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エネルギー資源としてのてん菜

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2005年9月]

【今月の視点〔生産/利用技術〕】

帯広畜産大学 畜産科学科 生産システム制御科学分野   教授 柴田 洋一

1.はじめに
2.てん菜を取り巻く諸情勢
3.エネルギー作物とは
4.エネルギー作物としてのてん菜
5.エネルギー作物としての栽培条件
6.おわりに

1.はじめに

 再生可能で大気中の二酸化炭素を固定する植物由来のバイオマスは、環境調和型エネルギー資源として有効であり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)レポートなどで今後の導入が提唱されています。2005年2月に発効した京都議定書において、わが国には、二酸化炭素の総排出量を1990年を基準として2012年までに6%削減する義務が課せられましたが、2003年度段階では逆に8%増加しており、削減目標を期限内に達成するためのバイオ資源利用に関する施策が急がれています。
 バイオエネルギーを活用する環境調和型社会を実現するには、バイオ原料の供給体制の確立が前提となります。そのためには、広大な面積において低コストで安定した生産ができるエネルギー作物の利用が有効とみられていますが、北海道ではてん菜が有望品目の一つと考えられます。本稿ではエネルギー作物を巡る最近の動きと、エネルギー資源としてのてん菜の可能性について概観してみたいと思います。
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2.てん菜を取り巻く諸情勢

 てん菜は、北海道にあっては畑作主要品目の一角を担う基幹作物です。生産農家と製糖業界との強い協力関係により安定した収益を確保できる作物として、長年にわたり輪作体系の中核的な地位を占めてきました。ここ5年間の生産状況をみても、栽培面積は全畑作面積のおよそ16%に相当する6.8万ha、砂糖生産量は66万t程度とおおむね安定しています。しかし、国内消費者による内外価格差是正の要請、砂糖の国内需要の低迷などにより糖価を引き下げざるを得ない状況となり、生産現場においては、今後の作付け面積の確保、ひいては輪作体系への影響が懸念されだしました。しかし、圃場の生産性を保つためには輪作体系の維持が不可欠であり、海外に例があるように、エネルギー作物としての位置づけをもって、てん菜を栽培する必要性が増しつつあります。農林水産省が今年3月に策定した新たな食料・農業・農村基本計画においても、「食料生産の枠を超えた農業の新たな展開を促進するため、従来利活用の中心であった廃棄物系バイオマスだけでなく、稲わらやさとうきびなどから液体燃料を製造するなど、未利用バイオマスや資源作物の利活用の取り組みを積極的に推進する。」ことが盛り込まれています。そして、今年4月に取りまとめられた「砂糖及び甘味資源作物政策の基本方向」では、てん菜に関して「諸外国の取り組みも踏まえつつ、バイオアルコールなどの他用途への転換などを検討することが必要である。」との方向性が示されました。


3.エネルギー作物とは

 バイオマスとは、作物や樹木、あるいは家畜の排泄物など、生物に由来する資源の総称であり、バイオエネルギーとはバイオマスを利用して得られるエネルギーです。

図1 バイオエネルギー資源の分類(文部科学省、科学技術動向より)

図1に示したように、バイオマスは、未利用資源系バイオマスと生物資源系バイオマスとに分類されます。未利用資源系バイオマスは、ある目的で生産された生物資源の非利用部分、もしくは、利用された後の廃棄物です。農林水産分野では、用途のない稲わら、籾殻、野菜クズ、家畜糞尿、林産系の間伐材などが該当します。これに対し、生物資源系バイオマスは、はじめからエネルギー利用を目的として生産される生物のことを指し、このうち陸域系の植物群がエネルギー作物と総称されています。代表的な作物としては、ナタネ、ヒマワリ、ムギ、サトウキビ、スィートソルガム、てん菜などが挙げられますが、その種類は非常に多く、「エネルギー作物の事典」を見ると、70種以上の作物がエネルギー資源としての可能性を持つものとして紹介されています。
 エネルギー作物には二つの大きな特徴があります。1つは、持続的に再生可能なエネルギー資源であることです。もう一つは、冒頭でも述べましたが、バイオマスの燃焼時に放出される二酸化炭素量は、光合成により固定される二酸化炭素量と相殺されるため、大気中の二酸化炭素を増加させない、いわゆるカーボンニュートラルな特性を有していることです。従って、化石燃料との代替利用が進めば、二酸化炭素の排出抑制につながるわけです。
 このほか、エネルギー作物は未利用資源系バイオマスに比べ資源が分散せず、収集・輸送コストが低く抑えられる可能性を持っています。また、生産計画が立てやすいので、エネルギーの安定供給が可能であるとともに、未利用資源系バイオマスに比べ性状が一定水準に保たれるため、エネルギー製造プラントの安定稼働が期待できます。
 しかし、当然のことながら、エネルギー作物を生産するためには、エネルギーの投入とそれに伴うコストが必要になるので、産出されるエネルギーとの収支バランスをいかに向上させるかが実用化の鍵を握っています。
 エネルギー作物からエネルギーを取り出す方法は、熱化学的変換方式と生物学的な発酵方式に大別され、適用作物はそれぞれ異なります。前者で代表的なのは、植物油を抽出し、エステル化して粘度を下げ、ディーゼルエンジン用燃料(バイオディーゼル)とする方法です。ヒマワリ、ナタネ、ダイズなどのいわゆる油糧作物が対象となります。表1に、これらのエネルギー生産性を示します。

