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タイの糖業とさとうきび研究の現状について

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最終更新日:2010年3月6日

砂糖類ホームページ/国内情報

今月の視点
[2006年9月]

【調査・報告〔生産/利用技術〕】

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
  九州沖縄農業研究センター バイオマス・資源作物開発チーム 境垣内岳雄
  近畿中国四国農業研究センター 広域農業水系保全研究チーム 石川 葉子
  九州沖縄農業研究センター バイオマス・資源作物開発チーム 松岡  誠
  畜産草地研究所 飼料作環境研究チーム           安藤象太郎
独立行政法人国際農林水産業研究センター 生産環境領域     松本 成夫

はじめに
ミトプーキオ・ケーンコンプレックス(Mitr Phu Kieo Cane Complex)の概要
ミトポンサトウキビ研究所
篤農家のSuparp Eauvongkul博士の土壌改良の取り組み
最後に
参考文献

はじめに

 2006年5月23日から26日までの4日間にわたり、タイ東北部のコンケン(図1)のソフィテルホテルで、国際甘蔗糖技術者会議(ISSCT :International Society of Sugar Cane Technologists)の栽培分野ワークショップが開催された。当ワークショップの議題である各国のさとうきび栽培管理技術については、砂糖類情報2006年8月号で紹介した。

図1 ミトポン・シュガーの製糖工場の分布


 本ワークショップのエクスカーション(現地視察)では、ミトプーキオ・ケーンコンプレックス(Mitr Phu Kieo Cane Complex)、ミトポンサトウキビ研究所(Mitr Phol Sugarcane Research Center)および篤農家のSuparp Eauvongkul博士のほ場を訪問する機会を得た。
 本稿では、エクスカーションを通じて知ることができたタイの糖業とさとうきび研究の現状について紹介したい。

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ミトプーキオ・ケーンコンプレックス(Mitr Phu Kieo Cane Complex)の概要

 タイの最大手の製糖会社であるミトポン・シュガー(Mitr Phol Sugar Co. Ltd.)は、現在、タイ中部ではスパンブリ、シンブリ、タイ東北部ではコンケン、カラシン、チャイヤプームに製糖工場を保有している(図1)。そのうち、スパンブリとチャイヤプームでは、製糖工場のみで運営するのではなく、製糖工場に他の工場を隣接させ、さとうきびを多用途、多段階に利用するケーンコンプレックスとして運営している。私たちが訪問したチャイヤプームのミトプーキオ・ケーンコンプレックスは、ミトポン・シュガー最大のケーンコンプレックスで、砂糖の他、パーティクルボード、バイオエネルギーを生産している。以下は、ミトプーキオ・ケーンコンプレックスの各工場の概要である。

1.製糖工場
 1983年に設立されて以来、生産ラインの拡大、強化を重ね、現在では一日の操業能力が25,000トンの東南アジア有数の製糖工場となっている。日本の製糖工場は操業能力の大きいものでも一日で2,100トンであり、その10倍以上の規模である。
製糖工場では、粗糖(Raw Sugar)、白砂糖(White Sugar)、精製糖(Refined Sugar)など様々な砂糖を生産、出荷している(写真1)。

写真1.製糖工場から出荷される砂糖

また、工場は品質管理の国際規格であるISO 9001:2000、環境管理・保全の国際規格であるISO 14001:1996などを取得し、社会に対する説明責任を果たしながら企業活動の向上に努めている。

2.パーティクルボード製造工場
 パーティクルボードとは、木材等を細かく切り砕いた小片に接着剤を混合し、板状に熱圧成形したものである。材質が均一になっており、方向性がないため反りや割れの心配がないという利点があり、廃材利用としても注目されている。
 パーティクルボード製造工場では、製糖工場から得られるバガス(写真2)を原材料として利用し、1990年からパーティクルボード製造を行っており、現在では、年間100,000m3の高品質のパーティクルボードを生産している。今後さらに、パーティクルボードにラミネート加工を施すなど付加価値を高めた製品の販売強化を計画している。

写真2 山積みされたパーティクルボード原料のバガス(白い壁の向こう)


3.バイオエネルギー発電所
 バイオエネルギー発電所(写真3)では、バガスを主とし、他にさとうきびの葉、干し草、稲のもみ殻などの農業残さを燃料としたバイオマス発電を周年的に行っている。

写真3 バイオエネルギー発電所

 2002年から電力の生産を開始し、その電力は製糖工場の稼働に利用されるだけでなく、電力会社に売却しており、バガスは商品価値の高い副産物となっている。
 なお、日本でも、バガスの燃焼による電力は、製糖工場の稼働に利用されているが、周年的にバイオマス発電を行っている例は見当たらない。

