で生き抜く能力を備えている。対照的であったのは、九州を代表する防風樹であるイヌマキである。イヌマキはキオビエダシャクトリの食害を受けるため、年に数回の防除が必要である。このためか、根の張りが悪く、台風で倒伏することも希ではなかった。奄美地域にイヌマキが少ないのはこのためであろう。

 2)次に、土砂流出の防止効果である。畑の基盤整備が進み、ソテツが畑から姿を消してから久しい。近年、赤土が海に流出して、社会的問題として大きく取り上げられるようになっている。理由は、海に流れる赤土が、漁業や観光に悪影響を及ぼしているためである。ソテツはこの土砂流出を防止する効果が極めて高く、金見岬のソテツはこれを見事に実証している。金見岬周辺の畑は、花崗岩からなる傾斜地にあり、島では最も土砂が流出しやすい条件にあるにもかかわらず、大雨の後でも海が青々としていたことが、強く印象に残る。ソテツの強靱な根が畑の土手の崩壊を防ぎ、幹は畑の土をブロックして、海への土砂流出を防いでいる。ソテツはこの土砂流出防止機能によって、貴重な畑の作土を維持するとともに、島をとり囲むサンゴ礁を土砂から守ってきたのである。サンゴ礁は魚貝類が育つのに最適の場所である。海から得られる豊富な魚貝類は、島の人々にとって貴重なタンパク質源として、生活には欠かせない。このように、ソテツは畑だけでなく海も守り、島民の生活を支えている。

 3)ソテツは食用としても重要であった。実は日常の食用になり、味噌・醤油・焼酎などにも用いられた。奄美ではソテツの実を「ナリ」と呼ぶ。ナリ味噌は今でも市販されている。また、救荒時にはソテツの茎からデンプンを取り食料とした。防風樹のソテツは食料資源でもあったのである。
 ソテツが奄美にとって食用として欠かせない食用作物であったことは、龍郷町西海岸に位置する安木屋場(あんきゃば)のソテツ群落を見たら良く理解できる(写真4)。海に面した急傾斜の崖に人工的に植えられたソテツは、耕地の少ないこの地域では食用を得るために、不可欠であったのだろう。このソテツの群落を維持するには、ソテツの群落内に生えて成長する雑木の伐採が必要なため、大変な苦労があったことを聞いた。

写真4 安木場のソテツ群落

 4)ソテツの葉は有機物肥料として広く用いた。農業試験場大島支場では成分分析と肥効の実証試験を行い、緑肥として奨励している。畑の周辺から容易に得られるソテツの葉は、有機物の分解の早い南西諸島で大きな効果を発揮したに違いない。
この他に、ソテツは盆栽、庭園木用として島外に販売された。また、民間薬や燃料にも用いられ、島民の生活に深く関わっていた。沖永良部島では旧暦の1月2日に家族全員が1人当たり3本以上のソテツを植え、その年の仕事始めとしていた。このようなソテツを植樹する行事は奄美大島の宇検村にもあったことから、奄美地域では広く行われていたと考えられる。おそらく、ソテツの大切さを子供の時から教えていたのだろう。まさに、ソテツは島民と共に生きてきたのである。表題を「最強の防風樹」とした理由は、防風樹の機能が優れたことに加え、食料など資源として島民に欠かせない植物であったことによる。

4.ソテツの中のさとうきび
 キビもこのソテツの防風林に守られ栽培されてきた。狭い耕地でのさとうきび栽培は、不便で、生育は悪かったのではと思っていたが、農家の話ではそうでもなく、キビの生育は良かったとのことである。キビの生育が良かった理由としては、下記のことが考えられる。

 1)まず、防風・防潮の効果が高かったことがある。当時、栽培されていたキビの品種「POJ2725」は、折れやすい特性があった。連続台風はもちろん、1回の台風でも折れやすいのである。農家はソテツ防風効果を、直接目にしたに違いない。

 2)防風樹周辺の作物は光が遮断されるため、一般に作物の生育が劣る。樹高の低いソテツは、キビの生育を阻害する程度が小さかったと思われる。

 3)ソテツの葉が有機物肥料として活用された時代は、化学肥料は金肥と呼ばれ非常に貴重なものであった。この貴重な金肥の施用法は、生育したキビの近くに小さな穴を開け、その中に少量の金肥を入れて穴を閉じたと聞いたことがある。このように、化学肥料が入手しにくい時代、容易に得られるソテツの葉は有機物肥料として活用され、反収向上に貢献したと思われる。

 4)前述したように、ソテツは土砂流出を防ぐ効果が高かった。このことは畑に降った雨が表面水として、畑の外に流れ出すことを防いだ結果である。これは肥沃な表土の流出を防ぐと同時に、降雨を畑に閉じこめて干ばつを防いだ可能性もある。

 5)ソテツが害虫の密度を減らしていた可能性もある。キビは生育期間が長いにもかかわらず、農薬散布が極めて少ない作物の一つである。従って、キビ畑における害虫の増減は、そこの生態系の中で決められると考えられる。例えば、ソテツが鳥の生息・繁殖に好条件を与えているとしたら、当然鳥の餌である害虫は減ることになる。以上は私の推論であるが、森林が消失し鳥を見かけなくなった地域では、ドウガネ類やハリガネムシ対策に苦慮しているように思えてならない。現在注目されている、総合的有害生物管理(IPM)を視野に入れた今後の研究に大いに期待したい。

5.おわりに
 冒頭のソテツを防風林に選んだ答えは、以上述べてきたように、防風・防潮・防砂など畑の作物を守ると同時に、食料、肥料、燃料、庭園用など資源としても島民の生活に欠かせない重要な植物であったと言える。
 さて、昨年末、鹿児島の地元新聞に興味ある記事が2つあった。ひとつは、女子マラソンの野口みずきさんが奄美大島で合宿している話である。実は、野口さんは前回も安木屋場周辺を走って、オリンピックで金メダルを獲得している。その前、高橋尚子さんが走った金見岬周辺は、「尚子ロード」と呼ばれている。まさに、「風とソテツとさとうきび」を駆け抜けた二人の女性ランナーは栄冠を勝ち取ったのである。
 もう一つは、ソテツの実が砂漠緑化事業や観賞用として、海外に輸出されている話である。記事によると、もう10年ほど前からソテツの種子は輸出されている。日本の商社を通して、中米コスタリカで育苗され、フランスやオーストラリアなどに輸出されているとのことである。
 ソテツは海外でどのような活躍をするのであろうか。記事には砂漠緑化や観賞用とあったが、世界的な食糧危機が叫ばれるなか、食料の利用も十分に考えられる。21世紀におけるソテツの活躍に、期待と興味は尽きない。
 次回は「ソテツに学ぶ明日の防風樹」と題して、今後の耕地防風システムについて考えてみよう。