[2006年2月]
【調査・報告〔海外/糖業〕】
独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
九州沖縄農業研究センター さとうきび育種研究室 |
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室長 松岡 誠 |
はじめに
2005年6月にサトウキビおよび製糖副産物についての海外調査をミャンマー(旧ビルマ)で実施した。昨年度から開始された科学技術振興調整費による「ASEANバイオマス研究開発総合戦略」プロジェクトの一環として行われたものである。今回の調査の主目的は、ミャンマーにおけるサトウキビとその製糖工程で得られる副産物の賦存量および利用可能量、またその利用技術についての調査である。現在、ミャンマーは、自ら抱えている政治的、社会的な問題の故に国際社会の中で孤立に近い立場にあり、東南アジアの一国でありながら、その農業事情が日本に紹介されることは少ない。本報告では、近年、急速に生産量を伸ばしているミャンマーの糖業とサトウキビ試験研究の現状などについて紹介したい。
図1 ミャンマーの概略図
ミャンマーの地勢
ミャンマーは東南アジア諸国の一つで、西ではバングラデシュ、インド、東はラオス、タイ、北は中国に国境を接している(図1)。国土面積は67万7,000平方キロメートルで、日本の国土面積の1.8倍近く、南北に細長い国土をもち、北緯9°32分〜28°31分の間に位置している。北、西、東の国境近くは山岳地帯で、エーヤワディー、チンドウィン、シッタウン川に沿った平地に人口が集中し、農業の中心地帯となっている。ミャンマーの最北部、中国との国境近くには、氷河をいただく最高峰カカーボラージー山(5,881m)がある。広い国土の気候を大まかに区分すると、中央平原が熱帯サバンナ気候、西、北、東部、国境近くの高原が亜熱帯モンスーン気候、海岸沿いの地域が熱帯モンスーン気候である。ミャンマーの季節は大まかに三つに分けることができる、すなわち暑期(夏、3月〜5月中旬)、雨期(5月下旬〜10月中旬)、乾期(10月下旬〜2月)である。表1には海岸近くに位置する首都ヤンゴンの平均気温を示したが、この地域では年平均気温は27.3℃と高く、年間を通して気温の変化が小さい。一方、標高一千メートルを超える高原地帯では、冬と呼べる季節があり、11月〜2月にかけては気温が零度を下回ることもある。ヤンゴンの年降水量は2,260 mmあまりで種子島とほぼ同じであるが、降雨の分布が大きく異なり、11月〜翌3月までの降水量は極めて少ない。また、サトウキビ栽培が盛んな地域、内陸のピンマナの年間降水量は1,560mmで、ヤンゴンよりかなり少ない。ミャンマーのサトウキビ収穫はこの雨の少ない乾季を中心として、10月中旬から3月にかけて行われる。
表1 気象平年値
ミャンマーの人口は2003年の統計では5,240万人となっている。多民族国家で、少数の民族も合わせると135の民族から構成されている。このうちビルマ族、シャン族、カレン族、カチン族、モン族、チン族などが主要な民族であり、ビルマ族が人口の約3分の2を占める。少数民族はそれぞれ独自の言語をもっているが、公用語はビルマ語である。
ミャンマー国民の90%近くは仏教徒であり、いたるところで大小様々なパゴダ(仏教寺院)をみかける。そのほか、少数ながらキリスト教徒、イスラム教徒、ヒンズー教徒などもいる。
この地域には19世紀初頭からイギリスが進出を始め、19世紀末から20世紀初頭、第二次大戦前までミャンマーは植民地としてイギリスの支配を受けた。1941年〜45年にかけては日本軍が占領、日本の敗戦後、1948年に独立し、紆余曲折の末、現在はミャンマー国軍の指導体制下にある。数年間、日本軍の占領下にあったことから、年配の方のなかには今でも、日本語を話すことができる人がいる。
ミャンマー糖業の概要
ミャンマーは農業国で、人口の6割強、約1,800万人が何らかの形で農業に従事している。表2にはミャンマーの農家の規模を示した。農地保有面積2.2ヘクタール以下の小規模農家戸数が多く、農家1戸あたりの平均農地保有面積は約2.3ヘクタールである。稲作が非常に盛んで、2003年の稲の作付け面積は654万3,000ヘクタール、生産量は2,313万6,000トンであった。
