[2005年3月]
【調査・報告〔生産/利用技術〕】
北海道立十勝農業試験場 生産研究部 栽培システム科 研究主査 |
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稲野 一郎 |
1.はじめに
写真1 展示圃現地検討会 |
平成11年に農水省で策定された「新たな砂糖・甘味資源作物大綱」には、てん菜の生産コスト低減を推進していくことが明記されており、生産コストの大きい移植栽培から直播栽培の導入を奨めることとなった。しかし、現状で安定した収益を得られるてん菜移植栽培が低コストではあるが、収量性の低い直播栽培へ移行することを農家は選択しなかった。農家が直播栽培への移行を躊躇する理由は収量性のほかに、出芽率の確保、初期生育の安定性、風害などの自然災害に弱いなどの理由があった。農家が直播栽培への移行をスムーズに行うために北海道は直播栽培に関する試験研究を行ってきた。平成12年に直播栽培暫定基準を決めたが、上記の理由をすべて解決するには至らず、さらなる研究が要望された。それ以降、出芽率の確保、収穫作業の効率化について試験が行われた。
平成15年には試験結果を取りまとめ、これら播種や収穫に関する技術、狭畦栽培など新たな知見を加え、暫定が除かれた「てん菜直播栽培技術体系」として北海道で承認された。本栽培技術体系の普及を図るため、引き続き平成15年度には現地農家5カ所で新栽培技術を導入した展示圃を設け、現地実証試験を行った。その中の2カ所は30年以上前から直播を実施している農家で、ほかの3カ所は直播導入後10年未満ではあるものの、いずれも独自で栽培方法に工夫を加えている農家である。7月にはこれらの展示圃場において、てん菜関係機関・団体に参集していただき、現地検討会を実施した(写真1)。
ここでは展示圃の栽培体系、新技術が出芽、生育に及ぼした影響などについて述べるとする。
2.展示圃に導入した新技術
(1) |
出芽率85%以上確保するため、砕土率(土塊径20mm以下の割合)を90%以上とする。
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(2) |
出芽率向上のため、播種機の後部鎮圧輪を狭幅鎮圧輪に変更し、種子周辺の鎮圧力を強める。
[鎮圧輪の幅(cm) 慣行:23、狭幅:11.5、9]
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(3) |
生育障害を回避するため、土壌pHを5.8以上とする。
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(4) |
狭畦栽培(畦幅48cm)を導入する。
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3.展示圃の出芽・生育状況
(1) 新得町U農場 |
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てん菜栽培面積 |
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11.0ha |
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土性 |
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湿性火山性土 |
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耕起 |
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プラウ(秋)チゼルプラウ |
砕土整地 |
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ドライブハロー(2回) |
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畦幅×株間(cm) |
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60×23 |
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品種 |
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「アーベント」 |
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写真2 U農場狭幅鎮圧輸装着播種機
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砕土整地作業で使用しているドライブハローは普通水田で使用されているもので、慣行のロータリハローに比べ、砕土爪の回転半径が小さいため耕深は浅いが、耕耘ピッチを小さくすることができ、砕土性に優れている。
本農場では数年前から狭幅鎮圧輪(幅9cm)を装着して、出芽率向上を図っている(写真2)。今回、対照区として広幅鎮圧輪を用いた区を設け、出芽および生育状況を調査した。5月中旬の出芽率は狭幅鎮圧輪区で87%、広幅鎮圧輪区で82%、6月中旬の草丈でも狭幅鎮圧輪区で16.8cm、広幅鎮圧輪区で15.5cmと狭幅鎮圧輪区が出芽、初期生育に関して有利であった。農家自身では [1] 前作の小麦の生育を見て、部分的に石灰散布量を調整している、[2] 雑草を抑えるとともに地温上昇効果をねらって、カルチは浅く、回数を多くかける(6回)など常に栽培技術の改良を行っているとのことであった。
(2) 清水町Sa農場 |
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てん菜栽培面積 |
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3.4ha |
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土性 |
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砂質系沖積土 |
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耕起 |
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プラウ(春) |
砕土整地 |
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パワーハロー(2回) ロータリハロー(2回) |
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畦幅×株間(cm) |
