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運動と生活習慣病予防〜運動時の糖質利用を踏まえて〜

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2005年8月]

【今月の視点〔医学/健康〕】

鹿屋体育大学 総合健康運動科学系・スポーツパフォーマンス系   教授 浜岡 隆文

はじめに
1.直接的エネルギー源および間接的エネルギー源とは?
2.有酸素運動や無酸素運動では糖質がどの程度使われるのでしょうか?
3.運動で予防できる病気は?どんな運動が適しているか?
まとめ

はじめに

 私たちは常に一貫して「快適な生活」を追い求め、20世紀の人類まれにみる科学技術の進歩により、この理想に近づいたにもかかわらず、さらなる「快適な生活」を追及しているように思われます。「快適な生活」は、「楽な生活、体を動かさない生活」と裏腹で、近年のIT化がこの傾向に拍車をかけていることは否めません。自宅に居ながらにして、インターネットを通じ、仕事、買い物、銀行取引までできるようになり、体を動かす機会は極度に減り、この傾向はますます助長されることが予想されます。
 「快適な生活」の追求の結果、先進国のみならず発展途上国においても心血管系疾患、高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満などの慢性疾患が蔓延し、社会問題となっています。慢性疾患の発症には遺伝が最も関係しているでしょうが、遺伝的素因は今のところ私たちには変えることはできません。それでは私たちはあきらめて手をこまねいているだけなのでしょうか?いいえ、生まれた後にもできることはあります。生活環境を変えることです。慢性疾患の中でも、特に生活習慣病の予防の場合には、食事と運動に関する環境(習慣)ということになるでしょう(ストレスの軽減も重要です)。これまでの医療は治療医学が主流で、いわゆる「延命」が主な目的でした。しかし、治療医学だけで病気を減らすことには限界があります。この時代の流れの中で、最近は「病気の予防」「生活の質の向上」が再認識され、生活習慣病の予防については「身体活動の増加」を目指した取り組みが鍵となっています。近年の証拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine、EBM)の流れの中で、糖尿病や高血圧のみならず一部の癌の発症には明らかに運動不足が関連し、運動により鍛えられた筋(末梢)の代謝の改善が、それらの予防や改善に重要な役割を果たしていることが分かってきました。
 生活習慣病予防のための糖質摂取については、本情報誌でも何度か取り上げられています。例えば、生活習慣病予防のための日常での糖質摂取方法の正しい知識に関するもの(2001年第1巻52号や2004年第2巻89号など)や運動選手の糖質摂取の現状や糖質摂取のタイミングに関する記事(2001年第1巻52号や2001年第6巻57号など)をご参照ください。また、最近では、アスリートのための栄養・食事の指針に関する実用書1)も手に入ります。アスリートでなくても日常的に運動を行なう方には十分参考となります。
 以上の経緯から、今回は本情報誌でもあまり取り上げられていない食事により摂取した糖質を日常活動や運動中にどのように利用しているかという視点を取り入れようと思います。また、有酸素運動と生活習慣病予防との関連についての最近の話題も提供しようと思います。
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1.直接的エネルギー源および間接的エネルギー源とは?

