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お砂糖豆知識[2008年12月]

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最終更新日:2010年3月6日

お砂糖豆知識

[2008年12月]



農家に学ぶ明日のさとうきび技術
―第三話 種子島におけるさとうきび輪作とNiF8―


鹿児島県農業開発総合センター 農業大学校 非常勤教授 安庭 誠


 種子島におけるさとうきび農家の多くは、でん粉原料用さつまいもも栽培している。さつまいもは台風の被害を受けにくいなど種子島の気象条件に適しているため、さとうきびと並ぶ重要な作物となっている。農家はこのさとうきびとさつまいもを輪作し栽培している。本稿ではこの輪作の効果について述べる。あわせて連作障害に強かったNiF8を紹介する。
  本文は、次の順で話を進める。①さとうきびとさつまいもの輪作体系が行われた理由を紹介する。②さとうきびの連作障害について述べる。③この連作障害として発生するさとうきび根腐症(以下、根腐症とする)とその対策について述べる。④この輪作体系がさつまいもに与える効果を述べる。⑤根腐症抵抗性品種NiF8について述べる。

1.さとうきびとさつまいもの輪作体系

 種子島におけるさとうきびとさつまいもの輪作は、一般的に表1の体系で行われている。さとうきびは春植え後、株出しを通常2回続けるから3年連続栽培される。その後、さとうきび畑は廃耕となり、次にこの畑に植え付ける作物がさつまいもである。さつまいもが1年栽培された後、再びさとうきびが植え付けられ、この輪作体系は繰り返される。種子島ではさつまいも畑にさとうきびが点在するが、これはさとうきび廃耕あとのさつまいも畑である(写真1)。

表1 種子島におけるさとうきびとさつまいもの輪作体系
写真1 さつまいも畑のさとうきび

 農家がさとうきびを植え付けた後にさつまいもを植え付ける理由は、さとうきびの連作を回避すると言うよりも下記の理由に起因していた。①廃耕するさとうきび畑の収穫は、製糖開始とともに始まり、その後直ちに耕運される。この時期は通常12月から1月上旬にあたる。この畑にさとうきび春植え栽培を行うとしたら、春植えの植え付け時期である2〜3月には、さとうきびの切り株はまだ分解していない。これに対して、さつまいもの植え付け時期である4〜6月になると、株の分解が進んでいるため植え付け作業が容易になる。②さとうきび春植えは、前年の秋に収穫したさつまいも跡を用いる方が、有機物の施用など土作りを行う十分な期間があり作業も容易である。以上のように、農家はさとうきびとさつまいもの輪作を作業上の理由から実施していた。

2.さとうきびの連作障害

 上記の理由から、種子島では通常さとうきびの長期連作畑を見ることはないが、熊毛支場ではさとうきびを連作していた。この理由は熊毛支場に訪れる農家の視察のためであった。さとうきび農家が最も高い関心を示す試験は、新品種候補が植えてあるさとうきび品種選定試験である。このため、支場では農家が視察しやすいように畑の入り口にある北1号畑と名付けられた畑で試験を継続していた(以下、この畑を北1号畑とする)。北1号畑はさとうきびが10年程度連作されているとのことであった。
  ところが、支場に訪れる農家には新品種候補以外にもう一つの目的があった。それは当時、種子島の低収要因は浅植え密植による茎の細茎化にあるとされ(砂糖類情報2008年11月号を参照)、島をあげて基準どおりの植え付け法の普及に取り組んでいた。農家はこの植え付け法によるさとうきびの生育に高い関心を持っていた。また、引率してきた指導員は、この植え付け法の良さを農家に納得させる必要があった。すなわち、北1号畑は実証ほ場の役割ももっていた。このような背景から、北1号畑のさとうきびの生育は視察者が満足するものでなくてはならなかった。指導員から求められていた10アール当たり収量は、春植えで7.5トン以上、株出しで8トン以上であったと記憶している。
  しかし、北1号畑の収量はこの目標収量に遠く及ばず、特に、春植えの収量が低かった。増肥による増収試験を試みたこともあるが、収量は向上するすることはなかった。そこで連作障害の可能性もあると考え、北1号畑で実施した過去の春植えの収量の推移を調べてみた。その結果は図1に示したとおりであるが、この図から下記のことが分かる。①昭和47年から昭和52年までの6年間は8トン前後で推移し、目標収量を十分にクリアしている。特に、最初の昭和47年は10トン以上の高収量である。②これに対して、昭和55年から昭和60年までの6年間の収量は7トン前後で推移して目標収量に及ばない。

