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お砂糖豆知識[2008年8月]

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最終更新日:2010年3月6日

お砂糖豆知識

[2008年8月]


“歓びも悲しみも”さとうきびの夏植え
―第三話恐るべし枯死茎―


鹿児島県農業開発総合センター 農業大学校 非常勤教授 安庭 誠


 前月号までに紹介したようにPOJ2725は夏植えに適し、また夏植えは当時の農業事情にも合致したため、さとうきびの一時代を築いた。しかし、次の時代を築いたNCo310が登場すると、夏植えは植え付け時期が大きく変化した。POJ2725の時代には7〜8月に植え付けていたが、NCo310の時代になると2ヶ月程度遅くなり多くは9月以降に植え付けるようになった。この理由を尋ねると「NCo310の夏植えは枯死茎(こしけい)が発生する」とのことであった。この枯死茎については、奄美地域の夏植えで被害の大きかったことをしばしば耳にした。しかし、当時枯死茎の被害を示す具体的なデータを目にすることはなく、ほとんど無関心でこの話を聞いていた。
  ところが、筆者は平成11年1月5日、徳之島支場における夏植えの収穫で、枯死茎の大発生を目の当たりにした。その被害は筆者の想像をはるかに上回る大きなものであった。奄美地域の農家が今でもその被害の大きさを話題にすることも、枯死茎の発生を避けるために、夏植えの植え付け時期を遅くしたこともすべて納得できた。
  第三話ではこの話を述べることにするが、さとうきびの枯死茎と言っても、今ではさとうきび関係者でも聞き慣れない言葉になっている。したがって、分かりやすいように①枯死茎の発生要因。②枯死茎の被害の大きさ。③農家がとった枯死茎発生の防止法。④枯死茎への備え―の順に話を進めることとする。

1.枯死茎の発生要因

 さとうきびにおける枯死茎は「サトウキビに関する調査基準1)」に次のように記載されている。「枯死茎は収穫茎のうち生存部分の存否にかかわらず枯死状態の茎とする」。すなわち、枯死茎とは生育の後半期に何らかの障害を受け、生育途中で枯死した茎のことである。生育途中に枯死する茎には枯死茎以外に無効分げつ茎があるが、これは比較的早い時期に枯死するため、収穫時期にはすでに腐敗・分解して残っていない。これに対して、枯死茎は生育収穫時まで茎全体が枯死した状態で残る。このように、収穫時期に枯れた状態にある茎はすべて枯死茎とされる。枯死茎の発生要因にはいくつかがある。筆者が観察した枯死茎の発生要因は下記のとおりである。①害虫のドウガネ類に根を食害され発生する枯死茎。これは農家のほ場で見たものであるが局所的な大発生であった。②干ばつの時、水分の不足によって発生する枯死茎。これは発生深度が浅い茎に発生する場合に多い。③台風で株ごと倒れ、根が浮き上がり茎への水分が供給できなくなって発生する枯死茎。これは風当たりの強い畦畔側で発生する。④白条病によって発生する枯死茎。白条病に弱い品種は葉身の葉緑素が欠落するため、茎へ同化産物が供給できず枯死すると思われる。⑤生育が過繁茂となり折り重なって倒伏して発生する枯死茎。今回述べる枯死茎は⑤のタイプのものである。
  このなかで、根からの養水分供給が遮断されて発生する①〜③の枯死茎は、被害が部分的で地域全体に大被害を及ぼすには至らない。また、④の白条病についても、白条病が発生するような品種は品種育成の中で淘汰されるから農家が目にすることはない。奄美地域の農家が恐れる枯死茎とは⑤のタイプの枯死茎である。これからこのタイプの枯死茎について述べるが、前述したように枯死茎とは多くの要因からなる総称と言える。そこで、読者の混乱を避けるため、これから述べる枯死茎は「過繁茂型枯死茎」と仮称して話を進める。過繁茂型とした理由は、稲作などにおいても生育過剰による障害を過繁茂と呼んでいることによる。
  さとうきびの生育は旺盛で伸びすぎた場合、地上部の重さに耐えれず必然的に倒伏する。平成10年度は7月中下旬の降雨で倒伏が始まり、10月に台風が接近し被害は軽かったが、風雨が倒伏を助長した。この時、下に押さえつけられた方の茎は、葉身に光が当たらないため光合成ができず、茎葉全体が枯死した。これに対して、上部の押さえつけた方の茎の葉身は青々としていた。そして押さえつけられた茎は、下部になるにしたがって被害が大きくなった。私の記憶では地面に接する最下部の枯死茎は相当に腐敗が進んで、発酵したのではなかろうかと思った。このように、目に見える上部の茎が青々としているため、筆者達が枯死茎に気づいたのは収穫の時であった。このようにして発生する枯死茎は、広範囲にわたり大量に発生するため、農家に大きな損害を与えることになる。農家が恐れる枯死茎とはこの過繁茂型枯死茎のことである。
  最後に、枯死茎のイメージを持っていただくために、徳之島支場から枯死茎の写真を送っていただいた(写真1)。どのタイプの枯死茎は不明であるが、茎内部が分かるように枯死茎は縦方向に切断してある。糖分は全くなく、残っているのは繊維分だけである。