 私たちが活動する時には、必ずエネルギーが必要です。エネルギーを目で見ることは難しいのですが、脳、心臓、腸、筋肉などが活動しているということは、見えなくても現にエネルギーを使っている証拠です。エネルギー自体は見えなくても、エネルギー源は見たり測定したりすることはできます。私たちが使っている直接的エネルギー源はアデノシン3リン酸(ATP)という物質です(リンが3つ入っています)。体のどの部分もこのATPを使って活動しているわけです。いわば、このATPという乾電池の中にエネルギーが詰まっていて、乾電池からリンを一つ取り出すごとにエネルギーが出てきます。私たちはそのエネルギーを使って活動しているのです。この乾電池は、一度エネルギーを取り出してもまた充電できる、いわゆる充電型の乾電池と同じ仕組みで作用します。
 今回は、運動がテーマですので、運動を直接担う筋肉のエネルギー代謝について説明します。運動にも色々なものがあり、分類もさまざま(陸上競技、球技、水中運動に分けたり、競技スポーツ、生涯スポーツに分けたりします)ですが、ATPの作られ方、つまりエネルギー代謝の面からは、有酸素運動と無酸素運動に分けることができます。
 有酸素運動は呼吸器(鼻や口から肺まで)から酸素を取り入れて、その酸素を心臓から筋肉まで血流に乗せて運び、筋肉の中のミトコンドリアという微小器官の中で酸素からATPを作り出すタイプの運動(ジョギングや歩行をイメージしてください)です。ATPを作り出すためには、間接的エネルギー源と呼ばれる糖質、脂質とタンパク質が使われます(図1)。通常は糖質と脂質が優先的に使われます。タンパク質(アミノ酸)も場合によっては使われることがありますが、エネルギーとしては少量です。有酸素運動は、呼吸によって酸素を体外から取り入れなければならないので、速く大量にATPを作ることはできませんが、酸素と間接的エネルギー源が十分あれば、理論的にはいつまでも運動を続けることができます。日常生活では、ほとんどこの有酸素代謝によりエネルギーを得ています。
 それに対して、無酸素運動はわざわざ外から酸素を取り入れる必要がなく、筋肉に貯えられているクレアチンリン酸(リンが1つ入っています)や糖質(グリコーゲン)から直接ATPを作るタイプの運動です(短距離走や重い荷物を持ち上げることをイメージしてください)。ですから、素早くたくさんのATPを作ることができますが、貯えている量に限りがあることや、無酸素的に糖質を分解する(解糖系といいます)と乳酸という疲労物質が筋肉にたまることにより、疲労してそれ以上運動ができなくなります。無酸素代謝を日常生活で使う機会は少ないのですが、会社や学校に遅れそうになって階段を駆け上がったり、バスの急発進・停止の際に吊り革をつかんだり、強く踏ん張ったりする時にはこの代謝を使っています。

図1 筋肉中の間接的エネルギー源の使われ方と直接的エネルギー源(ATP)の作られ方

2.有酸素運動や無酸素運動では糖質がどの程度使われるのでしょうか?

 日常的な有酸素運動では間接的エネルギー源のうちタンパク質(アミノ酸)はほとんど使われませんから、脂質と糖質のみを考えればよいことになります。運動中の脂質と糖質の利用割合は、主に3つの要因で決まります。つまり運動時間、運動の強さ(強度)、およびトレーニング状態が関係します。ちなみに、体重70kgの男性の場合、体内の糖質貯蔵量は2,000〜2,500kcal(筋肉内グリコーゲン400g、肝臓内グリコーゲン100g、細胞外液グルコース20g)程度です。脂肪としての貯蔵エネルギーはその10倍以上となります。
 運動強度(最大酸素摂取量に対する割合)およびトレーニング状態と脂質および糖質の利用割合を図2に示します。横軸は運動強度、縦軸は脂質と糖質の利用割合が示されています。グラフには幅(黒い帯状の部分)がありますが、帯の上の方はあまり運動トレーニングをしていない人、下の方はよくトレーニングしている人のデータです。この図から分かることは、運動強度が低い(家事やゆっくりした歩行など)うちは脂質と糖質が共に50%程度使われ、中等度〜高強度の運動(ジョギングやサッカーの試合など)になると糖質が多く使われ、もうそれ以上できなくなる強度ではほとんど糖質のみが使われるということです。また、よくトレーニングをしていると運動強度が高くなっても脂質をある程度使うことができることも分かります。もう一つの要因、運動時間については、同じ運動を短時間するよりも長時間行った方が脂質の利用割合が高くなることが、図には示しませんが、確かめられています。
 以上のことから高い強度の運動を行った時や、比較的軽い運動でも長時間(1時間以上)行った時には糖質が減りますから、その補給が必要になります。糖質の摂取と利用のバランスが重要なわけですから、運動により糖質を使えば必然的に糖質の補給を多くする必要があるわけです。逆に考えますと、少し極端かも知れませんが十分運動をすれば糖質摂取の制限も考える必要が無くなり、好きなものを食べられることにもなります。また、前述の知織から、例えば脂肪を減らしたいと思えば、比較的軽い運動(強度に関連)を長時間(時間に関連)行い、それを長期間継続する(トレーニング状態に関連)ことが大切だということも分かります。
 一方、無酸素運動は糖質のみを使って、脂質は直接的には使われませんから、無酸素系要素の多い運動の場合にも十分な糖質の補給が必要となります。もちろん無酸素運動は長い時間続けることはできませんので、無酸素運動のみで体内の糖質がからっぽになることはありません。