図1 さとうきび連作ほ場における春植収量の経年変化

 以上の状況を踏まえて、北1号畑における低収要因はさとうきび連作障害の可能性が高いと考え、昭和61年から品種選定試験の畑を変えることにした。選んだ畑は落花生を中心にさつまいもなどが栽培され、5年以上さとうきびを栽培したことがない畑であった。ここで生育したさとうきびは最初から驚くほど旺盛で、10アール当たり収量は10トンを越えた。さらに、昭和62年は前年に緑肥作物クロタラリアを栽培した北1号畑に戻したところ、10アール当たり収量は9トンで、これも目標収量を大きく上回る結果となった。このように目標収量を大きくクリアしたことで、植え付け法の改善が必要なことを農家に示すことができただけでなく、筆者らはさとうきびにも連作障害があり、この対策に輪作が重要なことを学んだ。

3.さとうきび根腐症対策

 上記の結果から、種子島においてさとうきびを長期連作すると収量が低下することが分かった。また、島内のさとうきびを詳細に観察すると、当時の主力品種NCo310は表1の作付け体系でも初期生育が劣る傾向が認められた。その特徴的な障害はさとうきびの生育初期に下葉が枯れることにあり、根腐病に類似していることから根腐症の仮名で対策に取り組むことにした。最初の試験は被害が最も大きいと思われるNiF3を供試して、薬剤による防除を試みた。その結果、メタラキシル粒剤とヒドラキシイソキサゾール・メタラキシル粉剤の効果は驚くべきもので、本剤処理区の収量は無処理区に比べて、27〜40パーセントも増収した1)。筆者はここで転任したが、その後本試験は精力的に続けられ、品種間差異があること2)、さつまいもとの輪作で被害を回避できること3)が報告されている。その後、ヒドラキシイソキサゾール・メタラキシル粉剤は農薬登録され、種子島では広く使用され収量向上に貢献したが、その期間は予想以上に短かった。この理由は根腐症の抵抗性品種NiF8の普及にあった。
  春植えにおけるさとうきび根腐症は発生初期の茎根に障害を与え、その後比較的早い時期に回復する。したがって、根腐症の被害は生育初期における根の障害によると言える。言い換えると、生育初期に根の障害を受け、生育が劣ると収量が大きく低下することになる。このことは初期の根群の発達が重要なことを示唆している。このことは本誌2008年9月号「犬田布地域の夏植え」に詳しく記載した。
  最後に、根腐症は奄美地域のさとうきび栽培では問題になっていない。しかし、さとうきびメリクローン苗の育苗中に発生し、苗が枯死する場合がある。この対策にヒドラキシイソキサゾール・メタラキシル粉剤は有効であった7)

