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砂糖摂取は骨格筋の有酸素代謝を亢進させるか

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2004年11月]

【調査・報告〔医学/健康〕】

日本女子大学     佐古 隆之
鹿屋体育大学 教 授 浜岡 隆文
北海道大学 助教授 新岡  正
東京医科大学 教 授 勝村 俊仁

【緒言】  1.方法  2.結果・考察  3.まとめ


【緒言】
 摂食後、腸管から血液中に吸収された糖は、各組織の細胞膜上に存在する糖輸送担体を介した促進拡散により、細胞内へ輸送される。細胞内では有酸素的に、あるいは無酸素的に分解され、ATP合成のための重要なエネルギー源として利用される。特に脳・神経系においては、エネルギー源のほとんどが糖であるため、これらの器官の障害の原因となる血液中の糖濃度(血糖値)の著しい低下が生じないようなしくみが生体には備わっている。また、糖とならんで重要なエネルギー源である脂肪を有酸素的に分解してエネルギーを得る際にも糖由来のオキサロ酢酸が必要であることから、糖の存在無しには脂肪もエネルギー源とはなりえない。このように糖はヒトが生きていくためには不可欠な栄養素である。しかしながら、砂糖を含む糖の摂取が過剰となった場合には、肥満や糖尿病などの生活習慣病の原因となりうる。このように糖は生体にとっては不可欠な栄養素ではあるものの、砂糖に対するイメージは高カロリーであり、肥満の原因となると思われがちである。一方、食事後に全身の代謝が増加すること(食事誘発性熱産生)は広く知られており、カプサイシンのように、骨格筋代謝の増加を引き起こす機能性食品も存在する(Ueda2002)。同様に糖摂取により、筋代謝が上がる(エネルギーを利用する)エビデンスが得られれば、消費者に対して的確な情報を提供できると考えられる。そこで本研究は、エネルギー消費量の大きさを左右する器官として最も重要な役割を担っている骨格筋を対象として、安静時のエネルギー消費量を反映している筋酸素消費量および筋への酸素供給量を反映している筋血流量に及ぼす糖摂取の影響について検討した。
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1.方法
 成人女性8名(年齢21.6±0.5歳)を対象とし、ダブルブラインドおよびクロスオーバー法を用いて、糖(グルコース)およびプラセボ摂取による安静時の筋(左前腕部)代謝賦活状態を計測した。糖摂取量は、75g(75g糖負荷試験試験時の量と同等)とし、200ml の水に溶解して投与した。糖に対するコントロールとして、糖と同等の甘さになるようにノンカロリーの人工甘味料(パルスィート)を18g、同量の水に溶解して投与した。
 筋代謝の測定は、近赤外分光装置(オムロン社製HEO200)を用い、投与前および投与後2時間連続してモニターした。近赤外分光装置のプローブの送受光間距離は、3cmとした。酸素化ヘモグロビン/ミオグロビン、脱酸素化ヘモグロビン/ミオグロビン、総ヘモグロビン/ミオグロビン量の変化から、一時的動脈血流遮断法(Hamaoka1996、Sako2001)により筋酸素消費量、一時的静脈血流遮断法(Homma1996)により筋血流量を測定した。なお筋酸素消費量および筋血流量は、それぞれ投与前の安静時の値に対する比率として評価した。また、小型血糖測定機(グルコカード、アークレイ社製)を用いて指先から採決した血液により血中グルコース濃度、ベッドサイドモニター(日本光電社製)により心拍数および血圧を、糖摂取前、および摂取後1時間は15分毎に、その後は30分毎に測定した。統計処理に関しては、各変数の2群間における平均値の比較には対応のあるt検定を用い、危険率5%未満をもって有意とした。
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2.結果・考察
 糖摂取およびプラセボ摂取測定終了後、摂取物質の味について被験者に質問したところ、両群間で味の違いは認知できる被験者は2名いたものの、物質を断定できる被験者はいなかった。このことより、本研究に用いたプラセボ物質の妥当性が確認された。プラセボ群および糖摂取群の血糖値は投与前73±3mg/dl(平均±SD)vs72±7mg/dl、15分後72±5mg/dl vs95±24mg/dl(p<0.05)、30分後77±5mg/dl vs136±30mg/dl(p<0.001)、45分後77±6mg/dl vs154±25mg/dl(p<0.001)、60分後78±7mg/dl vs153±34mg/dl(p<0.001)、90分後77±6mg/dl vs153±37mg/dl(p<0.001)、120分後78±9mg/dl vs140±38mg/dl(p<0.001)となり、糖摂取群において摂取15分以降2時間後まで有意に高値を示した.このことより、今回摂取した糖は、通常の糖摂取に対する生体の反応を引き起こすのに十分な量であり、全身および筋代謝に対する糖摂取の影響の検討を目的とした本研究の方法の妥当性は証明されたものと考えられる。ただし、1名の被験者において糖摂取後の血糖値が高値を示したため、糖摂取後の血糖値の平均値をつり上げ、2時間値においても境界型(糖尿病判定基準)の140mg/dlを上回る結果となった。
 プラセボ群vs糖摂取群の筋酸素摂取量(安静時に対する比)は15分後1.23±0.37倍vs1.11±0.21倍、30分後1.20±0.40倍vs1.16±0.24倍、45分後1.00±0.37倍vs1.32±0.71倍、60分後1.16±0.46倍vs1.09±0.16倍、90分後1.23±0.41倍vs1.24±0.22倍、120分後1.10±0.26倍vs1.15±0.21倍となり、いずれの測定時刻においても両群間で有意な差は認められなかった(図1)。プラセボ群vs糖摂取群の筋血流量は15分後0.87±0.30倍vs0.92±0.51倍、30分後1.13±0.40倍vs2.13±1.55倍、45分後1.32±0.71倍vs2.19±2.07倍、60分後1.12±0.39倍vs2.07±1.38倍、90分後1.54±0.81倍vs2.14±2.00倍、120分後1.61±1.20倍vs2.23±1.75倍となり、糖摂取群で大きくなる傾向はみられたものの、両群間で有意な差は認められなかった(図2)。心拍数および血圧に関しても両群間で有意な差は認められなかった。
 糖摂取により、プラセボ摂取に比較して筋酸素摂取量および筋血流量に有意な増加は認められなかった。しかしながら、糖摂取は安静時に比較して筋酸素摂取量において1.33倍、筋血流量においては2倍以上の増加を引き起こした。全身のエネルギー消費に対するグルコース投与の影響を検討した先行研究(Brundin1993)では、酸素摂取量が8.8%増加したことが報告されている。そのとき、水のみの摂取では2.5%の増加を認めていた。また筋酸素摂取量に対するカプサイシン摂取の影響を検討した研究(Ueda2002)では、本実験と同程度の増加があることが報告されている。プラセボ摂取群でも筋代謝量の増加が認められたことから、糖摂取群にみられた筋代謝量の増加が糖摂取特有の反応であるかどうかについては、本研究からは結論付けることはできない。しかしながら、糖摂取により少なくても摂取後2時間は筋代謝を亢進することが明らかとなった。特に筋血流量においては、2倍以上の亢進が認められ、高血糖下における筋への糖の取り込みに対するインスリンの作用を助長する反応を示したことは、興味深い結果である。また、糖摂取後の血糖値の変化には大きな個人差が認められたことにより、本研究において、インスリン感受性のかなり低い被験者がいたことが推察された。そのことが末梢の有酸素代謝あるいは血流反応に対する糖摂取の影響の大きな個人差としてあらわれた可能性が考えられる。今後は、対象者のインスリン感受性の違いを加味した検討が必要と思われる。
 これまでヒトを対象とした筋代謝測定法は、対象となる筋を生体から採取する筋生検法や動静脈へカテーテルを挿入する方法など、侵襲的な手法が中心であった。また磁気共鳴分光装置(MRS)は非侵襲的な評価が可能であるものの、非常に高価な大型装置である。対象となる被験者の制限がある、測定中には姿勢の拘束が必要であるなどの問題点があった。本研究で用いた近赤外分光装置は、比較的安価である、小型かつ取扱いが簡便でフィールドでの測定が可能である、無拘束で自然な状態で測定可能であるという大きなメリットを有している。また、連続的な測定が可能なことから、運動開始時のような刻一刻と変化する生体反応をモニターしうる方法であることから、骨格筋有酸素代謝の新しい評価法として大きな可能性を有している。
図1
図1 筋酸素消費量の経時変化
図2
図2 筋血流量の経時変化
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3.まとめ
 糖摂取が安静時の骨格筋有酸素代謝に与える影響について検討した。その結果、プラセボ群との間に有意な差は認められなかったものの、糖摂取後2時間の間に、安静時に比較して筋酸素摂取量が1.3倍、筋血流量が2倍以上にまで増加し、糖摂取が筋代謝を亢進する可能性が示された。このことは、従来広く知られている安全で有効な運動を行なう上で重要である筋グリコーゲンの貯蔵や血糖値の維持のための糖摂取の必要性に加えて、糖摂取をすることにより誘発される骨格筋有酸素代謝量の亢進により、摂取した糖の熱量の一部を相殺している可能性があることを意味している。本研究結果より、対象者間の糖に対する代謝反応の違いを考慮して、摂取する糖の量とその時の骨格筋での有酸素代謝量との関連性を詳細に検討することにより、健康の維持・増進のために必要、適切な糖摂取量を考える上で重要な知見が得られる可能性が示唆された。

