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最終更新日:2010年3月6日
[2008年5月] |
風とソテツとさとうきび〜第四話 ソテツに学ぶ明日の防風樹〜 |
鹿児島県農業開発総合センター農業大学校 非常勤教授 安庭 誠 |
奄美地域の農業と生活を長年支えてきたソテツの防風林は、畑の基盤整備の進行に伴って現在ではほぼ消滅している。農業の近代化には畑の整備は欠かせないし、軽トラックも入れない道幅では、農業の生産性向上は期待できない。事実、ソテツに囲まれた金見岬の畑は耕作が放棄される場合も少なくない。特に、キビ作は収穫・運搬作業に機械力を必要とする。近年、急速に増加したハーベスタ収穫も、基盤整備によって可能になったと言えよう。一方、南西諸島で失われた防風林もまた農業にとって不可欠なものである。このため、ソテツに代わる新たな防風林を早急に整備することが求められる。そこで、ここでは「最強の防風樹ソテツ」に学ぶ視点から「明日の防風樹」を考えてみよう。
1.第四話を読むにあたって
本文を読むにあたって次の件をご了解いただきたい。(1)本文は私が島でキビを栽培し、多くの台風を経験したこと。また、防風樹の管理など作業を行う中での感想を述べたものである。従って、本文は南西諸島における防風樹を選定するような話ではない。キビを風の被害から守る思いから、私見を述べたものである。(2)話の進め方であるが、最初に第三話で述べた防風樹ソテツの機能を整理した後、今後の防風樹に求められる機能を述べる。次に、奄美地域で見た防風樹を樹木別に、それぞれ私の感想を述べたい。最後に、今後の耕地防風樹について、私見を述べることにする。
2.防風樹の機能
新しい防風樹について述べる前に、第三話で述べたソテツの機能を整理すると下記のようになる。
1) | 防風樹としての基本的特性が優れる。具体的に述べると、強じんで強風で折れたり、倒れにくい。病害虫や潮風に強く枯れにくいため、島で自生する能力を備えている。 |
2) | 豪雨による土砂流出を防止できる。 |
3) | 食料・燃料・肥料など資源として活用された。 |
4) | 第3話 最強の防風樹 ソテツ(2008年4月号)で触れたように、樹高が低いため、光の遮断によって作物へ悪影響を与える程度が小さい。 |
1) 防風林が完成するには長期間を要し、経費、労力など投資が伴うので、成長とともに何らかの「見返り」を得られる樹木が望ましい。イヌマキが防風樹として広く植えられた一因は、長年を経て高価な「床柱」や「庭園木」として、利用されたからである。また、長崎県五島列島の特産ツバキ油は、防風樹として植えられたヤブツバキが起源と聞いた。このように防風樹から「見返り」を得ることで、防風林の育成が加速されるであろう。後世に資源・財産を残せるとしたら、植林の励みになるに違いない。
2) これから植樹する防風樹が利用されるのは、早くても21世紀も後半を迎えていよう。指摘されてきた食料やエネルギー資源の不足は、最近ようやく日本国民も実感するようになってきた。また、多くの原生林が伐採され、森林資源の枯渇も心配されている。これらの資源不足は今後更に深刻化することが予想される。
3) 現在、完成している防風林は戦前に植えられたものが多い。その時代、十分な食料はなかったし、農家が燃料として石油を十分に使えるはずもなかった。先人は防風樹の何らかの利用を考えて植樹したのである。従って、ここでは歴史に学ぶ視点からも防風樹の利用面を含めるべきである。
3.私の見た防風樹
上述した観点から、奄美地域における防風樹の中で、特に印象に残る6樹種について、思いつくまま感想を述べてみる。
1)アダン
海岸線に自生するアダンは風にも潮にも極めて強く、ソテツと共に奄美地域を風から守ってきた防風樹である。ソテツと異なる点は、ソテツが耕地の防風林の主役であったのに対して、アダンは海岸線の防風、防潮、護岸の機能を備えている。