4.さとうきび跡地のさつまいも

 この一連の試験から、さつまいもの方も連作を続けるよりさとうきび作との輪作の効果が認められ、さつまいも収量は数パーセント増加し3)、さとうきびとさつまいも輪作体系は、両作物にとって極めて有効な体系であることが分かってきた。
  これとは別に熊毛支場の北10号畑でさつまいもに紫紋羽病が発生し問題になったことがある。紫紋羽病はいもが腐敗する難防除病害で、これが発生するとさつまいもの試験はもとより栽培そのものができない。そこで対策として、土手に1本植えてあった桑の大木を処分した。桑は紫紋羽病のまん延を助長するからである。そのうえで、さとうきびを3年連続栽培したところ、この畑で紫紋羽病は発生しなくなった。
  以上の結果から、種子島の農家慣行技術であるさとうきびとさつまいもの輪作は作業性の面だけでなく、両作物を支える重要な作付け体系であることが分かった。すなわち、さつまいも栽培はさとうきびに対して根腐症を抑制し、結果的に増収に結びつく。一方、さとうきび栽培はさつまいもに対して紫紋羽病の発生を防ぎ、増収にも貢献している。特に、平成2年に奨励品種に採用されたNiF8は根腐症に抵抗性があり2)、表1のさとうきびとさつまいも輪作体系で根腐症を抑えることができる。筆者はNiF8が種子島において顕著に増収した要因として、根腐症に対して抵抗性を有したことが大きく関与したと考えている。
  平成18年度、NiF8の作付面積は鹿児島県で5,638ヘクタール(62.3%)、沖縄県で2,614ヘクタール(20.6%)であり、南西諸島を代表する品種になっている。筆者はNiF8の育成には全く関わっていない。しかし、品種登録される前年まで熊毛支場でさとうきび品種選定を担当していた関係で、NiF8の誕生の頃の状況は少々知っている。そこで、育成地の了解を頂いたので、記録を後世に残す観点からNiF8誕生と普及の一部を紹介する。

5.NiF8の育成と特性

 NiF8は、昭和55年に台湾糖業研究所がCP57―614を母、F160を父として単交配を行った雑種種子から、農林水産省九州農業試験場作物開発部さとうきび育種研究室(現独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター種子島試験地)が選抜・育成した品種で、鹿児島県では平成2年度に奨励品種に採用された。母親のCP57―614はアメリカの品種で、低温下での良好な発芽・萌芽、初期伸長性、繊維分はやや高いが高糖性、易脱葉性を備え、耐病性もモザイク病、黒穂病、さび病などに対して抵抗性である。一方、父親のF160は草丈の高い茎重型品種で、良好な発芽・萌芽性および伸長性を示し、多収性の品種である。注目すべきは本品種の育成に下記の新たな育種手法が取り入れられたことである。①実生苗の育苗に夏育苗が取り入れられた4)。それまで、さとうきび実生育苗の時期は2〜3月は種、6月定植の春育苗であったが、9月は種、5月定植の夏育苗を行うことによって、実生苗の歩留まりを高めただけでなく、重要な1次選抜を正常な生育で行うことが可能となった。②通年淘汰法が導入された5)。これは生育時期別に発生する劣悪形質を有する個体を淘汰するもので、これによって正確かつ効率的な選抜が可能となった。③品質検定法をスペンサー法からホーン法に変えた。それまで1日当たり約60点しかできなかった品質検定が、ホーン法を取り入れることによって250点と大幅に増加した6)
  主な品種特性は①糖分の上昇が早く品質は安定して優れる。②重要病害である黒穂病、黄さび病に対して強く、これ以外の病害についても根腐症を含め抵抗性は安定している。特性の一部については後述する。

6.当時のさとうきび作を取り巻く状況

(1) 品質取引への移行
  品質取引はNiF8が新品種になる数年前に決定した。品質取引とはそれまでさとうきび原料の価格はトン当たりの重量買いであったものを、さとうきび原料品質を価格に反映する価格制度の変更である。この品質取引が平成6年度から実施されることが正式に決定したのである。農家やさとうきび関係者は、この制度の導入に不安をもっていた。品質取引でさとうきび原料価格が引き下げられると、高齢化が進んでいる農家の生産意欲が低下して、糖業は壊滅的な打撃を受けるのではないかとの危機感からであった。このような不安と危機感は、当然品質が劣る低品質地域で大きかった。特に、種子島の品質は奄美地域に比べて明らかに劣るため、この制度の導入に強い危機感を持っていた。この頃、種子島におけるさとうきびの話題は、品質取引に集中していたと記憶している。
 