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66×18 |
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品種 |
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「アーベント」 |
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写真3 Sa農場播種作業
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Sa農場では苗立ち数を確保するため、2粒播種、間引き栽培を行っている。慣行区を標準砕土・2粒播き・広幅鎮圧輪とし、対照区を粗砕土・1粒播き・狭幅鎮圧輪区とした(写真3)。狭幅鎮圧輪区ではロータリハローの速度を慣行1.0m/sに対し、1.5m/sに上げたところ、慣行区の砕土率94%に対し、狭幅鎮圧輪区88%と90%以下になった。これが出芽率に影響を及ぼし、広幅鎮圧輪区の85%に対し、狭幅鎮圧区では74%と劣った。なお、農家のコメントでは広幅鎮圧区に比べ、狭幅鎮圧輪区は出芽がやや早く、出芽揃いもやや優ったとの評価であった。
平成16年にはSa氏自ら狭幅鎮圧輪を使って無間引き栽培を行った。その結果、出芽率も良好で、間引き労力を省略でき満足したとのことであった。
(3) 更別村Si農場 |
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てん菜栽培面積 |
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7.8ha |
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土性 |
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乾性火山性土 |
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耕起 |
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プラウ(秋) |
砕土整地 |
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パワーハロー(2回) ロータリハロー(1回) |
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畦幅×株間(cm) |
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66×18 |
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品種 |
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「えとぴりか」 |
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農家慣行は凸型鎮圧輪を使用して、出芽率の向上を図っている。今回、慣行の [1] 標準砕土・凸型鎮圧輪区、[2] 標準砕土・狭幅鎮圧輪区、[3] 細砕土・凸型鎮圧輪区を設けた。[3] 細砕土区はロータリハローの回数を2回にした結果、播種前の砕土率は95%、他区は83%であった。出芽率は [1] 標準砕土・凸型鎮圧輪区で80%、[2] 標準砕土・狭幅鎮圧輪区で73%、[3] 細砕土・凸型鎮圧輪区で67%となり、いずれも目標値の85%以下であった。特に、[2] と [3] では深さ6〜11cmの土壌固相率が30%と低く、鎮圧力を強化した効果が現れていなかった。そのため、種子への毛管水の移動が少なくなり、出芽率が小さくなったものと考えられる。出芽率を高めるためには鎮圧力をさらに強化し、固相率を大きくする必要がある。
(4) 池田町K農場 |
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てん菜栽培面積 |
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5.0ha |
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土性 |
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粘質系沖積土 |
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耕起 |
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プラウ(秋) |
砕土整地 |
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ディスクハロー(1回) アップカットロータリ(1回) |
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畦幅×株間(cm) |
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60×18 |
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品種 |
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「スコーネ」 |
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K農場では狭幅鎮圧輪を使用して、出芽率の向上を図っている。砕土性の劣る粘質系沖積土なので、アップカットロータリを用いて砕土率を高めている。過度な砕土はクラストの原因になるので、砕土・整地作業には注意を払っているが、播種前の砕土率は98%と高く、過砕土状態になっていた。慣行区は狭幅鎮圧輪、対照区はさらに鎮圧力を増すため、鎮圧輪の上部に10kgの錘を載せた区を設けた。狭幅鎮圧輪+錘区は土壌硬度が、慣行区に比べ大きくなり、5月中旬の出芽率も83%になり、狭幅鎮圧区の78%を上回った。
(5) 池田町M農場(狭畦栽培) |
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てん菜栽培面積 |
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5.5ha |
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土性 |