アダンは横に広がり畑に侵入するため耕地防風樹には適さないが、海岸線を守る防風樹としては最も適している。たこ足状に無数に伸びる太い支柱根は、塩分の高い海岸にガッチリと根付き、浸食を防ぐには実に優れた機能を備えている(写真1および写真2)。また、枝は分枝が多く、風で折れることは少ない。今後、雨と風から島を守る総合的な防風システムを構築する場合、アダンは海からの風と潮を、最前線の海岸線で食い止める樹木として欠かせない。アダンの利用については、島では特に聞かなかった。しかし、「NHK日曜美術館 黒潮の画譜〜田中一村」で有名なアダンの実は赤く美しい(写真3)。鹿児島県農業開発総合センター(旧農業試験場)徳之島支場の玄関にアダンの実の付いた枝を水に入れ飾ったところ、見栄えと日持ちが良かったことが印象に残る。大きな会場の装飾用に使ってみたい樹木である。
写真1 台風で浸食された海岸 |
写真2 浸食を防ぐ海岸のアダン |
写真3 アダンの実
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2)モクマオウ
モクマオウの林は戦後植林された人工林である。樹高が高く生長が速いことから、奄美地域では広く植樹されている。徳之島伊仙町喜念浜や与論島の百合ヶ浜など奄美地域の海岸線には、幅100メートル以上のモクマオウの防風樹林帯がある。ここの防風樹林は風の被害防止だけでなく、潮風害防止、海岸の砂浜の防砂機能を果たしている。喜念浜ではモクマオウが植えられるまで、海岸から1キロメートル程度離れている県道に浜砂が飛び散り、交通にも支障があったという。このように海岸線のモクマオウの樹林帯は、防風、防砂に大きな効果を上げている。これに対して、耕地防風樹として畑の周辺に植樹されたモクマオウは評判が悪く、伐採されることも珍しくない。理由は、樹高が高いためモクマオウの周縁部が被陰され、作物の生育が劣ることにある。事実、徳之島支場ではモクマオウの防風樹に近い4〜5メートルの幅でキビの生育が劣り、キビの試験にも支障があったことを記憶している。被陰を防ぐためにせん定を行うが、生長が速いため、2年に一度行なわなければならず、これは大変な重作業であった。
また、潮風害に弱く、強風によって折れた大きな枝で、キビが押し潰されたこともあった。野菜や花き栽培では、さらに大きな被害が想定される。いずれにしても、モクマオウは、その特性からして、耕地周辺の防風樹には適していないのであろう。
近年、モクマオウがミナミネグサレセンチュウで枯死する現象が認められ、具体的な防除策が見つかっていない。この被害の動向も見極める必要がある。用途としては薪炭材として優れる(写真4)。
写真4 モクマオウの防風林 |
3)ガジュマル
高さは20メートル程度になり、台風や病害虫に対してはソテツ並に強いため、防風、防潮樹として家の周りに植えられる。しかし、耕地防風林としては枝が側方に成長し、作物に悪影響を及ぼすため、畑ではほとんど用いられていない。徳之島支場の花き畑には、ガジュマルの防風林があるが、広いスペースが必要で、せん定に労力を要している。やはり、ガジュマルは耕地防風林より建物の防風林に適しているように思う。奄美地域ではガジュマルが小中学校のシンボルになっていることも多い。最も有名なガジュマルは沖永良部の小学校の校庭にあり、某電機メーカーのコマーシャルに登場したこともあると聞いた。奄美地域の日差しは強烈であるが、このガジュマルの大きな樹陰はこれを避けるのに十分で、その木陰は暑さを忘れるほど快適であり、確かに奄美地域を代表する樹木のひとつである。その他の特徴としてキクラゲが自生しやすいということを聞いた。
4)シャリンバイ
主に海岸部に自生する2〜4メートルの低木樹で、台風や病害虫には強い。枝葉は多く分枝して茂り、丈夫で曲がることがなく直線的である。徳之島支場のガラス室側方に植えられたシャリンバイは、10年程度で立派な防風林となった。せん定が容易で、作物への悪影響は小さい。病虫害の発生がなく、潮風害にも強いことから、徳之島支場では、敷地内の防風樹を、モクマオウ、イヌマキからシャリンバイに順次切り替えている。花はシャリンバイ(車輪梅)の名のとおり梅の花に似て、これが密に咲き誇り花の時期はメジロが飛び交うので、景観樹としても有望である。耕地防風林として広く帯状に植えられた景観は、ソテツと同様に観光資源になるかもしれない。用途としては、樹皮の煮出し汁が大島紬の染料として使われる。過去には子実を食用にしたらしい。濃紫色を呈する子実は機能性食品としての可能性もある。今後の総合的な調査研究に期待したい(写真5)。
写真5 新植から数年後のシャリンバイ |
5)イヌマキ
