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琉球弧で「砂糖+ワン」生産を行う理由〜伊江島における砂糖・エタノール複合生産実証試験、もう一つの意味〜

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最終更新日:2010年3月6日


はじめに

 鹿児島・沖縄の島々、琉球弧と南・北大東島(以下「琉球弧」という。)ではさとうきび生産が農業・地域経済の中心である。同地域には土壌肥沃度や保水力の低いほ場が多く、台風・干ばつの発生も多い。年間降雨量は2000mm内外で多いが夏には厳しい干ばつが頻発する。

 2001/2002年期、沖縄県下主要地域の10a当たり茎収量は、夏植で平均6.6t{9.0t(沖縄本島南部)〜4.2t(伊平屋島)}、春植は4.2t{5.9t(沖縄本島南部)〜2.2t(与那国島)}、株出しは4.5t{6.7t(沖縄本島南部)〜1.8t(多良間島)}といずれの作型でも少ない。

 さとうきびは高温多雨条件に適し、熱帯・亜熱帯の大陸・島しょで栽培され、年間茎収量は、少ない地域で4〜5t/10a、多い地域では15t/10aを超える。茎重量当たりのショ糖含有率は12〜16%程度である。ブラジル、サンパウロ州やコロンビア、カウカ渓谷のように比較的自然環境に恵まれた地域もあるが、パキスタン、シンド州、南アフリカ共和国北部やその周辺国のように、少雨等の厳しい環境条件下にあるところも多い。年間雨量が700〜1000mm程度の地域では灌水によって多収を実現することが多い。

 さとうきびの生産技術は、高価な世界商品としての砂糖の商品特性を背景に、砂糖の効率的抽出を開発理念として発展した。莫大な利益を約束する世界商品=砂糖の原料であるさとうきびの技術が、砂糖含有率の高いさとうきびを、物資および低賃金労働の多量投入によって生産することに向かったのは必然である。現在も、技術開発の方向は高糖性品種を用いた物質・労力の多投入による多収生産であり、日本も例外ではない。しかし、人口増加と農地減少の同時進行は他の食料作物への農地提供の必要性を高め、優良農地をさとうきびが占めることを不可能にしたし、世界的な生活水準・権利意識の向上は低賃金労働力の多量投入を許さなくなった。水は世界的に貴重品であり、さとうきびの生育をふんだんな灌水によって維持することも合理的とは言い得なくなった。さとうきび生産を取り巻く世界史的環境は大きく変化したといえる。

 さとうきびの土地生産性は世界的に停滞し、日本ではむしろ低下している。そのことは、従来型砂糖生産の限界を示すものであり、さとうきびの生産と利用のあり方が、近い将来、大きな変化に向かう必然を示唆するものである。本稿における、砂糖プラスエタノールのような、「砂糖+ワン」生産のためのさとうきび開発は、自然環境への適応性と加工技術の改良を通して作物の生産力を向上させようという意思であり、世界的な環境保全、食料・エネルギー需給の逼迫した情況の緩和に、琉球弧での実践を通して貢献しようとする育種的試みである。

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1.琉球弧における製糖用さとうきびの持続的生産技術開発

 さとうきびの持続的生産の要点は、省力・低コストで環境保全的な栽培法と他産業との調和を維持した上での収量の向上である。琉球弧では、夏の干ばつ、台風と株再生には低すぎる収穫期の気温が収量向上の制限要因である。これまでは濃密な肥培管理で不利条件を克服してきたが、近年では高齢化、省力化等からその実施が困難になり、収量低下と収穫面積減少を同時に招いている。これらの問題を克服する鍵は、少雨、低温や低肥沃度土壌への適応性の向上を基礎とする省力的栽培における生産安定の実現である。生産安定の要点は台風・干ばつへの抵抗性向上と株出し栽培の生産性向上である。