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粘質系沖積土 |
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耕起 |
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チゼルプラウ(秋、3回) |
砕土整地 |
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ロータリハロー(2回) |
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畦幅×株間(cm) |
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48×20 |
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品種 |
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「フルーデン」 |
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写真4 防除通路(無播種畦) |
M農場では畦幅48cmの狭畦栽培をしており、2倍体品種の「フルーデン」を栽培している。耕起はボトムプラウによる完全反転を行わず、前年秋にチゼルプラウによる簡易耕を3回に分けて行っている。その内訳は1回目:秋小麦収穫後耕起深20cm、2回目:堆肥散布後耕起深30cm、3回目:土壌凍結前耕起深40cmである。簡易耕は風害やクラスト害を回避するため、前作の麦稈を表層に残すのが目的である。前作残渣を残す土壌表層に残す耕起法は欧米で普及している技術であり、風水害によるエロージョン対策として効果が認められている。
また、狭畦栽培では防除トラクタの輪距(左右のタイヤの距離)が畦間と異なるため、ここでは防除通路を播種しない無播種畦を設けている(写真4)。以前の研究で無播種畦を設けても、隣接する畦のてん菜が大きくなるため、1%程度の減収にしかならないことを示した。狭畦栽培における効率的な防除には無播種畦が効果的である。
農家慣行は広幅鎮圧輪を使用しており、対照区は狭幅鎮圧輪を用いた。狭幅鎮圧輪区は広幅鎮圧輪区に比べ、深さ6〜11cmの土壌固相率および深さ10〜15cmの土壌硬度が高まった。出芽率は狭幅鎮圧区で83%、広幅鎮圧区で81%、6月中旬の草丈はそれぞれ23cm、22cmと狭幅鎮圧の効果が認められた。
狭幅鎮圧区の収量は6.3t/10a、広幅鎮圧輪区の6.4t/10aにやや劣ったものの、6t/10aの高収量で、近隣移植農家と比較してもほぼ同程度であった。
M農場では肥料ストレスを緩和するため、施肥を全層100kg/10a、播種時に作条30kg/10aに分けている。このように複数回に分けて施用することを分肥と称し、全層施肥とともに「てん菜直播栽培マニュアル(北海道てん菜協会,2004)」に施用方法とその効果について掲載してある。
4.展示圃の新技術導入効果
(1) 砕土率が出芽に及ぼす影響
U農場で使用したドライブハローの耕うんピッチ*を60mmに設定し、2回作業で砕土率は96%になり、出芽率87%であった。ただし、1回作業でも砕土率96%、出芽率93%で、2回目の作業による砕土率および出芽率の効果は無かった。Sa農場では慣行砕土区の耕うんピッチは86mm、粗砕土区は114mmでその時の砕土率は、94%、88%であった。過去の試験データから「てん菜直播栽培技術体系」では湿性火山性土、砂質系沖積土でピッチを70mmとしている(表)。これ以上の耕うんピッチでは砕土率が大きくなり、出芽率が低下する。今回U農場では標準値を上回ることなく、出芽率85%以上を確保できた。Sa農場の粗砕土区では標準耕うんピッチを大きく上回った結果、砕土率は90%を下回り、出芽率も80%以下になった。表に示す耕うん方法、耕うんピッチを参考とすることで、目標とする砕土率、出芽率を確保することが可能になる。
(注)耕うんピッチ:ロータリハローなどの駆動型ハローで作業を行なったとき、耕うん爪が土に当たる間隔。耕うんピッチが小さいほど砕土率は高くなるが、作業速度は遅くなる。
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表 砕土整地法の目安
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(2) 狭幅鎮圧輪が出芽率に及ぼす効果
展示圃3か所で狭幅鎮圧輪と広幅鎮圧輪の比較、1か所で鎮圧輪上部に10kgの錘をのせて鎮圧力を強化した時の出芽率への効果を検証した。Sa農場では狭幅鎮圧輪区の砕土率が88%と低かったため、狭幅鎮圧輪の効果は無く、出芽率は広幅鎮圧輪区より劣った。その他の3圃場では鎮圧力を強化したことで、土壌硬度が大きくなり、出芽率が向上した。
出芽率を上げるためには毛管水を常に種子へ供給する土壌状態にすることが必要である。種子の周りの土粒子が粗い状態や種子と土粒子の密着性が悪ければ、土粒子の間隙が大きくなり、毛管現象が停滞する。
対して、砕土率を上げ、狭幅鎮圧輪を使うと、土粒子間の間隙が小さくなり、毛管現象が促される。砕土率と狭幅鎮圧輪はともに出芽率を向上させるための必須要件である(図)。
なお、狭幅鎮圧輪は展示圃を設けた効果もあり、農協が購入時に補助金を支給するなど導入が進んでいるとのことである。
図 播種床の模式図
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5.継続中のてん菜関連研究
冒頭で直播栽培の導入が進まない理由のひとつとして、風害などの自然災害を挙げたが、この対策については現在試験を取り進めている。てん菜は初期生育段階において風害や霜害を軽減するため、てん菜播種前に麦類をカバークロップとして播種することを行っている。
また、低地土などの砕土性に劣る土壌では出芽率が85%に達しない場合もある。このような土壌でも安定的な出芽率を得るため、砕土整地前に鎮圧工程を加え毛管水の上昇を促す耕法についても研究を行っている。さらに湿害軽減を目的に、既存の播種機に高畦成形機を取り付けて播種を行う高畦直播栽培について試験を行っている。
てん菜の収穫は農家ごとに1畦用収穫機を保有し、収穫を行っている。収穫コストの削減、コントラクタによる委託収穫を可能にするためには高能率収穫機の導入が必須となる。そこで国産2畦用収穫機の改良、輸入4畦用収穫機の導入を行い、試験を行っている。輸入4畦用収穫機については海外では直播てん菜を対象としており、国内の移植てん菜の栽培様式、形状には対応していなかったため、改良を加えて、試験を継続している。