4.バイオエタノール製造工場
 ミトプーキオ・ケーンコンプレックスでは、さとうきびを利用したバイオエタノール生産工場を建設中であった。
 ミトポン・シュガーの狙いは、ガソリンをエタノールで代替することによる二酸化炭素の削減、石油輸入量の削減という環境、社会問題への貢献の他、蔗汁や糖みつの価格の向上、それに伴うさとうきび農家の収入向上といった経営改善にあるようであった。
 日本では、さとうきびを材料としたバイオエタノール導入の実証事業が、沖縄県の伊江島や宮古島で展開されている。著者らも参加している伊江島での実証事業では、従来種よりも収量が高く、株の再生力が旺盛である高バイオマス量サトウキビを利用することで、従来の砂糖生産量を維持しながら、余剰の糖分からエタノールも製造する、砂糖・エタノール複合生産の確立、事業化を目的としている。また、高バイオマス量サトウキビからはバガスも大量に得られる。砂糖やエタノール製造のための電力は、バガスの燃焼エネルギーで賄うことが可能であり、さらに余剰となるバガスの燃焼によって工場外への電力が供給される。
 現在、さとうきびを原料にしたバイオエタノールの生産はブラジルが中心であるが、今後は、タイやオーストラリアなどの砂糖の大量輸出国をはじめ、世界各国での激しい競争が予想される。
 以上のように、ミトプーキオ・ケーンコンプレックスでは、製糖工場にパーティクルボード製造工場、バイオエネルギー発電所、バイオエタノール製造工場を隣接させ、さとうきびのバイオマスを多用途、多段階に利用している。タイでは、今後ますます製糖工場のケーンコンプレックス化が進んでいくものと予想されるが、それに伴い原料となるさとうきびの生産量の増加、生産の安定化が強く求められる。そこで、ミトポン・シュガーでは、ミトポンサトウキビ研究所を設立し、さとうきび栽培の研究開発や技術普及を強力に推進し、さとうきびの生産量の増加、生産の安定化を目指している。

ミトポンサトウキビ研究所

 ミトプーキオ・ケーンコンプレックスの近郊に位置するミトポンサトウキビ研究所(写真4)は、1997年にタイ国内では初めての私立のさとうきび研究機関として設立された。その研究所の活動は、次の8部門に分かれている。

写真4 ミトポンサトウキビ研究所


1.育種部門
 育種部門は、高収量、高糖性、病害抵抗性をもつ新品種の育成を目的としている。
 研究所の設立から現在までの約10年間で、MPT(Mitr Phol Thailandの略記)の名前が付与された2品種(MPT1、MPT2)が育成されており、これら育成品種は既存の品種と比較して歩留まりが高い特性をもっている(写真5)。

写真5 さとうきび品種MPT2

 また、交配材料とするための遺伝資源の収集・保存もおこなっており、サトウキビ高貴種、サトウキビ野生種、ススキ属、エリアンサス属、これらの交雑系統など遺伝資源の保存点数は1000点以上に及び、遺伝資源の採取国は、タイをはじめ、フィジー、アメリカ、インドネシア、台湾、スリランカ、フィリピンなど多様であった。

2.組織培養部門
 組織培養部門は、育種部門で育成された品種(MPT品種)の種苗を無病化し、速やかな増殖体制に移行させることを目的としている。
 細胞分裂が活発な生長点は、ウイルス、糸状菌、細菌などに感染していないことが知られている。したがって、生長点を十分に小さく切り取り、無菌的に培養することによって無病化された種苗を作ることができる。無病化された種苗は、ほ場での増殖を経た後、農家のもとに届けられるシステムになっている。

3.栽培管理部門
 栽培管理部門は、収量増加とコスト削減を達成するために、施肥、雑草防除、灌水などの栽培管理を最適化することを目的としている。
 タイ東北部は砂質土壌で土壌有機物が不足しているため、有機物のほ場への還元が持続的な生産のために必要である。そこで、収穫時に出てくる梢頭部や葉などの残さを、効率的にほ場にすき込むためのアタッチメント(写真6)を開発し、省力的な有機物の還元に貢献している。

写真6 さとうきび残さをすき込むためのアタッチメント



4.植物保護部門
 植物保護部門は、病害、虫害によるさとうきびの生育阻害を軽減することを目的としている。
 病害の軽減としては、白葉病(white leaf disease)、黒穂病(smut)、赤腐病(red rot)などの重要病害に抵抗性をもつ品種や系統の同定(写真7)、ほ場レベルでの病害抑制方法の開発などを実施している。タイ東北部では、株出し栽培での白葉病(写真8)が最も深刻な病害であるが、白葉病の防除対策については有効な解決策が示されていないようであった。

写真7 さとうきび病害の展示風景


写真8 白葉病に侵されたさとうきび

 また、黒穂病抵抗性の検定も実施している。一般的には、黒穂病の病徴である鞭状物を形成した罹病個体の割合で、品種や系統の黒穂病抵抗性を判定するが、植物保護部門ではさらに、生長点付近の切片を作成して菌糸の侵入程度を確認したうえで、黒穂病抵抗性を判定している。これは鞭状物を形成しないが、生長点付近に菌糸が侵入しやすい系統を、育種プログラムから排除することが目的であると説明があった。
 一方、虫害の被害の軽減としては、重要害虫に抵抗性をもつ品種、系統の同定、生物的防除や総合的害虫管理(殺虫剤と生物的防除などの他の様々な防除法を組み合わせる方法)の開発などを実施している。生物的防除では、20,000haにおよぶ大面積に被害を与えた、さとうきびの茎を食害する害虫Chilo tumidicostalis(メイガ科の一種)の対策として、卵、幼虫、蛹に寄生する蜂の増殖、放飼を実施している。