第1表 石垣島、沖縄本島南部、種子島における秋収穫用有望系統の収穫調査成績
収穫は10月初頭。植付は9月又は10月。NiF8は普及品種、他は秋収穫用有望系統。

1)琉球弧の気象特性に調和した夏植型1年栽培技術の開発
 春植さとうきびは、温度上昇に沿って生育が進み、生育が停滞する低温期(冬)に登熟期を迎える。生育停滞期と収穫期を重ねる合理的な作型であるが、生育旺盛期に干ばつ・台風に出会いやすく被害を受けやすいこと、さらに、収穫期が低温期のため、低温の影響で収穫後の株再生が悪く、株出し栽培の収量、株出しの継続回数が少ないのが欠点である。夏植は出芽が良く、台風や干ばつに比較的強いことが知られるが、在ほ期間が長くほ場の利用効率が低いこと、茎の倒伏で収穫が難渋すること、株再生が悪いという弱点がある。
 筆者らは、夏植と春植の長所を生かした栽培法として、夏〜秋に植えておよそ1年後の秋に収穫する作型=夏植型1年栽培法の開発に取り組み、秋収穫でも実用的糖度に達する品種の育成を試みている(杉本2004)。第1表に石垣島、沖縄本島南部、種子島の10月収穫における秋収穫用さとうきび品種の収穫調査の結果を示す。石垣島や沖縄本島で甘しゃ糖度が13.1%(基準糖度)に達し、種子島でもそれに近い成績を示している。
 この技術は、秋収穫で株出し多収生産の基盤を確立すること、冬・春収穫と組み合わせて収穫期間を長期化し、収穫作業を分散して労働強度を下げること、花き・園芸作・畜産との連携を強化して収益性を改善すること、さらにハーベスタの小型化で可能になる畦幅縮小・原料茎数増加によって多収を得ること等を目的としている。それを、多段階利用による高付加価値物品等の周年生産に発展させることを提案している。

2)既存品種が少収な条件下でも多収性を発現する製糖用品種の育成
 日本の育成品種は高糖だが、低温下での株再生力が不十分なため、株出し収量や継続回数が少ない。そこで、優れた初期生育、収穫後の萌芽性に着目して選抜を進め、Ni16(沖縄県北部地域向け)、NiTn18(種子島向け)、NiTn19(沖縄県八重山地域・北部地域向け)、NiTn20(沖縄県八重山地域・沖縄本島中南部地域向け)等の株出し多収性品種を育成した。いずれも普及品種の収量が少ないほ場でも比較的多収で、新植、株出しともに可製糖量が多いのが特徴である(杉本ら2004)。第2表にNi16、NiTn18、NiTn19の主要な地域における成績を示した。地域ごとに適応性の高い複数の品種を組み合わせて普及するのが有効であろう。

第2表 石垣島、沖縄本島南部、種子島における製糖用品種の収穫調査成績
解析に用いた試験成績;各系統の奨励品種決定試験で系統によりサンプルの数は異なる。
*:平均値はNiTn18の方が少ないが対標比の平均値は多い。NiF8より可製糖量が多い地域が多いことを
意味する。


2.不良環境への適応性向上に有効な、「砂糖」生産から「砂糖+ワン」生産への移行

 琉球弧におけるさとうきびの持続的生産には少雨や低肥沃度土壌への飛躍的な適応性向上が必要なことを述べた。そのためには好適な環境を必要とするこれまでの高糖度さとうきび生産からの脱却が必要であるため、発達した工業技術の最大活用による作物の高度利用を前提に、砂糖含有率の高さより、人的・物的資源の低投入条件で発現される安定多収性を優先した品種開発を試みている(杉本2004)。以下に、不良環境に適応性の高い植物遺伝資源を用いた種属間交雑による多収性さとうきび開発の現状を述べる。