写真1  枯死茎(右側2本)

2.過繁茂型枯死茎の被害

 過繁茂型枯死茎の被害は、生育過剰が引き金となり発生する。したがって、過繁茂型枯死茎が発生した平成10年度におけるさとうきびの生育は極めて良好でなければならない。これを確認するため、平成10年度のさとうきび生育概況に触れる。「徳之島支場試験成績書」によると、生育概況は気象被害が少なく、原料茎長が長く重たかったため、平年より26〜75パーセント多収であったとある。また、「平成10年産さとうきび及び甘しゃ糖生産実績」によると、奄美地域のさとうきび10アール当たり平均収量は7.2トンで、平成2年以降では最も多収の年で、この記録は現在まで破られていない。要するに、この年のさとうきびの生育は極めて良く、10年に一度あるかないかの豊作の年であった。これで過繁茂型枯死茎が発生し得る生育であったことを確認できた。それでは枯死茎の被害に移ろう。
  平成10年度における枯死茎の被害は表のとおりで、ここから栽培型と品種間差異について下記のことが分かる。


表  栽培型別枯死茎の発生と収量・品質
資料:平成10年度サトウキビ試験成績書(鹿児島県農業試験場徳之島支場)


  ①春植えおよび株出しにおける枯死茎発生率は、いずれの品種も2パーセント以下と少なく品種間差異は認められない。②夏植えの枯死茎発生率は多い傾向にあり、品種間差異が明確に認められる。すなわち、NiF8の発生率は少ないのに対して、NCo310は16パーセントと異常に多い。これとは別にNCo310の夏植えには約30パーセントの折損茎が発生している。この年、台風被害は軽微で風による折損と考えられない。従って、この折損茎は頂部が枯死し、茎が折れたため折損茎にカウントされたと思われる。このことから、実質的な枯死茎の発生率は40パーセント以上あったと推定される。
  以上の結果から、過繁茂型枯死茎は夏植えに発生することおよび明確な品種間差異があることが分かる。そして、NCo310の夏植えは、確かに特異的に大発生した。
  このNCo310の夏植えに発生した過繁茂型枯死茎による被害は40パーセントの減収だけでも大被害である。しかし、この被害はこれだけでは終わらない。この過繁茂型枯死茎が発生する条件下では、生き残った茎も無傷ではない。茎の外観上は健全に見えても、内部は相当に傷んでいるから茎は軽くなるし、当然品質も劣ることになる。夏植えの糖度は春植えに比べて11パーセントも低い。その結果、「NCo310」の単位面積当たりの砂糖収量(可製糖量)は、枯死茎の少ないNiF8対比で約30パーセント、すなわち、70%パーセントもの大減収になった。台風と干ばつ被害がなかったにもかかわらず、可製糖量はわずかに53キログラム/アールである。本来、2年がかりで栽培する夏植えは、気象被害に強く、収量が優れている。しかし、NCo310における夏植えの原料茎重は、栽培期間が1年である春植え対比で約85パーセントしかない。この過繁茂型枯死茎の被害を受けた農家にとっては、何年たっても忘れることができないことだったのだろう。NCo310や夏植えの話になると枯死茎が今でも話題になるのである。
  筆者が経験した過繁茂型枯死茎の被害はこのように大きなものであったが、この被害は一事例にすぎない。実際、当時発生した枯死茎の被害程度と異なることも考えられる。このため、枯死茎の被害を経験した複数の人に尋ねたが、「枯死茎被害は大きかった」以上の回答を得ることはできなかった。そこで枯死茎の被害に関する沖縄県の記録を調べてみたが、ここでも「NCo310の夏植えは肥沃地で枯死茎が発生しやすい2)」との見解しか得られなかった。したがって、過繁茂型枯死茎の被害については、大きな被害であったと言うにとどめる。また、発生頻度についても明らかにできなかった。この他にも枯死茎については不明なことが多い。今後の調査研究に大いに期待したい。

3.農家がとった枯死茎発生の防止法

 それでは農家はこの枯死茎を防ぐために、どのような対応をしたのであろうか。枯死茎が発生する条件は、生育が旺盛で過繁茂になり、倒伏することが挙げられる。生育がこのような状態になるのは、生育期間が長い夏植えに限られる。農家は夏植えの生育量を抑制するために、植え付け時期を遅らせたと聞いた。すなわち、POJ2725の時代は、夏植えの植え付け時期は7月から8月が中心であったが、生育が旺盛なNCo310時代になると、過繁茂型枯死茎を防ぐために、農家は夏植えの植え付け時期を9月・10月に遅らすことによって生育量を抑制し、枯死茎の発生を防いだ。
  これを確かめるため、過去の農業試験場における夏植えの植え付け時期を調査した。まず、昭和12年は7月7日である。次に、昭和40年は8月9日で、昭和45年になると9月3日と遅くなり、以後、9月上旬植えが現在まで続いている。このことからも、夏植えの植え付け時期が2ヶ月ほど遅くなったことが分かる。

