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NIRとGISを利用したサトウキビ営農支援

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最終更新日:2010年3月6日


1.はじめに
 沖縄県の産業は第一次産業への依存度が極めて高く、島嶼経済から農業、とりわけサトウキビ産業を切り離すことはできない。サトウキビの地域経済に対する波及効果は4.29倍と高く(家坂、2001)、キビを増産に導けば地域も活性化することは関係者なら誰でもが知っている。しかし、その生産量は毎年減少し、平成16/17年期見込みでは77万トンまで落ち込み、沖縄県が掲げる目標100万トン達成は、厳しい状況になりつつある。落ち込んだサトウキビの増産を図るため、これまで育種、栽培、機械、経営面からさまざまな取り組みや議論が鹿児島県も加わって延々となされてきた。しかし、一向にサトウキビの単収は上がらず、今では地球温暖化に伴う異常気象も加わって生産量は減少する一方である。もし、サトウキビ産業が無くなれば島の存続さえ危うくなる。
 サトウキビを増産に導く方法の一つとして、品質取引制度で得られた近赤外分光法(NIR Near Infrared)データをフルに活用し、地理情報システム(GIS Geographic Information Systems)と組み合わせた新しいサトウキビ生産管理システム、「デージファームプロジェクト」なるものがある。これは、北大東島をモデルに実施した平成14年度先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「NIRとGISを利用したサトウキビ営農支援情報システムの実用化・定着化」にも採用されている。研究内容は、サトウキビの増収・高品質化・低コスト化を実現して地域農業の活性化を図るために、NIRで品質評価を行う品質取引制度をベースとして、蔗汁のミネラル成分を計測する多機能NIRおよびGISを利用した営農支援情報システムを構築・実用化する。これによって、一筆単位の精密な圃場管理と農家単位および地域全体の知的営農活動を支援し、地域農業活性化の基本ツールとして定着させることにある。
 本報では、デージファームプロジェクトを立ち上げるに至った経緯と、北大東プロジェクトの概要についてまとめてみた。
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2.サトウキビ品質取引制度を有効に活用するシステム
 沖縄県および鹿児島県のサトウキビ原料茎の買い取り方法は、平成6年度に従来の重量取引制度を改めNIRを利用した品質取引制度へと移行した。当初、国、県、各市町村および製糖工場の関係者は、新制度導入に伴い農家の生産意欲が高まり、品質の高いサトウキビ生産が可能になるであろうと期待した。しかし、それから10年以上が経過したものの、甘蔗糖度の上昇傾向は見られない。むしろ、“基準糖度帯である13.1〜14.3度以上を確保することは極めて難しい”との印象がサトウキビ生産農家にはある。高価なNIRシステムが全製糖工場に設置され、しかも、3ヶ月程度の短い製糖期間だけ稼働し、加えて蔗汁糖度だけを測定し、残り9ヶ月はほかに利用されずにいる状況にある。沖縄県にはこのNIRで測定した品質データが190万件も蓄積されているが、これらが農家の生産管理および営農支援にフィードバックされ有効に活用されたとの話は聞かない。
 図1は沖縄県および鹿児島県のサトウキビの取引制度における価格体系をまとめたものである。図からも明らかなように、農家の努力によって糖度の高いサトウキビを生産すれば、甘蔗糖度が14.4度以上ではその分だけ価格が上がり、収入に跳ね返る仕組みになっている。
 われわれは、この品質取引制度で利用されているNIRを一種の分析装置もしくはセンサーと見なし、圃場に関するあらゆる情報を安価にまた効果的に収集し、増産に導けないかを検討することにした。

図1 平成16年産さとうきび価格体系(トン当たり)
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3.サトウキビ搾汁液から圃場情報を得る方法の検討
 まず、1996年1月、南大東島および石垣島の製糖工場にて採取した糖度測定用搾汁液の一部(200cc)を大学の実験室に持ち込み、ICPプラズマ発光分析装置を用いて各種元素類を、イオンクロマトグラフでイオン類を、N/Cアナライザーでバカスの窒素・炭素を、pHメーターでpHを分析し、それら要因と甘蔗糖度との相関関係を詳細に解析した。以来、毎年のように同様な調査を実施し、加えて、搾汁液を検収したサトウキビ畑の土壌と植物葉をサンプリングし、大学の実験室に持ち帰って各種成分含量を測定し、甘蔗糖度を支配している要因を調査した(川満ら、1996)。