ミャンマーにおいて歴史にはじめてサトウキビが登場するのは8世紀である。1840年には最初の分蜜糖工場が造られ、近代的な製糖工場による製糖が始まったのは1926年である。独立後、1951年のサトウキビ栽培面積は1万7,000ヘクタールあまりであったが、1979年には5万1,300ヘクタールまで増加した。しかし、1980年代、1990年代はじめにかけては、栽培面積はほぼ横ばい状態であった。その後、栽培面積は再び大きく増加し、1993−94年期の作付け面積5万2,600ヘクタール、サトウキビ生産量221万9,000トンが、2003−04年期には作付け面積14万6,900ヘクタール、サトウキビ生産量626万6,000トンと、10年間で3倍近くにまで面積、生産量ともに伸ばしてきている(表3)。これは、1990年頃に始まったミャンマー政府の糖業振興政策によるところが大きいと思われる。1994年には農業灌漑省(Ministry
of Agriculture and Irrigation(MOAI))の傘下にミャンマーサトウキビ公社(Myanmar Sugarcane Enterprise(MSE))が設立された。同公社は国内全ての製糖産業を統括する公社で、かつ自らも製糖工場を保有し、サトウキビの栽培(試験研究から普及まで)から製糖まで一貫して行っている。その設立の目的と役割は、国内製糖産業の近代化、国内自給に必要な砂糖生産量の確保、砂糖の輸出量拡大などである。現在、公社は12の製糖工場を保有し、経営を行っており、その多くは1990年代に建設された新しいものである(表4)。
表2 ミャンマーの農家の規模
ミャンマー農業灌漑省資料より抜粋。
表3 ミャンマーのサトウキビ作付け面積と生産量の推移
表4 ミャンマー サトウキビ公社保有の工場リスト
ミャンマーサトウキビ公社の資料より抜粋、2005年6
月時点。
表5 ミャンマー サトウキビ公社の砂糖生産量と輸出量
ミャンマーサトウキビ公社の資料より抜粋、2005年
6月時点。
ここ数年の生産量の落ち込みは、保有していた17の
製糖工場のうち5工場を他のプライベートセクタ
ーへ譲渡した影響も大きいと思われる。
*04−05年度は見込みの数値。
2000〜01年期には、ミャンマー全体の砂糖生産量は18万8,331トン、このうち国内消費量は10万4,700トンあまり、輸出量が3万1,900トンであった(表5)。全体の生産量の約50%、9万4,430トンをサトウキビ公社が生産し、残りの9万3,900トンは、そのほか、中小の民間工場が生産している。ここ数年のデータでは、ミャンマーの全生産量の5割弱をサトウキビ公社が生産するという状況が続いているという。2000〜01年期、サトウキビ公社が保有する各工場の歩留まり(sugar
recovery%)の平均は8.5%であった。2000年以降、歩留まりは平均8.2〜8.5%で推移している。2000〜01年期の歩留まりを各工場間で比較すると、最も低い工場で6.5%、最も高いところで10.1%と工場間での差が大きい。
「Yedashe」工場の概要とその近郊のサトウキビ作
今回の滞在中には三つの製糖工場を訪問した。ヤンゴンから中部のマンダレー(ミャンマー第二の都市)に向かう幹線道路を約200km北上したところにタウングーの町があるが、その少し手前にある「Oaktwin工場」と、そこからさらに50kmほど北上したところにある「Yedashe工場」、また、エーヤワディー川沿いの町Aung
Lan近郊にある「Yonzeik工場」である。ここでは「Yedashe工場」の概要を紹介する。
