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最終更新日:2010年3月6日
[2009年10月] |
風とソテツとさとうきび 第五話「奄美群島の農業事情」における風とさとうきび |
鹿児島県立農業大学校 前教授 安庭 誠 |
筆者は砂糖類情報2008年2月号から2009年1月号に、さとうきびの栽培技術に関する記事を寄稿し、このうち2008年2月号〜5月号に台風とさとうきびに関する話題として「風とソテツとさとうきび」が掲載された。本稿ではこれまで掲載された「風とソテツとさとうきび」をさらに補うために、さとうきびは他の作物に比べて台風被害が軽微であるため、島の農業にとって重要な作物であることを解析する。
「さとうきびは台風被害を軽減できる作物であるため、島の農業に欠かせない。」南西諸島の農業について語られるときよく耳にする言葉である。確かに、島に住んで農業の仕事に関われば、この言葉を実感する。
この言葉を立証するには、①南西諸島における台風は、作物に甚大な被害を与えること②そのような中、さとうきびは他の作物に比べて、明らかに台風被害が軽微であること−を示す必要がある。
筆者はさとうきびに大きな被害を与える台風として、連続台風(第一話)と潮風害(第二話)があることを紹介した。そして、これらの大きな被害を受けたさとうきびは、自らが保持するたぐいまれなる再生力によって被害を軽減できる能力を備えていることを述べた。しかし、さとうきびの台風被害率を他の作物と比較したわけではない。現在、南西諸島において台風被害が発生する夏秋期に栽培されるさとうきび以外の作物の種類は極めて限られており、他の作物との比較が困難であることが背景にある。
そこで、本稿ではかつて奄美地域に多くの作物が栽培されていた時期、さとうきびは台風の被害が軽微で、奄美地域の自然条件に最も適するとした「奄美群島の農業事情」について紹介する。
続いて、南西諸島における台風の特徴について解析する。台風については「奄美群島の農業事情」にも記載されているが、当時の気象観測システムは現在に比べて不十分であったため、最近の気象データを用いて解析した。
「奄美群島の農業事情」とは昭和29年6月、当時の農林省農業改良局が奄美地域における農業について、その時代における状況とその後への方向性を示した報告書である。この報告書作成の背景には奄美群島の日本復帰がある。奄美群島は太平洋戦争後約8年間にわたり日本と行政的に分離されていたが、昭和28年12月25日に日本に復帰した。これに伴い政府としては、戦後における奄美群島の総合的な復興計画を図る必要があったため、農業については昭和29年3月21日から4月8日まで、「農林省奄美群島農業綜合調査団」を派遣し、現地の実情を調査している。同調査は奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島の島々を訪問し、合計35カ所を視察している。「奄美群島の農業事情」はこの調査の報告書で、多くの詳細な資料からなる。また、同報告書は当時の奄美農業事情だけでなく、その後における奄美農業の推進方向を知る上でも極めて貴重な資料である。
この当時、奄美地域における農業は、自給自足のため現在に比べてはるかに多くの作物が栽培されていた。報告書にある作物名を挙げると、水稲、小麦、さつまいも、さといも、田いも、ばれいしょ、キャッサバ、とうもろこし、こうりゃん、大豆、小豆、えんどう、そらまめ、落花生、ゴマ、野菜類、茶、桑、七島藺、ユリ、さとうきび、バナナ、スモモ、パイナップル、パパイヤ、かんきつ類など多くの作物が記載されている。当時、南九州において栽培されていた作物に加え、亜熱帯の作物が含まれている状況であった。この中で、小麦、えんどう、そらまめなどの数種を除く多くの作物が台風が来襲期に栽培されていた。従って、台風被害については、さとうきびと多くの作物との比較が可能である。
同報告書は多くの作物について「現状と方向性」を示しているが、さとうきびについては特別に多くの紙面を割いていることから、各作物の中でも重要視されていたことが分かる。同報告書は以下の理由を挙げながら、さとうきびは奄美群島の特殊な気象条件に最も適した作物であると位置づけている。
1)奄美群島はしばしば台風の被害を受けるが、表1のデータが示すとおりさとうきびは他の作物と比較して、被害程度が軽微である。
表1 台風による各種農作物の被害率(%) |
備考 鹿児島県熊毛支庁調査 |
2)奄美地域は病害虫の発生が多く被害が大きいが、さとうきびは他の作物に比べて病害虫の被害が少ない作物である。
3)奄美群島では7〜9月に台風に伴う豪雨が多く、土壌の流亡、地力の低下が著しいが、さとうきびはよく繁茂するため、土壌の浸食防止の効果が著しい。
このように、奄美地域において多くの作物が栽培されていた時代、農林省奄美群島農業綜合調査団は群島内の現場を多数調査したうえで、さとうきびは他の作物に比べて、台風の被害が軽微で最も奄美地域の風土に適した作物としたのである。表1に示した作物別被害率は、種子島における調査によるものであるが、奄美地域においても同様であったと思われる。また、同報告書の中で、現在、南西諸島における社会的な問題となっている土砂流出について、さとうきびはそれを防止する効果があることを指摘している点は注目に値する。