 得られた結果をまとめると、甘蔗糖度とカリとの間には極めて高い負の相関関係が認められた(図2)。また、窒素と甘蔗糖度とは負の相関関係に、リンと甘蔗糖度は正の相関関係にあることも明らかになった。窒素は植物体の全てのタンパク質や酵素活性および光合成などの代謝系に必要と考えられ、減肥の効果は少ないと考えた。リンと甘蔗糖度の関係は正であり、さらに施肥量を増やしても悪影響は無いと予想された。これら各種成分の内、われわれが最も注目した元素はカリであった。
 土壌中のカリ成分は、過剰に存在する場合サトウキビに贅沢吸収され、葉の光合成速度を抑制し、茎の蔗糖合成能力が著しく低下することが、並行して実施した圃場試験、実験室のポット試験から明らかになった(図3)。このカリ過剰の原因として、窒素やリンはサトウキビ圃場から外へ持ち出されるケースが多いが、カリに関しては過去から現在まで、施肥されたカリ成分が圃場に残り徐々に蓄積されたと考えられる。
図2 図3
図4
 特に、南北大東島では15年前までは収穫前にサトウキビ畑に火をいれ、枯葉、枯死茎、鞘頭部を焼き払い、ハーベスターが機能しやすい状態で収穫していた。このバーンハーベスター効果としては、トラッシュ率の低減、病害虫の防除、灰分の残留などがある。しかし、灰分中のカリはカリ塩類として土壌に徐々に蓄積していったと考えられる。また、沖縄県のサトウキビ栽培指針でも、カリ肥料を多く施用するように書かれ、農家は無意識のうちにサトウキビ畑にカリを積み上げていったと考えられる。サトウキビは稲作に匹敵するほど連作障害の無い作物として有名である。農家が営農努力を怠り、かつ、化学肥料に頼りすぎた結果、また、県農試、農業改良普及センターおよび農協によるせっかくのサトウキビ畑の実態調査結果も栽培改善に反映されないまま、カリが過剰施肥されたと考えられる。
 搾汁液中に含まれる成分と土壌含有成分との関係がハッキリすれば、極めて有効なシステムが展開できると考え、両者の相関関係を、まず、ポット実験で検討した(図4)。詳細は省略するが、搾汁液中のカリと土壌中のカリ成分は極めて有意な相関関係にあり、サトウキビ搾汁液から畑土壌の成分含量が把握できることが証明できた。
 次に、NIRを用いて、従来ICPや原子吸光装置で定量していた搾汁液や土壌の中に含まれる元素類を迅速にしかも簡便に分析できないか調べてみた。もし、これが可能なら、サトウキビ工場の品質評価室に居ながらにして、糖度と同時に全サトウキビ圃場の元素成分の推定も可能となる(図5)。
図5
 結果は、予想以上に良く、蔗糖はもとより、果糖、ブドウ糖、カリ、マグネシウム、イオウ、リン、ナトリウム、アンモニア、珪素が有意に定量できることが明らかになった。同時に実施した土壌の分析結果では、全窒素、全炭素、pH、EC、含水率、カリ、リンなどの定量がNIRで可能であることも分かった(図6〜8)。
図6 図7
図8
 次に、実用化システムの開発をめざして平成13年1月から3月の製糖期間に同NIRを南大東島に持ち込み、品質評価用NIRの隣で同搾汁液のスペクトルを約6000サンプルとった。それらスペクトルデータを基礎に検量線を作成して種々解析したところ、カリウム、マグネシウム、リン、カルシウムなどが有意にNIRで分析可能であることが認められ、実験室でICPなどを用いて得られた結果と一致した(図省略)。これは、画期的な結果であり、デージファームプロジェクトにとっては朗報であった。その後、平成14〜15年度も同様にNIRを南大東島に持ち込み、データの信頼性の再確認を行った。また、平成16/17年期は北大東島で同NIRを持ち込み同様な実験を行っている。
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4.サトウキビ営農支援情報システム
 NIRの特徴を最大限に発揮させる研究の一方で、極めて重要な問題に直面した。すなわち、現在、各製糖工場で実施している収穫方法では搬入された原料の圃場を特定することができない、との問題である。サトウキビ原料の農家名と地区名は分かるが、どこの畑のどの位置の、どの品種であるかハッキリしない。そのため、甘蔗糖度やそのほかの情報をGISでオンラインマッピングし、現状を把握しようとした場合、極めて困難となる。この問題を解決できる方法として、GPSをハーベスターと伴走車の両方に取り付け、原料を登載した場所、いわゆる圃場の位置と収穫面積情報を、原料の工場搬入時に品質取引室のパソコンに転送し、NIRで測定した品質関連データと同時に記録しデータベース化することを検討した。もし、このように、圃場のID化が進めば、全てのデータ情報をGIS上で瞬時に表現でき、さらに、製糖工場はもちろん市町村役場、JA、研究機関などさまざまな場面で活用することもできる。また、GPSは収穫した圃場面積や伴走車の走行距離、走行軌跡も正確に把握でき、単収の計算や省エネ対策へ応用できる。過去3年間の予備試験から、伴送車に取り付けたGPSによって畑は特定され、オンラインマッピングが可能であることが判明した。