4.NCo310のそれから

 以上の結果から、NCo310の夏植えに過繁茂型枯死茎が発生し、農家が大きな被害を受けたこと、そして、この発生を防ぐために夏植えの植え付け時期を遅らせたことを立証することができた。このようにして、過繁茂型枯死茎が発生しなくなったNCo310は、その後、30年にわたって南西諸島のさとうきび作を席巻することになる。そもそも過繁茂型枯死茎は生育が旺盛なため発生する。生育が旺盛な特性は悪かろうはずがない。伸びの良いNCo310は1年間の栽培で収穫できる春植え栽培と株出し栽培でも十分な収量を得ることができた。特に、NCo310は株出し栽培に適し、株出し栽培で多収・良質の原料茎を得られた。この株出し栽培を武器に、NCo310時代になるとさとうきびの生産量は飛躍的に増加し、現在ある大型製糖工場が進出する大きな動因となった。さとうきび増産にとって春植え+株出し体系が不可欠なことは、このような歴史が証明している。

5.枯死茎への備え

 過繁茂型枯死茎が発生した年の製糖が終わる頃、製糖工場の農務関係者が筆者を訪ねてきて、主力品種であるNiF8は倒れても枯死茎が発生しなかったことを笑顔で話した。話の内容から過繁茂型枯死茎の発生を心配していたことが伺われた。やはり、過繁茂型枯死茎の発生を防ぐ必要性を感じた。理由は被害が極めて大きいし、すでに先人が作り上げた発生防止法も確立しているからである。特に、枯死茎に対する備えは、下記の点でこれまで以上に重要になっている。

1)手収穫における枯死茎は人の目で選別され、放棄されるから製糖工場内に持ち込まれることはなかった。しかし、現在はハーベスタ収穫が主体になっているから、大量の枯死茎が製糖工場内に持ち込まれることになる。この対応には製糖工場は苦慮するに違いない。

2)最近、枯死茎の発生しにくい品種が普及しているため、夏植えの植え付け時期が早まっている。奄美地域では7月〜8月に植えつけられる面積は、723ヘクタールで夏植え全体の37パーセントを占めるに至っている。夏植えの植え付け時期を遅らせる技術は、過繁茂型枯死茎の発生防止に少なからず貢献したと思われるが、この防止機能が現在弱まってきたと言える。
  平成10年度徳之島支場の夏植えに発生した過繁茂型枯死茎は、NCo310だけではなかった。数系統が発生したが、共通する特性は伸びが良く、細茎で茎数型の系統であったことである。このことからも枯死茎への備えは欠かせない。

6.おわりに

 奄美地域の農家を震撼させた過繁茂型枯死茎について述べてきた。この枯死茎が農家段階で最も大きな被害を及ぼした時期は、NCo310導入初期と考えられる。したがって、すでに40〜50年は経過したのではなかろうか。いまでも枯死茎が話題になるのは、被害が大きかったからにほかならない。しかし、この枯死茎に関する資料は極めて少ない。また、夏植えに過繁茂型枯死茎が発生する年は、春植えや株出しは大豊作であるから、この被害が統計資料に表れることはない。筆者の知る限り、南西諸島における枯死茎に関する報告は極めて少ない。そもそも南西諸島の古い農業技術は口承で継承される場合が多い。この方法は問答、動作を交えるから詳細かつ確実に継承できる優れた面もある。ただ継承すべき技術が長期間活用されない場合、自然消滅する危険性を常に抱えている。ここで述べた過繁茂型枯死茎はこの顕著な例と言える。恐るべきは枯死茎の被害を知る人がいなくなることではなかろうか。歴史は繰り返され、このタイプの枯死茎が発生するかもしれない。奄美の農家が取り組んだ過繁茂型枯死茎対策の歴史を消すわけにはいかない。本稿はこの想いから述べたものである。
  最後に枯死茎の呼び名について提言をしたい。発生要因の項で述べたように、枯死茎とは多くの要因で発生するのに、これをひとくくりにして枯死茎の総称で呼んでいる。これは少々乱暴な呼び方ではなかろうか。枯死茎の話がかみ合わないのは、それぞれの人がイメージしている枯死茎の種類が異なるからである。病虫害による枯死、干ばつによる枯死を一括して枯死とするのは、ほかの作物では許されない。やはり頭に発生要因を付けるべきと考える。なお、本稿で述べた過繁茂型枯死茎は、あくまで仮称である。倒伏した場合だけに発生するのなら倒伏型の方が適当とも思える。これも含めて全国に通用する呼び名をお願いしたい。次回は夏植えの最終回として夏植えの収量・品質の安定性を解析し、夏植えをとおして奄美地域のさとうきび作を考えてみよう。

参考文献

1) 農林水産省九州農業試験場・鹿児島県農業試験場・沖縄県農業試験場・財団法人甘味資源振興会:サトウキビに関する調査基準.1982年3月.P57.
2) 宮里清松:サトウキビとその栽培.日本分蜜糖工業会.1986.P47