図2 運動強度と脂質、糖質(炭水化物)の利用割合
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3.運動で予防できる病気は?どんな運動が適しているか?
 運動により予防できる可能性のある慢性疾患を表に示しました。ほとんどは生活習慣病に分類される疾患です。特記すべきことは、運動により全死亡率や心血管系疾患、高血圧、糖尿病の発症が低下するだけでなく、大腸癌、乳癌、前立腺癌、肺癌といった癌も運動により予防できることが最近分かってきたわけです。その理由としては、運動による免疫能や抗酸化能の増加、内分泌系のバランスの改善などが考えられていますが、まだすべてが明らかになっているわけではありません。また、これらのデータはほとんどが欧米のものですが、日本人を対象とした研究でも同様の結果が出てきていますので、われわれ日本人も癌予防のためにも運動習慣を身につけたほうがよさそうです。運動と言ってもこれまで述べてきましたとおり、さまざまなものがあります。生活習慣病の予防のためにはどんな運動が適しているのでしょうか?
 これまでのところ有酸素運動が最も適していることが分かっています。有酸素運動でもどの程度の運動がよいかを提示する方法として、「運動処方」という考え方があります。薬の処方と同じような考え方です。その際に、運動の種類、強度、時間、頻度を設定する必要があります。厳密には事前に運動負荷試験を行って、隠れた疾患の有無や体力レベルを検査する必要があります。運動の種類は有酸素運動が適していますが、続けることが大切ですから嫌な運動は不向きです。基本的には好みにあわせれば良いと思います。運動強度は先ほど述べました最大酸素摂取量の50−70%程度、心拍数にして110から130程度(ただし体力レベル、年令により異なります)、時間は20〜30分以上、頻度は週3回以上が適しているとされています。強度の設定はイメージが湧かないと思いますので、大雑把に言えば、歩行やサイクリングなどの運動を少し息がはずむ程度で隣の人と会話ができる強度と考えればいいでしょう。特に運動時間が長くなる場合には、運動中や運動後に水分、電解質や糖質の補給も大切になります。極端ではありますが、運動時に糖質が使えなくなり(例えば飢餓状態や糖尿病が悪化した状態)、脂肪ばかり使うと、ケトン体という物質が増えて体が酸性になり、疲れやすくなるので、糖質を十分補給する必要があります。糖質は余ってしまえば、脂肪になりますが、その逆の反応(脂肪酸から糖質の産生)は進行しません。かといって、糖質を制限すると疲れやすくなったり、体調をこわす危険もあります。また、脳はエネルギー源として糖質のみを利用して、脂肪は使えません。ですから運動に限らず、勉強や仕事の時に適度な糖質をとることは、作業効率を上げることにもつながります。

表 身体活動または体力レベルと慢性疾患発症との関係


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まとめ
・私たちは間接的エネルギー源と直接的エネルギー源を巧みに使いこなし、目的に合った運動を行なうことができます。運動中の糖質の利用割合を決めているのは運動時間、運動強度、それに日々のトレーニング状態です。
・運動不足は生活習慣病の発症の危険を上げますが、運動習慣があると、心血管系疾患、高血圧、糖尿病のみならず、癌の発症率を下げる可能性もあります。
・生活習慣病予防に効果的な有酸素運動を長時間行なう場合には適度な水分、電解質、糖質を十分に補給する必要があります。

参考資料
1)アスリートのための栄養・食事ガイド 監修:日本体育協会スポーツ医・科学専門委員会 編集:小林修平 第一出版 2001

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