表1 油糧作物のエネルギー生産性


本表はヨーロッパのデータで、例えばナタネは1ha当たり0.7〜3.4tの子実生産量が見込まれ、これを搾って得られる油0.3〜1.4tをエネルギーに換算すると11.5〜52.3GJとなることを示しています。最大値の52.3GJは、0℃の水125tを沸騰させる熱量に相当します。バイオディーゼルのエステル化以降の技術は既に実用段階に達しており、日本では自治体が中心となって循環型システムのモデルケースとして、公共用のバスなどに利用する例が増えています。しかし、油糧作物のエネルギー生産効率は必ずしも高くなく、農作業に要する燃料、化学肥料、収穫後の処理などの投入エネルギーと、産出油のエネルギーとの比をとると1以下となることが少なくありません。この理由の1つは、油を絞った残渣物にエネルギーが残されているためで、残渣物の肥料化や飼料化など、多段階にわたって資源を有効利用するシステムの確立が重要な課題と考えられています。

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4.エネルギー作物としてのてん菜
 一方、発酵方式では好気性発酵によるエタノール製造が代表的な方法です。図2にバイオエタノールの製造方法を示します。
植物のセルロース(植物の細胞膜の主成分となっている多糖類)を加水分解により単糖(グルコース)に変え、これを微生物の力で分解させるとエタノール(エチルアルコール)を作ることができます。植物はみなセルロースを持っていますから、全ての植物からエタノールを生成することができ、原料のエネルギーを100%とした場合の回収効率は85〜90%程度と、効率が良いことが特徴です。栽培面積当たりのエタノール生産量は作物によって異なりますが、表2に示した主なエネルギー作物においては、1ha当たり2,100〜5,600リットル程度です。表2では、てん菜、サトウキビ、スィートソルガムの生産量の多さが際だっていますが、これら3品目は、植物体内に糖が蓄積されているので、図2下のように加水分解の工程を省略できるというさらに大きなメリットがあります。また、てん菜とサトウキビについては、現状の製糖技術の応用により、エタノールの生産体制を構築し易い、さらに、工場への集荷システムが確立しているなどの利点があると言われています。ただし、面積当たりの収量性につては、地域によりかなりのバラツキがあることを付け加えておきます。

表2 面積当たりのエタノール生産量



図2 バイオエタノールの製造法

表3 エタノール生産のエネルギー収支


 表3は、主なエネルギー作物からエタノールを作った場合の面積当たりのエネルギー収支を比較したものです。本表において投入とは、機械作業のための燃料、肥料(成分に内包されているエネルギー)、乾燥など投入したエネルギーの総量を示しています。エネルギー収支は、収穫物から抽出されたエタノールのエネルギー量と、投入エネルギーとの比(産出/投入比)および差(産出−投入)の二つで表現されています。例えば、てん菜の場合は、生産するために1ha当たり35GJのエネルギーを要しますが、産出/投入比は2.8〜3.2と比較的高い水準にあります。また、産出−投入を見ると、1ha当たりのエネルギー収支が最も良いのはサトウキビ、次いで、てん菜、さらにはトウモロコシとなっています。てん菜は、投入エネルギーを差し引いても、0℃の水を最大で310t沸騰させることができ、面積当たりのエネルギー収支から見る限り有望な作物と位置づけられます。
 なお、製糖工程で作出される糖蜜からもエタノール化は可能ですが、これらは付加価値が高く需要も多いので、現状の生産流通方式のままで糖蜜をエネルギー用として利用するシステム変更は現実的とは言えないでしょう。
 発酵方式ではもう一つバイオガス生産方式があります。これは、主として残渣系のバイオマスを原料とし、嫌気性発酵によりメタンガスを発生させ、熱や電力に変換するシステムです。
 最近では、家畜糞尿のメタン発酵がおなじみですが、糞尿による汚染防止との一石二鳥をねらっているものです。このバイオガスプラントにてん菜を混合するとガス発生量が飛躍的に増大することが帯広畜産大学の研究で明らかになってきました。図3に示した例は、てん菜の根部を家畜糞尿との重量比で5%から15%混合すると、メタンガスの累積生成量が約2倍になることを示しています。茎葉部を混合した場合にもほぼ同様の結果が得られており、エネルギー作物としてのてん菜の新たな可能性を切り開く技術として注目されます。