「Yedashe工場」は1991年から操業を開始した工場である(写真1)。操業は11月〜3月まで行われるが、ここ数年は原料の不足が続き、2月中に製糖を終了している。製糖歩留まりは8〜9%であるが、2002−03、2003−04年期には2年続けて8%を割り込んでいる(表6)。ここ5年間の平均では、サトウキビ圧搾量の約32%のバガス、4.6%の糖蜜、4%のフィルターケーキを副成物として産出している。ここで得られた糖蜜のほとんどは、近くの工場(ピンマナ−2工場)に併設されているアルコール製造プラントに運ばれ、発酵原料として用いられている。また、この工場内には製紙プラント、堆肥製造プラントも併設されており、バガス、フィルターケーキの有効利用を図っていた。バガスは工場の燃料として用いるが、余剰分についてはこの製紙プラントの原料としても使っていた。しかし、ここ数年、原料不足が続いているため、工場から出る余剰バガス量も少なく、製紙工場は稼働していないとのことであった。フィルターケーキを用いた堆肥製造プラントは、ほとんどの工場に併設されており、フィルターケーキと籾殻、EM菌(糖蜜を添加)を混ぜて発酵させ、さらに尿素などの肥料成分を加え調整した肥料資材(製品名:Bio
compozer)を製造し、販売している。
写真1 Yedashe工場
施設は日本のメーカー、月島機械により建設されたとのこ
とである。工場の敷地内には製紙プラント、堆肥製造プラ
ントも併設されている。
表6 Yedashe工場の製糖の概要
ミャンマーサトウキビ公社の資料より抜粋。
今回、工場から10kmほどのところ、シッタウン川近くのサトウキビ生産者が多い村を訪問した(写真2)。話しを聞いた村のリーダー的存在の農家はサトウキビを4ヘクタール、そのほか、稲を2.8ヘクタール、ゴマを3.2ヘクタール作付けしているということであった。この村の一戸あたりの耕地保有面積は2ヘクタールほどである。資料によってばらつきはあるが、ミャンマー農業灌漑省の出している2005年の統計資料によれば、2000年から2004年にかけて、ここ数年間のサトウキビ平均収量は44〜47トン/ヘクタールとなっている。しかし、この村の収量は非常に高く、新植の収量は約80トン/ヘクタール、株出しの収量は約75トン/ヘクタールということであった。この地域では株出しは通常1回のみ行われている。収穫は全て人力で行われるが、サトウキビ梢頭部の家畜飼料としての利用率は低く、収穫されるサトウキビ全体の1/4程度の利用にとどまっている。
写真2 Yedashe近郊のサトウキビ栽培農家にて
村はシッタウン川のほとりで、サトウキビ、稲、ゴマを中心とした複合経営である。
ピンマナ サトウキビ研究センター(Pyinmana Central Sugarcane Research Center)が公社のサトウキビ試験研究の中心である。このセンター以外にも、農業灌漑省傘下の農業試験研究機関やYezin農業大学がサトウキビの試験研究を行っているということであったが、残念ながら、今回、これらの機関を訪問することはできなかった。また、筆者が訪問したこの時期、ピンマナ周辺が、外国人立ち入り禁止区域となったことから、ピンマナ サトウキビ研究センターも訪問することができなかった(その前を車で通過したのみ)。幸い、サトウキビ公社の幹部で企画、研究部門の責任者、San
Thein氏のはからいで、ピンマナ サトウキビ研究センターの研究者数名が「Nyaung Bin Tha 試験農場」(写真3、4)まで出向いてきて、サトウキビ研究センターの概要について説明してくれた。
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写真3 Nyaung Bin Tha試験農場の建物
Yedasheの南、50kmほどの幹線道路沿いにあるMSEの試験
農場 |
写真4 Nyaung Bin Tha試験農場の圃場
この地域に適合する品種育成のために選抜試験、栽培試験
を行っている。 |
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写真5 Kinpongtaung 試験農場の見本園に
植えられた新品種候補
試験農場はタウンインジーの南西約15kmにあり、同地域向
けの品種の選抜、栽培試験を実施している。 |
写真6 Aung Lan近郊のサトウキビ種苗増
殖圃場にて
ミャンマーでは牛を使っての農作業は一般的である。 |
