ホーム > 砂糖 > 視点 > 社会 > 琉球弧で「砂糖+ワン」生産を行う理由〜伊江島における砂糖・エタノール複合生産実証試験、もう一つの意味〜
最終更新日:2010年3月6日
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター |
研究管理監 杉本 明 | |
バイオマス・資源作物開発チーム |
研究員 寺島 義文 |
はじめに |
1.琉球弧における製糖用さとうきびの持続的生産技術開発 |
2.不良環境への適応性向上に有効な、「砂糖」生産から「砂糖+ワン」生産への移行 |
3.夏植え型1年栽培さとうきび、高バイオマス量サトウキビを用いた周年収穫・多段階利用の実現 |
4.不良環境適応性を具える高バイオマス量サトウキビを用いた地力改良型作物生産技術 |
おわりに |
引用文献 |
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第1表 石垣島、沖縄本島南部、種子島における秋収穫用有望系統の収穫調査成績 |
収穫は10月初頭。植付は9月又は10月。NiF8は普及品種、他は秋収穫用有望系統。 |
第2表 石垣島、沖縄本島南部、種子島における製糖用品種の収穫調査成績 |
解析に用いた試験成績;各系統の奨励品種決定試験で系統によりサンプルの数は異なる。 *:平均値はNiTn18の方が少ないが対標比の平均値は多い。NiF8より可製糖量が多い地域が多いことを 意味する。 |
琉球弧におけるさとうきびの持続的生産には少雨や低肥沃度土壌への飛躍的な適応性向上が必要なことを述べた。そのためには好適な環境を必要とするこれまでの高糖度さとうきび生産からの脱却が必要であるため、発達した工業技術の最大活用による作物の高度利用を前提に、砂糖含有率の高さより、人的・物的資源の低投入条件で発現される安定多収性を優先した品種開発を試みている(杉本2004)。以下に、不良環境に適応性の高い植物遺伝資源を用いた種属間交雑による多収性さとうきび開発の現状を述べる。
1)作物としてのさとうきびの特徴
さとうきびはC4光合成をする熱帯・亜熱帯に適応性の高い作物である。養水分の供給があれば高温強日射条件下でも光合成が盛んである。要水量(1グラムの乾物を生産するために必要な水の重量)は主要作物中では最も低い。比較的大きな根系を具え、養水分の吸収機能も高いために、好適な条件下では一株が大きく生長する。また、収穫後には土壌中にある茎節部の腋芽が生育を始めて株が再生し(株出し)、好適条件下では10回以上の株出し栽培を継続することも珍しくない。また、光合成産物を茎内柔組織の液胞中にショ糖として貯蔵し、茎の生長や腋芽の展開は、貯蔵ショ糖を単糖に換え、エネルギー化することによって行う。
写真1〜4にさとうきびの栽培起源種、その祖先種、野生種さらに近縁遺伝資源であるリピディウム属の植物を示した。栽培起源種Saccharum
officinarumは高糖性付与の遺伝資源、祖先種S. robustumは多収性付与のため、野生種S. spontaneumは多様な環境への適応性向上の、リピディウム属植物は根系強化のための遺伝資源として利用される。
その他に、西南日本各地に見られる、初夏に出穂し、生育旺盛で耐霜性や低温条件下での生育が優れるトキワススキMiscanthus floridulus、早熟性、株再生力、乾燥地適応性等を付与するための遺伝資源であるソルガム属植物Sorugham
bicolor等がある。
写真1 栽培起源種 |
写真2 強勢な祖先種 |
写真3 水中の野生種 |
写真4 リピディウム属植物 |
2)台風・干ばつが頻発する不良な環境条件下でも安定した生産力を発現する「砂糖+ワン」生産のための高バイオマス量サトウキビの開発と利用
(1) 不良環境に適応性の高い多収性さとうきび(高バイオマス量サトウキビ)の作出
幅の広い根系や深い根系、低温条件下での優れた生育特性を具える遺伝資源を交配に用いて製糖用さとうきびとの後代を作出し、優れた萌芽性・分げつ性・株張りの強さを優先して生育旺盛な系統を選抜し、深い根系や優れた分げつ性を具える株出し多収性系統を多数作出した(杉本2004)。いずれも株出しにおける物質生産力が高いのが特徴である。
写真5は茎数が多い高バイオマス量サトウキビ系統、写真6は根系が深い高バイオマス量サトウキビ系統、写真7はその根系、写真8は株出し1回目の個体群、写真9は多回収穫後の高バイオマス量サトウキビ系統と製糖用品種の株再生を示す。
写真5 茎数の多い系統 |
写真6 深い根系を具える系統 |
写真7 高バイオマス量さとうきびの根系 最左が製糖用さとうきび、他が高バイオマス量サトウキビ |
写真8 株出し1回目の高バイオマス 量サトウキビ |
写真9 4回収穫後の萌芽状況 |
第1図 多回株出し栽培における種属間交雑系統の生産力(種子島) |
注)KF92T−519は新品種候補系統、KF92−93はやや糖含率の低い極多収性品種、95GA−22、S8−5は 野生種との種間交雑で作出した高バイオマス系統。 棒グラフは各品種とも、左から、新植の乾物重、株1の乾物重、株2の乾物重、株3の乾物重、株4の乾物重、一番右は新植の乾物重から株4の乾物重まで5回収穫の平均値である。 新植:植え付け後1年間栽培後の乾物収量。 株1:新植収穫後の再生株を栽培する方法。 株2:株1収穫後の再生株を1年間栽培する方法 (株3、株4も同様)である。 すなわち、最初の植え付け後、年一度の収穫を繰り返して5年間に5回の収穫を実施した。S8−5の値は第2回株出しの値である |