1)作物としてのさとうきびの特徴
 さとうきびはC4光合成をする熱帯・亜熱帯に適応性の高い作物である。養水分の供給があれば高温強日射条件下でも光合成が盛んである。要水量(1グラムの乾物を生産するために必要な水の重量)は主要作物中では最も低い。比較的大きな根系を具え、養水分の吸収機能も高いために、好適な条件下では一株が大きく生長する。また、収穫後には土壌中にある茎節部の腋芽が生育を始めて株が再生し(株出し)、好適条件下では10回以上の株出し栽培を継続することも珍しくない。また、光合成産物を茎内柔組織の液胞中にショ糖として貯蔵し、茎の生長や腋芽の展開は、貯蔵ショ糖を単糖に換え、エネルギー化することによって行う。
 写真1〜4にさとうきびの栽培起源種、その祖先種、野生種さらに近縁遺伝資源であるリピディウム属の植物を示した。栽培起源種Saccharum officinarumは高糖性付与の遺伝資源、祖先種S. robustumは多収性付与のため、野生種S. spontaneumは多様な環境への適応性向上の、リピディウム属植物は根系強化のための遺伝資源として利用される。
 その他に、西南日本各地に見られる、初夏に出穂し、生育旺盛で耐霜性や低温条件下での生育が優れるトキワススキMiscanthus floridulus、早熟性、株再生力、乾燥地適応性等を付与するための遺伝資源であるソルガム属植物Sorugham bicolor等がある。


写真1 栽培起源種

写真2 強勢な祖先種

写真3 水中の野生種

写真4 リピディウム属植物

 

2)台風・干ばつが頻発する不良な環境条件下でも安定した生産力を発現する「砂糖+ワン」生産のための高バイオマス量サトウキビの開発と利用
(1) 不良環境に適応性の高い多収性さとうきび(高バイオマス量サトウキビ)の作出
 幅の広い根系や深い根系、低温条件下での優れた生育特性を具える遺伝資源を交配に用いて製糖用さとうきびとの後代を作出し、優れた萌芽性・分げつ性・株張りの強さを優先して生育旺盛な系統を選抜し、深い根系や優れた分げつ性を具える株出し多収性系統を多数作出した(杉本2004)。いずれも株出しにおける物質生産力が高いのが特徴である。
 写真5は茎数が多い高バイオマス量サトウキビ系統、写真6は根系が深い高バイオマス量サトウキビ系統、写真7はその根系、写真8は株出し1回目の個体群、写真9は多回収穫後の高バイオマス量サトウキビ系統と製糖用品種の株再生を示す。

写真5 茎数の多い系統

写真6 深い根系を具える系統

写真7 高バイオマス量さとうきびの根系
最左が製糖用さとうきび、他が高バイオマス量サトウキビ
写真8 株出し1回目の高バイオマス
量サトウキビ
   

写真9 4回収穫後の萌芽状況
(左が高バイオマス量サトウキビ、右が製糖用さとうきび)


第1図 多回株出し栽培における種属間交雑系統の生産力(種子島)

注)KF92T−519は新品種候補系統、KF92−93はやや糖含率の低い極多収性品種、95GA−22、S8−5は
野生種との種間交雑で作出した高バイオマス系統。

棒グラフは各品種とも、左から、新植の乾物重、株1の乾物重、株2の乾物重、株3の乾物重、株4の乾物重、一番右は新植の乾物重から株4の乾物重まで5回収穫の平均値である。

新植:植え付け後1年間栽培後の乾物収量。
株1:新植収穫後の再生株を栽培する方法。
株2:株1収穫後の再生株を1年間栽培する方法
(株3、株4も同様)である。

すなわち、最初の植え付け後、年一度の収穫を繰り返して5年間に5回の収穫を実施した。S8−5の値は第2回株出しの値である

写真10 南大東島で活着以降は無灌水で栽培したさとうきびの地下部

(左から、交配素材2種、高バイオマス量サトウキビ、製糖用品種)


写真11 伊江島の株出し栽培における生育
(左が製糖用品種、右が高バイオマス量サトウキビ)

 第1図には種子島における高バイオマス量サトウキビ系統の生産力を示す。小試験区であるため絶対値としては過大に評価されているが、製糖用実用品種に対する有利性(多回株出し栽培における多収性の維持)が示されている。
 写真10にはそれらの系統を南大東島の干ばつ発生条件下で栽培したときの地下部、写真11には伊江島の株出し栽培における生育を示す。製糖用さとうきびより大きな根系と旺盛な生育を見ることができる。