ピンマナ サトウキビ研究センターの歴史は非常に古く、その前身であるピンマナ実験農場(サトウキビの品種研究を主に行っていた)は1925年に設立された。その後、めざましい活動はなく、現在は研究の基盤作り、およびレベルアップを図っているところかと見受けられた。研究スタッフは総勢35名である。うち、修士課程を出た研究者が6名で残りは大学卒、現在のところ博士号をもつ研究者はいない。研究分野としては、育種、バイオテクノロジー、栽培生理、作物保護、土壌肥料、灌漑排水、農業機械などで、それぞれ数名の研究スタッフが担当しており、研究者の数としては育種分野が最も多い。サトウキビ研究所は本場だけでなく3個所の選抜試験地をもっており、今回はそのうちの二つ、「Nyaung Bin
Tha試験農場」、「Kinpongtaung試験農場」を訪問した。これらの試験農場では、それぞれの地域に適合した品種の選抜試験、栽培試験などを行っている(写真5、 6)。
サトウキビ研究所が本格的に交配育種を開始したのはつい最近、1996年である。交配した実生種子から選抜を始め、約10年後に品種を出すという育種の基本的な流れは日本と同じである。ミャンマーでは交配は10月〜12月(サトウキビの開花期)にかけて行われる。交配を開始した1996年には60組合せの交配を実施し、4,500の実生個体を得ている。ここ数年はおおよそ200組合せの交配を行っているが、年によって得られる実生個体数のばらつきが大きく(発芽率が低い)、交配がまた安定していない状況がうかがわれる(表7)。今年、この1996年交配シリーズから選抜した4系統(PMA96−9、PMA96−26、 PMA96−48、PMA96−56)を新品種候補として出している。今後の課題として、(1)発芽率の向上、(2)交配父母本として用いる育種素材の数を増やし変異の幅を拡大させること、(3)開花時期のコントロール、(4)選抜試験地をすべてのサトウキビ栽培地帯をカバーできるように配置すること、(5)育種スタッフのレベルアップなどをあげていた。
現在、ミャンマーでは、海外からの導入品種が多く、VMC74/527、Phil−72/28(フィリッピン)、Co−795(インド)、K−88/92、Uthong−1(タイ)、中国からの導入品種なども作付けされている。本格的な交配育種が始まって間もないこともあり、育種事業においては海外からの導入育種が現在でも大きな位置を占めている。自前の交配育種を強化し、地域に適合した国産優良品種の育成と普及を進めることが緊急の課題である。
ミャンマーはサトウキビ栽培、砂糖の生産を近年、急速に伸ばしてきたが、ここに来て2000年以降は足踏み状態が続いているようにみえる。サトウキビ公社関係者からも、「原料が足りない、農家がほかの商品作物の栽培に走り、必要なサトウキビ作付け面積が確保できない」という話しをよく聞いた。
しかし、技術的な視点からみれば、現在の低単収を引き上げ、生産量を増大させることはさほど困難とは思えない。現在、サトウキビ公社が取り組んでいる増産対策がうまく進むことが前提ではあるが、今後、さらに生産量を伸ばすことが可能な、糖業にとっては将来性の高い国であると思われた。
San Thein氏をはじめ、サトウキビ公社、研究所のスタッフは海外と研究協力関係を作ることに非常に熱心であった。特に育種、バイテク分野での協力と技術指導が必要だと考えており、日本の試験研究機関との協力関係構築について、筆者も要請を受けた。ミャンマーは入国ビザの取得が容易でないことなど、研究協力の実施にあたっては障害も多いが、まず、遺伝資源(ミャンマーにも多くのサトウキビ野生種が自生している)、品種の交換など、実現が容易なことから研究協力を進めていきたいと考えている。
表7 サトウキビ研究センターでの交配実施状況
ミャンマーサトウキビ公社の資料より抜粋。
引用文献
1.Myanmar Agriculture in Brief 2005, Ministry of Agriculture and Irrigation,
Union of Myanmar,
2005.
2.地球の歩き方「ミャンマー(ビルマ)」、ダイヤモンド社、2004.