奄美地域においてさとうきびが重要な作物であることは、戦後における栽培面積の回復の状況からも分かる。表2に示すとおり、さとうきびの栽培面積は戦争の影響で昭和21/22年期には、15/16年期の1/6程度まで激減したが、22/23年期以降は年を追って増加し、6年間で最低時の約4倍の広さにまで回復したのである。この回復の早さには調査団も驚いたのであろう。報告書には次の文章がある。「農家にとって甘蔗及び製糖業は欠くべからず重要産業で、食糧及飼料を自給する為多少蔗作を減じてもこれを廃止することの出来ない重要性をもっていることを物語るー原文のまま」。
表2 累年糖業統計 |
注)1.鹿児島県大島支庁農林課編「奄美大島における農林業概要」による。 2.1町歩は0.9917ha、1斤は600gとして換算した。 |
以上のことから、奄美地域おいて食糧を自給するため多くの作物が栽培されていた時代にあって、さとうきびは他の作物に比べて台風被害が軽微なため、島々の農業に欠かせない作物であったことは明確である。
ここからは、南西諸島における台風がさとうきび以外の作物に対し、いかに大きな被害を与えるかを解析するため、南西諸島における台風の特徴を九州以北の台風と比較検討する。
台風について検証した地域は種子島から石垣島・南大東島まで、さとうきびが栽培されている南西諸島全体とした。また、南西諸島における台風の特徴を明らかにするには、九州以北での観測値との比較が必要である。そこで、台風の来襲が比較的多いと思われる鹿児島(南九州)、長崎(北九州)、高知(四国)、和歌山(近畿)、千葉(関東)といった地区の気象データとの比較を行った。これらの地区の観測地点は表3に示した地方気象台及び測候所である。用いたデータは気象庁によるもので、期間は1969年(昭和44年)から2008年(平成20年)までの40年間である。データの比較は、作物への被害を大きくする要素となる以下の項目について行った。①1年間に来襲する台風の回数(多いほど被害が大きい)②風速(風が強いほど被害が大きい)③1回の台風で強風が吹く日数(長いほど被害が大きい)④降雨量(少ない場合、南西諸島では潮風害が発生するため被害が大きい。反対に、多い場合は土砂流出による被害がある)−調査した台風は作物にある程度の被害を与えることを考慮し、瞬間最大風速30m/s以上とした。ただし、1回の台風で強風が吹く日数については、数日間にわたって台風の影響がある場合、一時的に風速が弱まることがあるので、瞬間最大風速は25m/s以上とした。
表3 1年間に来襲する台風の回数 |
注)台風は瞬間最大風速30/m以上の回数である。 |
1)1年間に来襲する台風の回数
南西諸島に来襲する台風は各島々で多少異なるが、奄美大島の名瀬を除くと1年間に1.3〜1.8回である(表3)。これを九州以北の観測地と比較すると、鹿児島の1.5〜2.1倍、北九州・四国・本州に比べて概ね3〜4倍と非常に多いことが分かる。
ここで、名瀬に瞬間最大風速30m/s以上の台風来襲回数が少ないことに触れる。名瀬は周りを高い山々に囲まれているため、風速が弱まる地形と言える。表4に名瀬、笠利、沖永良部の年間平均風速を示したが、笠利の平均風速は名瀬の2培以上に強く、沖永良部の値に近い。笠利は名瀬と同じ奄美大島にあって距離的に近く、地形は沖永良部と同様に名瀬に比べると平たんである。以上のことから、名瀬においては台風が来襲しても、強風が周りの山々に遮られて風速が弱り、結果的に、瞬間最大風速30m/s以上の強風が吹く台風の来襲回数が少なかったと考えられる。名瀬の地形が平坦であったら、表3に示した名瀬の台風来襲回数は、沖永良部に近い値になったと思われる。従って、名瀬の風速に関するデータについては、以上のことを留意して戴きたい。
表4 名瀬の年間平均風速 |
2)風速
風速は瞬間最大風速で表し、この分布は表5に示したとおりである。この表から南西諸島で観測された瞬間最大風速40m/s以上の台風は、北九州・四国・本州のおおむね5〜10倍の数である。また、瞬間最大風速50m/s以上の猛烈な台風は、九州以北(鹿児島を除く)ではほとんど観測されないが、南西諸島ではしばしば観測される。以上のように、南西諸島においては、台風の風速が九州以北に比べ明らかに強いことが分かる。かっこ内は強風が吹いた日数であるが、南西諸島の台風は風速が強いことに加え、1回の来襲において影響を与える日数が多いという特徴がある。このことについては次に述べる。
表5 瞬間最大風速の分布 |
注)1.データは気象庁公表による。 2.数字は台風の回数で、( )内は日数である。 |
3)1回の台風で強風が吹く日数
前述したように、南西諸島においては来襲する1回の台風で強風が吹く日数が多い。この原因は台風が南西諸島を通過するころ、偏西風の影響を受けにくいため台風の進行速度が非常に遅いことによる。