【参考文献】
Brundin, T.andWahren, J.Whole body and splachnic oxygen consumption and blood flow after oral ingestion of fructose and glucose. Am. J. Physiol. 264(4):E504-13, 1993.

新岡正、佐々木亮カフェインが脳酸素動態に及ぼす影響と改変ストループ課題成績との関連性について脈管学43(8):355-358, 2003

Ueda, C., Hamoka, T. etal. Food intake increase resting muscle oxygen consumption as measured by near-infrared spectroscopy. Eur. J. SportSci. 2(6):1-9, 2002.

Hamaoka, T., Iwane, H. et al. Noninvsive measures of oxidative metabolism on working human muscles by near-infrared spectroscopy. J. Appl. Physiol. 81:1410-17、 1996.

Sako, T., Hamaoka, T. et al. Validity of NIR spectroscopy for quantitatively measuring muscle oxidative metabolic rate in exercise. J. Appl. Physiol. 90:338-44、2001.

Homma, S., Eda, H. et al. Near-infrared estimation of Q2 supply and consumption in forearm muscles working at varying intensity. J. Appl. Physiol. 80(4):1279-84, 1996

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「今月の視点」 
2004年11月 
さとうきびのバイオマス利用による業構造の強化と環境保全
 琉球大学農学部生物生産学科 教授 上野 正実
WTOの枠組み合意とその意義
 九州大学大学院 教授 鈴木 宣弘
砂糖摂取は骨格筋の有酸素代謝を亢進させるか
(平成15年度砂糖に関する学術調査報告から)

 日本女子大学 講師 佐古隆之  鹿屋体育大学 教授 浜岡隆文
 北海道大学 助教授 新岡 正  東京医科大学 教授 勝村 俊仁



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