図3 てん菜根部混合の累積メタンガス生成量(梅津ら、2005)
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5.エネルギー作物としての栽培条件

 現状のてん菜栽培は9割以上が苗立ち損失のない移植栽培方式であり、他の畑作物に比べ所要労働時間が長く生産コストも大きいことが問題視されてきました。このため、公的試験研究機関においては直播研究の強化が図られ、最近では、播種後鎮圧荷重の適正値の解明などの成果により出芽率を高位安定化することが可能になってきました。新たな食料・農業・農村基本計画工程表においては、H27年度までに、直播き栽培技術の改善などにより生産コストを10%削減させると明記され、今後は、直播による低コスト生産体制への移行が推進されるものと予想されます。
 しかし、生物資源の価値は、食用、飼料用、肥料用、エネルギー用の順で低くなるので、てん菜をエネルギー用として生産するためには、生産コストをさらに引き下げる必要があります。作物生産において、所要エネルギーが最も大きい工程は土の切削・移動を要する圃場作業です。図4に示した投入エネルギー量の指標となる機械作業時の燃料消費量を見ると、てん菜の場合は、耕耘・整地および収穫作業で全体の60%以上を占めることが分かります。従って、低コスト生産を行うためには、直播の導入とともに、例えば、耕起作業の一部を省略するミニマムティレッジ方式の導入などが有効と考えられます。そこで、筆者らは、今年度から、北海道農業研究センターとともに、エネルギー利用を前提としたてん菜の低コスト生産技術の開発研究を開始しました。この研究では、直播とミニマムティレッジを組み合わせた超低投入栽培を試み、投入エネルギーと産出エネルギーの収支などから、エネルギー作物としての可能性を評価することを目的としています。
 当面の課題としては、最適な栽培体系の確立と適応可能地域の解明です。移植方式や、高砕土率条件下における直播方式に比べて収量減となることは覚悟の上ですが、エネルギー収支の向上効果が大きければ、輪作体系を維持するうえで新しい選択肢となり得るのではないかと考えています。また、この栽培方式は、機械作業により生じる二酸化炭素発生量も削減できる可能性があるので、環境調和型作物生産方式としての側面についても検討します。


図4 てん菜栽培に要する燃料消費量(合計184リットル/ha 北海道農政部2000)

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まとめ
 わが国では、2003年にガソリン車にエタノールを3%混合するE3燃料の使用が認められました。道内でもE3燃料による自動車の走行試験などが行われるなど、バイオエネルギー社会の到来を予感させる動きが活発化してきました。しかし、肝心のエネルギー資源の供給方法については何も決まっていません。
 北海道の畑作地帯では、小麦、トウモロコシ、ジャガイモなどエネルギー資源として活用できる作物が沢山あります。収集システムや処理システムを共用したり、収穫時期の違いを利用することにより、複合的で稼働率の高いバイオエネルギー生産システムを構築できる可能性があります。その中心となり得るのがエネルギー内包率の高いてん菜であり、関係機関の積極的な取り組みが期待されます。

引用文献
N.EIバッサム(横山、澤山、石田 監訳):エネルギー作物の事典:恒星社厚生閣、2004
Umetsu, K., et al.: Anaerobic co-digestion of dairy manure and sugar beet: Proc. of 2nd International conference on greenhouse gases and animal agriculture GGAA2005 September 20-24
P. Venturi, G. Venturi: Analysis of energy comparison for crops in Euoropean agricultural systems, Biomass and Bioenergy, 25 (2003) 235-255
稲野一郎:てん菜栽培直播き技術の改善:第2回てん菜研究会講演発表要旨集、15-16、2004
てん菜糖業年鑑、北海道てん菜協会、2004
バイオエネルギー利用の動向と展望:科学技術動向:文部科学省科学技術政策研究所科学技術動向研究センター、2001(12)
大賀圭治:環境学入門7−食料と環境、岩波書店、2004

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