写真10 南大東島で活着以降は無灌水で栽培したさとうきびの地下部 |
(左から、交配素材2種、高バイオマス量サトウキビ、製糖用品種) |
写真11 伊江島の株出し栽培における生育 |
第1図には種子島における高バイオマス量サトウキビ系統の生産力を示す。小試験区であるため絶対値としては過大に評価されているが、製糖用実用品種に対する有利性(多回株出し栽培における多収性の維持)が示されている。
写真10にはそれらの系統を南大東島の干ばつ発生条件下で栽培したときの地下部、写真11には伊江島の株出し栽培における生育を示す。製糖用さとうきびより大きな根系と旺盛な生育を見ることができる。
(2) 高バイオマス量サトウキビの利用
高バイオマス量サトウキビは、既存品種と比べてショ糖含有率が低く、繊維分および糖質・乾物生産力が高い。初期生育、株再生力、環境適応性が優れるために省力・低コスト栽培が進めやすく、収穫・操業期間を長期化することが比較的容易なことも特徴である。そこで、砂糖生産に加え副産物生産を付加すること、すなわち、梢頭部等は家畜飼料に、蔗汁からはショ糖、エタノールや各種アミノ酸、バイオプラスティック等々を、搾汁残さは製造に必要な熱源とするほか、木質原料、畜産資材として資源化することを構想した。
(1) 低生産力ほ場における粗飼料としてのさとうきびの開発
畜産・草地関係研究者の支援を受け、種子島で高バイオマス量サトウキビ系統を用いた飼料用さとうきびの開発を進めている。初期生育、収穫後の萌芽力の高い系統を選抜して南西諸島の数カ所で生産力を評価し、種子島では飼料成分、サイレージ適性も評価した。飼料用に適すると判断して選抜した系統の中から、黒穂病に比較的強く、製糖用さとうきびとの共存に適すると思われる系統S5−33を選定し、「KRFo93−1」の系統名を付与して飼料用さとうきびの新品種候補とした。今後の機械開発を待つことになるが、収穫はケーンハーベスタ、精脱葉装置を活用し、製糖用サトウキビへの利用につなげて稼働率を高め、製糖原料収穫に際しての機械利用料金低下を図ることも狙いの一つである。(第3表、第4表)
第3表 生草の飼料成分(乾物中%) |
注)1);収穫1回目、2回目、3回目の平均値±標準偏差。収穫時の仮茎長は、収穫1回目が190cm、2回目が268cm、3回目が202cm。稲わら、ローズグラス(1番草、出穂期、生草)は日本標準飼料成分表より引用。 NFEは可溶性無窒素物、NDFは中性デタージェント繊維、ADFは酸性デタージェント繊維。データは育成地でのデータ。 |
第4表 サイレージの発酵品質 |
注)2005年5月19日に植付け、同年9月月30日にコーンハーベスタで収穫、細断型ロールベーラでサイレージを調製した。約3ヶ月後の2006年12月27日に開封、サンプリングし品質を調査した。値は3反復の平均値。V−scoreの評価は80点以上;良、79〜60点;可、59点以下;不良。 |
第2図1回の結晶化で現状の砂糖生産量を確保するためのさとうきびの条件(小原ら2004) |
第3図製造熱源をバガスで賄うことのできるさとうきびの条件(小原ら2004) |
(2) 「砂糖+ワン」の生産に向けた高バイオマス量サトウキビの開発と利用技術開発の現状
製糖の主要工程の順に、ほ場では梢頭部や枯葉、圧搾工程でバガス(搾汁残さ)、清澄化工程でフィルタケーキ、原料糖分離工程では糖みつが排出される。製造工程で必要な熱および電力はほぼ全量がバガスによって賄われる。海外では余剰の熱は売電されることも多い。清澄工程の沈殿物であるフィルタケーキは肥料として重宝される。糖みつは飲料・燃料アルコール、アミノ酸発酵原料となるほか、飼料の添加物にも用いられる。余剰バガスは生産量によって、製紙用パルプやボードの原料、家畜舎の敷料にも用いられる。
現在、九州沖縄農業研究センターとアサヒビール株式会社は共同研究により、砂糖・エタノール複合生産の実用化に向けた技術=従来の砂糖生産量を維持しながらエタノールを生産しようとする技術・体系の開発を試みている。砂糖結晶化は1回にして回収した糖みつをエタノール原料として利用し、バガスの燃焼エネルギーで砂糖とエタノールの全製造エネルギーを賄うとする内容である。これまでに、1回結晶化で砂糖生産量(7t/ha)を生産できる単位収量・蔗糖含率を具え(第2図)、バガス燃焼で全エネルギーを供給できる繊維分(第3図)を具える系統、95GA−24、95GA−27を糖質複合産業用原料として選抜した。この方法では現状と同等の砂糖生産量を維持したまま、約3倍のエタノールを生産でき、バガス燃焼エネルギーで全エネルギーを供給できることが分かった(小原ら2005)。これにより食糧とエネルギーの同時生産の可能性が示唆されたため、沖縄県の伊江島で品種、利用加工技術、工場操業システムの総体を想定した実証試験を開始したところである。
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