(2) 新たなさび病の発生
  品質取引に対する不安はもう一つ新たなさび病が発生したことである。当時、日本国内で発生するさび病は褐さび病と呼ばれるもので、一部の品種が罹病するだけで主力品種NCo310を含め罹病しない品種が多かった。しかし、品質取引への移行が決定した頃から、新たなさび病である黄さび病が発生し、NCo310を始め、多くの品種・系統が罹病するようになり、年々被害は拡大した。特に、生育後半に発生する黄さび病の被害は、さとうきびの青葉が少なくなるため品質が著しく低下した。もともとNCo310の品質は品質取引に耐えられるか疑問視されていたが、本病害の発生によってNCo310では品質取引に耐えられないとの見方が支配的になり、新品種への期待が高まっていた。ところが、黄さび病の被害を被ったのはNCo310だけではなかった。株出し栽培に適し、良質品種として期待されたNiF5は、普及直後に黄さび病の大被害を受けた。また、次の世代を担うであろう新品種候補はさらに被害が大きく、品種登録は見送られたのである。このような八方ふさがりのなかに、登場した品種がNiF8である。

7.NiF8の普及

 以上のような背景もあり、種子島におけるNiF8の普及は極めて迅速であった。平成2年度に奨励品種に採用されると、それから5年後には作付面積の約98パーセントを占め、これが現在まで続いている(写真2は種子島におけるNiF8)。NiF8の安定した多収性、良質性、耐病性は種子島では遺憾なく発揮された。これに対して、奄美地域での普及は種子島ほど急速ではなかった。むしろ、平成4年度に奨励品種に採用されたF177が先行して普及した。しかし、F177は台風で折れやすく、品質も不十分だったため、良質で総合力の高いNiF8に徐々に移行した。特に、NCo310時代には低品質地域と呼ばれる地域があり、品質取引が懸念されていたが、NiF8の導入で解消した。そして、平成9年度から現在に至るまで作付面積は50パーセント以上を占めている。奄美地域においてNiF8が普及した理由は、良質で、対病性・耐風性が優れるなど総合力が高いこと以外に夏植えに適することがある。NiF8は奄美地域の保水性の弱い地域で、干ばつ害が心配されていた。しかし、根群が発達する夏植えでは多収を得ることができた。また、枯死茎が発生しないこともあって、7〜8月植えによる増収が図られたのである。このようにして、NiF8は奄美地域でも確実に定着していった。

写真2 種子島におけるNiF8

8.おわりに

 種子島における農家慣行技術であるさとうきびとさつまいもの輪作体系は、両作物にとって有効かつ効率的であることを立証した。特に、NiF8はこの輪作体系でさとうきびの連作障害である根腐症を防げることを述べた。あわせて、NiF8の誕生と普及について思い出すまま記述したが、NiF8の導入によって品質取引への道筋ができたように思う。NiF8の品種育成には、3つの育種手法を新たに活用したことを紹介したが、この育種手法の開発には故板倉登氏が大きく貢献した。これらの育種手法は、徳之島支場で実施している実生個体の現地選抜において現在でも活用され、育種の効率化に貢献している。また、NiF8が育成されてから20年近くが経過したが、NiF8を母本にした品種がすでに3品種育成されて普及に移され、さらなる改良が進められていることを紹介しておく。
  最後に、NiF8を紹介するにあたり、育成地である九州沖縄農業研究センター種子島試験地から快く了解を頂いただけでなく、資料の提供を頂いたことに、深く感謝申し上げる。
  次号は最終回として、これまでのさとうきび栽培技術を立地条件との関係から解析する。

参考文献
1) 安庭誠・町田道正・和泉勝一・上妻道紀・上門達也:九州農業研究第54号.1992年8月.P30
2) 安庭誠・上妻道紀・上門達也:九州農業研究第54号.1992年8月.P31
3) 上門達也・上妻道紀・内村力・安庭誠:九州農業研究第56号.1994年6月.P50
4) 板倉登・吉田博哉・坂本茂:九州農業研究第44号.1982年7月.P47―48
5) 最上邦章・板倉登・坂本茂:九州農業研究第45号.1983年7月.P34
6) 板倉登・最上邦章・坂本茂:九州農業研究第45号.1983年7月.P37
7) 上薗一郎・安庭誠・勝田明・末川修:九州農業研究第61号.1999年5月.P38