(2) 高バイオマス量サトウキビの利用
 高バイオマス量サトウキビは、既存品種と比べてショ糖含有率が低く、繊維分および糖質・乾物生産力が高い。初期生育、株再生力、環境適応性が優れるために省力・低コスト栽培が進めやすく、収穫・操業期間を長期化することが比較的容易なことも特徴である。そこで、砂糖生産に加え副産物生産を付加すること、すなわち、梢頭部等は家畜飼料に、蔗汁からはショ糖、エタノールや各種アミノ酸、バイオプラスティック等々を、搾汁残さは製造に必要な熱源とするほか、木質原料、畜産資材として資源化することを構想した。

(1) 低生産力ほ場における粗飼料としてのさとうきびの開発
 畜産・草地関係研究者の支援を受け、種子島で高バイオマス量サトウキビ系統を用いた飼料用さとうきびの開発を進めている。初期生育、収穫後の萌芽力の高い系統を選抜して南西諸島の数カ所で生産力を評価し、種子島では飼料成分、サイレージ適性も評価した。飼料用に適すると判断して選抜した系統の中から、黒穂病に比較的強く、製糖用さとうきびとの共存に適すると思われる系統S5−33を選定し、「KRFo93−1」の系統名を付与して飼料用さとうきびの新品種候補とした。今後の機械開発を待つことになるが、収穫はケーンハーベスタ、精脱葉装置を活用し、製糖用サトウキビへの利用につなげて稼働率を高め、製糖原料収穫に際しての機械利用料金低下を図ることも狙いの一つである。(第3表、第4表)

第3表 生草の飼料成分(乾物中%)

注)1);収穫1回目、2回目、3回目の平均値±標準偏差。収穫時の仮茎長は、収穫1回目が190cm、2回目が268cm、3回目が202cm。稲わら、ローズグラス(1番草、出穂期、生草)は日本標準飼料成分表より引用。
NFEは可溶性無窒素物、NDFは中性デタージェント繊維、ADFは酸性デタージェント繊維。データは育成地でのデータ。
 

第4表 サイレージの発酵品質


注)2005年5月19日に植付け、同年9月月30日にコーンハーベスタで収穫、細断型ロールベーラでサイレージを調製した。約3ヶ月後の2006年12月27日に開封、サンプリングし品質を調査した。値は3反復の平均値。V−scoreの評価は80点以上;良、79〜60点;可、59点以下;不良。

 

第2図1回の結晶化で現状の砂糖生産量を確保するためのさとうきびの条件(小原ら2004)
(グラフ中の黒点は、品種または系統名)

 

第3図製造熱源をバガスで賄うことのできるさとうきびの条件(小原ら2004)
(グラフ中の黒点は、品種または系統名)


(2) 「砂糖+ワン」の生産に向けた高バイオマス量サトウキビの開発と利用技術開発の現状
 製糖の主要工程の順に、ほ場では梢頭部や枯葉、圧搾工程でバガス(搾汁残さ)、清澄化工程でフィルタケーキ、原料糖分離工程では糖みつが排出される。製造工程で必要な熱および電力はほぼ全量がバガスによって賄われる。海外では余剰の熱は売電されることも多い。清澄工程の沈殿物であるフィルタケーキは肥料として重宝される。糖みつは飲料・燃料アルコール、アミノ酸発酵原料となるほか、飼料の添加物にも用いられる。余剰バガスは生産量によって、製紙用パルプやボードの原料、家畜舎の敷料にも用いられる。
 現在、九州沖縄農業研究センターとアサヒビール株式会社は共同研究により、砂糖・エタノール複合生産の実用化に向けた技術=従来の砂糖生産量を維持しながらエタノールを生産しようとする技術・体系の開発を試みている。砂糖結晶化は1回にして回収した糖みつをエタノール原料として利用し、バガスの燃焼エネルギーで砂糖とエタノールの全製造エネルギーを賄うとする内容である。これまでに、1回結晶化で砂糖生産量(7t/ha)を生産できる単位収量・蔗糖含率を具え(第2図)、バガス燃焼で全エネルギーを供給できる繊維分(第3図)を具える系統、95GA−24、95GA−27を糖質複合産業用原料として選抜した。この方法では現状と同等の砂糖生産量を維持したまま、約3倍のエタノールを生産でき、バガス燃焼エネルギーで全エネルギーを供給できることが分かった(小原ら2005)。これにより食糧とエネルギーの同時生産の可能性が示唆されたため、沖縄県の伊江島で品種、利用加工技術、工場操業システムの総体を想定した実証試験を開始したところである。