 NIRで測定した甘蔗糖度およびそのほかの分析結果は、収穫期の圃場の状態に依存している。このシステムだけでも比較的大きな成果は期待できるが、さらなる増収を達成するためには、サトウキビの各生育ステージにおける土壌、気象、肥培管理、品種、病害虫の発生状況などを効率よく計測して糖度の高低を決定している要因を総合的に解析し、農家に告知する必要がある。それらを可能にする方法として、携帯型栄養診断NIRの開発と衛星、無人ヘリを利用したリモートセンシング技術の研究開発を早急に進める必要がある。携帯型栄養診断用NIRとしては、土壌にセンサー部を差し込むだけでpH、EC、土壌水分、炭素、窒素、およびほかの元素含量が瞬時に計測できるタイプが理想的である。また、植物体側の栄養診断方法は、同NIRのセンサープローブ部を切り替え、葉のクロロフィル、窒素、カリ、カルシウム含量および茎の糖度など土壌成分を分析した同位置のサトウキビで測定するタイプである。これら計測データは、GPS位置データと同時に記録され、瞬時に研究室のサーバーに転送され、保存される。これら保存データはGISでオンラインマッピングされると同時に、サトウキビ畑の肥料成分の状態と、さらに糖度を向上させる肥培管理の方法をマニュアル化して農家に伝えるシステムである(図9〜12)。さらに、2〜3年のデータが蓄積すると、次年度の収量予測も可能になり、また、全ての農家の参考になる高糖度圃場の特定および最適な収穫日取りの決定など、糖業のあり方を根本的に変え得るシステムとなる。これが、われわれが目標としている「デージファームプロジェクト」である。同プロジェクトの推進にはかなりの困難も予想されるが、最近ではトレーサビリティーの普及も加わって関係者から注目されるようになりつつあり、実現に向けての研究が加速するであろうと期待している。同システムの定着化に関しては、さまざまさな困難も予想されるが、とりあえず製糖工場の農務を中心にわれわれ大学、研究機関、糖振協、分工会、日甘工、農協が協力し着実に前進することが重要であると考えている。
 現在、製糖工場で使用しているNIRは、まず、サトウキビを細裂し、圧搾後100cc程度の搾汁液を対象に蔗汁糖度を測定し、甘蔗糖度に換算している。ここで、もし、甘蔗糖度が細裂試料で直接評価できれば、トラッシュ分別や圧搾行程が省略されると同時に、トラッシュ率やミネラル成分も瞬時に評価でき、画期的な新営農支援システムが実現できると期待している。
図9
図10
図11
図12
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5.まとめ
 サトウキビ産業に関わらず、農業のポテンシャルを最大限に発揮できる要素は、IT(Information Technology)の活用にある。われわれはITをIdea Technologyと定義し、サトウキビ産業こそがそれを有効に活用でき、生産性の向上も図れると考えている。
 特に、NIRを核にしたサトウキビ営農生産支援システム、「デージファーム」プロジェクトが軌道に乗れば、ほかの農作物にも応用でき、製品(出荷農産物)の品質管理はもとより、栽培履歴、品種、農薬の使用量、などの情報という高付加価値を載せて全国に発信し、少ない設備投資で大きな利益をもたらし、さらには地球温暖化ガスCO2の抑制、削減にも大きく貢献できるであろう。
 われわれの目標は「単収を維持しながら甘蔗糖度を県全体で1度向上させる」ことにある。糖度が1度上がればトン当たり1300円プラスされ、約100万トンを生産目標としている沖縄県の農家にとって13億円の増収となる。この数字に波及効果4.29倍を考慮すると55.8億円となり、いかに大きな数字かが、素人でも分かる。
 サトウキビ栽培はアメニティ効果や癒し効果も抜群といわれる。サトウキビの剥葉や手刈り収穫作業は沖縄の長寿の秘訣ともいわれ、同時に、ユイマール精神の構築は、サトウキビの経済波及効果4.29倍には現れない数字である。
 なお、ここで提唱しているシステムは、他地域・他作物にも適用可能であり、日本農業あるいは世界の農業を大きく変革するポテンシャルをもっている。現に、カンキツでは選果場に導入されたNIRデータとGISを融合したシステムの構築が検討されつつある。まさしくNIRは“21世紀の光”である。このような大きな創造のうねりにわれわれのアイディア「NIRとGISの連携、デージファームプロジェクト」が、少しでも役立てば望外の喜びである。


【引用文献および参考文献】
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