種子島以北では鹿児島県を代表する防風樹であるが、奄美地域では少ない。徳之島支場でも、イヌマキを敷地内の一部の畑の防風樹として植えている。しかし、キオビエダシャク(南西諸島、沖縄などに生息する蛾の一種。幼虫がイヌマキの葉を食べ荒らす。)による食害を防ぐため、年に4〜5回防除している。奄美地域ではこの害虫が発生する期間が長く発生量も多いので防除が大変である。最近、奄美大島で標高300メートル程度の森林を切り開いたタンカン園で立派なイヌマキの防風林を見た。奄美地域でもよく生育するものだと驚いた次第である。用途としては、庭園木の他に耐白蟻性が優れ、沖縄・竜美地域では建築材として重用される。最近、キオビエダシャクの発生分布は広がり、薩摩半島や大隅半島でも大きな被害を受けるようになってきた。中には、立派に育ったイヌマキの防風林が枯死するものもある(写真6)。地球温暖化の影響と考えられるが、私がかつて奄美地域で見たのと同様の現象が起きている。このまま温暖化が進むと、イヌマキの防風樹は姿を消す危機にあり、この現象はさらに北上することが懸念される。
写真6 キオビエダシャクで枯れたイヌマキ (鹿児島市) |
6)ソテツ
ソテツは少なくなったが、防風、防潮、土砂の流出防止について効果的なことは、昔と変わらない。奄美地域の畑の多くは傾斜地に等高線上になっている。このような場所で畑の面積を広げるとなると、必然的に土手のり面が高く急傾斜になり、大雨によって畑の土手が崩壊して大量の土砂が流出する。このようになると、土砂流出だけでなく、土手の修復に要する被害額も膨大になる。私はこのような場所に植樹したソテツを見たことがある。成長が遅いソテツで大丈夫かと思ったが、10年も経過すると立派に育ち、畑の土手崩壊を十分防ぐ機能を備えていた(写真7)。用途も食用・観賞用など多い。最近、ソテツの実は砂漠緑化事業や観賞用として、海外に輸出されている。
写真7 新植されたソテツ |
私が見た防風樹6種について思い出すまま感想を述べた。この他に、南西諸島の防風樹としてフクギ、テリハボク、ソウシジュ、アカテツ、アカギ、ヤブニッケイ、トベラ、イスノキ、ハマビワなどの樹木もある。また、高級材に着目すると奄美地域ではコクタンも垣根に植えられている。コクタンは徳之島支場にも2本植えてあったが、潮風にも強かったことが印象に残る。このような樹木についても、上記の観点から評価することが必要である。
4.耕地防風システムへの提言
南西諸島における風は海から強く吹きつける。海からの強風が畑に達するまでの間、いかに風速を弱めるかが、極めて重要と考える。そして、最終的には、その弱まった風から作物を守るのが耕地防風林と言えよう。耕地を守る防風林についても、自分の畑を四角に囲むより、地域の畑全体を考えた防風林がはるかに効率的である。今後はこのような視点にたって、地域全体の耕地防風システムを作ることが重要と考える。従って、防風樹は植える場所によって当然選定が異なる。
かつてソテツ防風林は百年の大計として植えられたのだろう。それが消滅した現在、農業を含めた島全体の防災を念頭においた新たな防風林は、百年の大計の基に植樹されることが望まれる。そして、樹種の選定、防風システムの構築に当たっては、風の専門家、森林の専門家、食品加工関係者、観光関係者など幅広い意見を取り入れることも大切と考える。最後に、ソテツの植樹をその年の仕事始めとしたように、子供を含めた地域ぐるみの取り組みを期待したい。
5.「風とソテツとさとうきび」を終わるにあたり
これまで4回にわたって、キビの台風被害と被害を防ぐ防風林について述べてきた。キビは大きな風の被害を受けたとしても、たぐいまれなる再生力で被害を最小限度に食い止めてきた。この再生力の源は同化産物(糖分)である。本来、キビはある程度成長すると、茎に糖分蓄積を重ねてゆく。ところが、台風によって葉身を失うと、糖分を蓄積するどころか、それまで蓄積した糖分まで失うのである。このため、キビの品質向上に防風林は欠かせない。
先日、奄美大島を訪ねてみたところ、今年のキビは台風と干ばつがなく、多収で品質は特に優れるとのことで活気を感じた。台風被害がなければキビは豊作ということは、収量や品質の平年値に台風被害が包括されていることにほかならない。このように、南西諸島のキビは毎年のように風の被害を受けている。この被害を軽減する防風林の必要性を強く感じた。本文が南西諸島の防風林育成への一助となることを期待したい。