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3.夏植え型1年栽培さとうきび、高バイオマス量サトウキビを用いた周年収穫・多段階利用の実現
 第1表に示されたように、石垣島や沖縄本島では、秋収穫用有望系統を用いることにより、10月から甘しゃ糖度13.1%(基準糖度)以上を得ることができる。糖度上昇が遅い種子島でもそれに準じた成績が得られている。高バイオマス量サトウキビを用いた砂糖・エタノール複合生産では目標とする可製糖率を9%程度以上としている(小原ら2005)。ラム酒、さとうきび酢等の製造に求められる糖度は製糖用品種に比べ低いことが知られている。秋収穫の場合、多くのさとうきびは冬収穫の場合より収量が向上する(杉本2004)。これらのことは、これまでの砂糖のみを対象とする生産ではなく、原料の状況に応じた多様な生産物を目的生産物とするとき、さとうきび加工場は、周年操業に近い運営が可能になることを意味する。

 さとうきびの単作ではなく、高収益作物や畜産との連携強化に基づく持続的生産体系を前提に、生産量は少ないが比較的自然環境に恵まれる島では、秋収穫用さとうきびの導入を基本に、高品質含みつ糖、その枝分かれ商品である液糖、粉糖、ラム酒、さとうきび酢等を基本に、茎皮ワックス、衣料用繊維等を対象とする総合利用が検討の対象となるはずである。粟国島で試みられているケーンセパレーションシステムは多段階利用の有効な方法であると思われ、北部離島等では適用の場が多いと考えられる。石垣島、宮古島、沖縄本島等、中程度以上の生産量を持つ地域や、北大東島、南大東島、久米島等自然環境が厳しく高糖性さとうきびの収量が少ない地域では、高バイオマス量サトウキビを用いた「砂糖+ワン」の生産が適していると考えられる。さらに、徳之島や種子島に代表される、生産量が多く、かつ生産環境が多様な島では、季節や、ほ場の属性より、前述の二つの方法を組み合わせた自在な生産体系を採用するのが効果的であろう。

 このような変革で、「砂糖+ワン」の周年製造が可能になり、砂糖生産量を維持しつつ、琉球弧全体の生産安定が実現する。伊江島で実施している九州沖縄農業研究センターの栽培試験は、このような総合的利用=生産安定の可能性を探ることをもう一つの目的としている。

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4.不良環境適応性を具える高バイオマス量サトウキビを用いた地力改良型作物生産技術