表6は1回の台風で瞬間最大風速25m/s以上の風が吹いた日数を示したものであるが、南西諸島を襲う台風は、九州以北の台風に比べて強風の吹く日数が長いことが分かる。九州以北で2日間強風が吹いた台風が数回あるが、鹿児島を除くとその台風の大部分は夜半に来襲したため、データ上は2日になっているが、実際に強風が吹いたのは数時間である。
表6 各台風の強風期間 |
注)1.データは気象庁公表による。 2.( )内は比率(%)である。 |
これに対して南西諸島における強風の発生日数は、数日に及ぶことがある。特に、台風の北側に高気圧が居座ると台風は北上できずに迷走し、長期間にわたって強風が吹くこともまれではない。
図1は沖永良部で6日間強風があった台風の進路図である。
図1 1972年台風6号の進路 |
4)降雨量
各台風における降雨量の分布は表7に示したとおりである。台風が接近する前後にも大量の降雨がある場合があるので、台風の前後の雨量を含めている。
表7 台風による降雨量 |
注)1.データは気象庁公表による。 |
台風の降雨量は、その島や近くの島に高い山がある場合多くなる傾向があるため、南西諸島における降雨量の特徴を一言で述べるのは困難であるが、表7から下記の特徴があることは言えよう。①1回の台風によって300ミリメートルを超す豪雨が発生する場合が多い。このような豪雨が九州以北で発生することは極めて少ない②この反面、50ミリメートル以下の少雨の台風も多い。
南西諸島における台風の豪雨と少雨は農業に次の被害を与える。
豪雨により土砂流出が発生する。図2は緑肥作物クロタラリアが植えられた畑の土砂流出の様子である。右上方に見えるのがクロタラリアで、下方側は降雨によって畑の土砂が流出したものである。クロタラリアも畑から流されて消失していることが分かる。
図2 クロタラリア畑の土砂流出 |
また、南西諸島における少雨の台風は、周りを珊瑚礁に囲まれ、海水の飛沫ため必ず潮風害を引き起こす。潮風害は台風通過後の降雨量が少ない場合、被害が大きくなる。潮風害の起こる雨量を線引きするのは困難であるが、これまでの経験上、降雨量が50ミリメートル以下の台風では潮風害が発生しやすく、台風後の降雨量が少ない場合は、降雨量が100ミリメートルの台風でも潮風害が発生すると思われる。
5)南西諸島における台風の特徴とさとうきび
これまで述べてきた南西諸島における台風の特徴を九州以北の台風と比較して整理すると下記のようになる。
1)1年間に来襲する台風の回数が多い。
2)強風を伴った台風が多い。
3)1回の台風来襲に伴い強風が吹く日数(期間)が長い。
4)土砂流出を伴う豪雨の台風がある反面、潮風害を伴う少雨の台風も多い。
このような南西諸島を襲う台風の特徴は、すべて農作物に大きな被害を与えるものである。すなわち、1年間に来襲する台風の回数は多いほど被害が大きく、風速が強いほど被害が大きい。また、1回の台風で強風が吹く日数は長いほど被害が大きい。さらに、降雨量が少ない場合は潮風害が発生し、多い場合は土砂流出による被害ある。このような台風被害は大部分の作物に壊滅的な被害を与えるであろう。冒頭の「さとうきびは台風被害を軽減できる作物であるため、島の農業に欠かせない。」との言葉は、九州以北では滅多に経験しないような大きな台風に対して、さとうきびは被害が著しく軽減できる作物であることを認識する必要がある。
最後に、南西諸島における台風はなぜ上記の特徴を有しているのかを考えてみる。これは台風の誕生から消滅に至る過程に伴うものである。すなわち、台風の一生は発生期、発達期、最盛期、衰弱期からなり、日本に接近する台風は、主に最盛期と衰弱期とされるが、台風は南西諸島を通過するころ最盛期にあたり、種子島を通過するころから偏西風の影響を受け衰退期に向かう。このことが、台風は南西諸島と九州以北では大きく異なる原因となっている。もちろん、台風が衰退せずに勢力を保ったまま北上すると、九州以北でも大きな被害を与える。このような台風に室戸台風・枕崎台風・伊勢湾台風などがあり、いずれも大きな被害を与えている。しかし、九州以北でこのような台風が来襲することは、極めてまれである。
以上を踏まえると、南西諸島における農作物に甚大な被害を与える台風は、今後も避けることができない自然現象と考える。
南西諸島における台風は農作物に大きな被害を与える強烈なものである。そして、さとうきびはこの台風に耐える数少ない作物である。さらに、奄美群島の農業事情にあるように、さとうきびは台風の豪雨で発生する土砂流出を防ぐ効果がある。奄美地域における畑の表土は浅く、台風に伴う土砂流出は耕地の破壊にもつながる。
「風とソテツとさとうきび」を終えるにあたり次のことを感じた。奄美地域の農家は避けることのできない風の中で生きるため、昔から畦畔にソテツを植え、さとうきびを栽培してきた。すなわち、農家は奄美の風土の中で、「風とソテツとさとうきび」と長年共に生きてきたのである。私達はこのような歴史を忘れてはならない。
本稿が南西諸島におけるさとうきびの重要性を考える一助となることを期待する。
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