 気象や土壌条件に恵まれた地域ではこれまでのような高糖性さとうきび生産を継続することが可能である。しかし、琉球弧のように、偏った降雨分布と保水性の低いほ場の多い地域、アフリカ南部、パキスタンのシンド州、東北タイのように、年間雨量が1000mm内外と少ない地域では節水型栽培技術が必要である。そのような地域では有機物生産が少なく、土壌中に蓄積された有機物量も少ない(低肥沃度土壌)ことが多いはずである。高バイオマス量サトウキビ開発に際しては、そのような地域での利用を想定しつつ特性の集積を進めている。
 地力消耗の激しい熱帯・亜熱帯地域、とりわけ少雨地域や地力の低いほ場で持続的に作物生産を行うには、土壌表層への有機物・養水分の集積を通した地力の維持・改良が必要である。不良環境地域における糖質複合産業創出の最終的な目標は、経済行為を通したそのようなほ場の優良農地への回帰である。その鍵は地力改良型作物生産技術の開発、すなわち、高バイオマス量サトウキビの深い根系を用いた土壌深部からの養水分の吸い上げと生物的耕起、未利用部分を活用して行う畜産の廃棄物系有機質資源のほ場還元による土壌表層への養水分・有機物の集積である。それには、高バイオマス量サトウキビを利用した糖質複合生産の実現のほか、梢頭部の飼料化、その他未利用部分の飼料・敷料としての利用、糞尿・敷料の堆肥化とほ場還元システムの開発が必要である。
 作物の深い根系を利用した生物的深土破砕、それに加えた梢頭部等の飼料化・畜産廃棄物のほ場還元を基本とする地力改良、すなわち、地力改良型作物生産技術の開発により琉球弧の低生産力農地での安定多収作物生産と地力改良を実現し、世界各地に広がる不良農地における、産業活動を通した農地の改良に貢献したいと考えている。
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おわりに

 日本のさとうきび主産地である琉球弧の自然環境の厳しさを述べ、基幹作物であるさとうきびが収穫面積・単位収量の両面で減少している状況を示し、その克服には、労力・資材の多量投入ではなく、さとうきび自身が厳しい環境への適応性を獲得することが必要であると述べた。

 そして、第一の要点は気象条件に適合した栽培方法・作型の開発であり、暖かい時期にさとうきびの出芽・萌芽・初期生育期を合わせること、すなわち、夏植え型一年栽培がそれに当たることを述べ、それにより、株出し多収と気象災害への抵抗性を同時に獲得し得る可能性が高いことを示した。

 次に、台風・干ばつ等の厳しい気象条件に負けない逞しさをさとうきびに付与すること、すなわち、低温下での旺盛な出芽・萌芽・初期生育、旺盛な分げつ力、深い根系を獲得するための、野生種等との種・属間交雑による高バイオマス量サトウキビの開発と利用、「砂糖+ワン」生産の有用性と技術開発の進捗状況を述べた。また、高バイオマス量サトウキビの深い根系を活用した生物的深耕、未利用部分の飼料化・畜産系有機質資源のほ場還元による土壌表層への養分の蓄積、すなわち地力改良型作物生産のあり方を示した。さらに、夏植え型一年栽培の成果である秋収穫さとうきびと、高バイオマス量サトウキビの特徴の一つである短い生育期間とを活用して行う、周年収穫・周年稼働・多段階利用の道を示した。

 さとうきび・砂糖産業は地域のシステム、すなわち、多くの技術、社会的関係の総和、地域経営として成立しており、新しい技術の実践には克服を要する多くの事項がある。この小論で提案した技術は、いずれも栽培・利用の両面で現状の変革を求めるものである。早い実用化と円滑な推進にむけ、できるかぎり早い時期に、問題点の洗い出しと克服のための調整に向け、関係者間での検討を始めたいと考えている。
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引用文献

1.杉本明,栽培改善は進んだか?―サトウキビ技術開発の過去と未来―日作九支報,2004.5,70:184−190
2.杉本明・寺島義文・神門達也・宮城克浩・高江洲賢文・伊志嶺正人・大工政信・氏原邦博、福原誠司,普及品種の茎収量が少ない条件下でも多収性を発現する系統の評価のあり方―NiF8の茎収量が少ない条件下でも多収性を発現する系統の特徴―,日作九支報,2004.5,70:60−6290
3.杉本明,琉球弧・南北大東島地域における砂糖安定生産のためのサトウキビ栽培技術,砂糖類情報,2004.7,94:1−7
4.杉本明,砂糖・エタノール生産のための株出し多収性の開発―琉球弧における安定多収糖質作物生産―,ブレインテクノニュース,2004.5,103:32−35
5.小原聡、早野達宏、寺島義文、杉本明、氏原邦博、下ケ橋雅樹、迫田章義,エネルギー用サトウキビからの食糧共存型バイオマスエタノール生産,日本エネルギー学会誌,2005.11,84(11):923−928
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