5.土壌・植物分析部門
 土壌・植物分析部門では、ミトポン・シュガーのほ場や農家ほ場を適切に管理するための支援プログラムを実施している。特に、無料で農家ほ場の土壌診断を請け負い、土壌の管理方法を指導していたことが印象的であった。この背景には、さとうきび収量の向上だけでなく、ミトポン・シュガーと農家との関係を緊密にして、さとうきびの買い入れ先を確保する(他の製糖会社へさとうきびを出荷させない)といった企業戦略もあるのではないかと考えさせられた。

6.砂糖品質分析部門
 砂糖品質分析部門では、蔗汁、粗糖、糖みつなどに含まれる、ショ糖、還元糖、デキストラン、デンプン、灰分などの分析を実施している。
 タイのさとうきびの収穫方法には、梢頭部や葉を畑に残すグリーンケーン収穫と、収穫前に火を入れて葉を除去する火入れ収穫がある。火入れ収穫は、収穫作業の効率を高めるが、還元糖の割合が高くなることによる品質低下をもたらす。品質低下は、製糖会社およびさとうきび農家の収入低下に繋がっているため、火入れ収穫による還元糖の増加のメカニズムについての研究が実施されている。

7.技術普及部門
 技術普及部門の最も大きな目的は、適切な技術を効率的に農家やミトポン・シュガーの生産スタッフに普及することである。広域に技術を普及させるためには、モデルとする村を決め、その村のさとうきび生産量の増加、収入の増加を達成させることで、他の村の農家の生産意欲や学習意欲を駆り立てるという戦略がとられている。

8.情報技術部門
 砂糖はタイの主要な貿易品目であり、さとうきびの栽培面積を予測することが重要である。情報技術部門では40km2規模のパイロットプロジェクトの中で、衛生画像を利用してさとうきびの栽培面積をはじめとする土地利用の形態を、高精度、低コストで解析するシステムを開発した。このシステムは、さとうきびの栽培面積の予測だけでなく、さとうきび栽培に適したほ場の探索、収穫、輸送計画の策定などでも利用されている。
 上記の8つの研究部門それぞれの専門性を生かし、さとうきびの生産量の増加、生産の安定化を目指していた。ミトポンサトウキビ研究所は、設立から10年あまりであるが、ミトポン・シュガーの企業活動を非常に効率的なものにしていると感じられた。
 次に、ミトポン・シュガーと連携しながら、長年にわたりに土壌改良に取り組み、さとうきび栽培に成功した、篤農家のSuparp Eauvongkul博士の事例を紹介したい。

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篤農家のSuparp Eauvongkul博士の土壌改良の取り組み

 Suparp Eauvongkul博士は大学卒業後、タイ東北部のウドンタニ(Udon Thani)にある112haのさとうきびほ場を親から受け継いだが、当初は土壌有機物の少なさ、不安定な降雨などが原因で、収量が低く、収入は投資コストを下回る状況であった。博士は、有機物が少ない土壌を改善する必要があると考えて、バガスやフィルターケーキなどをミトポン・シュガーの製糖工場から購入し、ほ場への還元を始めた。また、マメ科作物の輪作による土壌改善も行った。数十年にわたる土壌改良の取り組みの結果、土壌が改善され、38t/haから63t/haの収量増加を実現している。
 実際に、博士のほ場では、バガスの投入や緑肥のすき込みの効果が現れており、他の農家のさとうきびほ場と比較すると生育が旺盛であった(写真9、10)。有機物の投入による土壌改善はもちろんのこと、有機物資材を有効に利用することで、価格の高い化学肥料の使用を減らし、収益を向上させたいと博士は述べていた。

写真9 バガスが投入されたほ場


写真10 生育旺盛なさとうきび


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最後に

  現在、石油価格の上昇や地球温暖化が問題となっており、さとうきびを原料としたバイオエタノール製造への期待が高まっている。ミトポン・シュガーでも、現在、バイオエタノール製造工場の建設を計画している。
 しかし、最大の砂糖輸出国のブラジルで、バイオエタノールの製造に多くのさとうきび原料が使用されるため、砂糖の国際価格が上昇している。これは、急激なさとうきびの多用途、多段階化に、さとうきびの生産が追いついていない証拠であろう。
 本稿で紹介した、ミトポンサトウキビ研究所やSuparp Eauvongkul博士の土壌改良の取り組みからも分かるように、さとうきびの生産量の増加、生産の安定化は容易に達成できるものではない。
 今回、タイで開催された国際甘蔗糖技術者会議の栽培分野の参加者の多くが、さとうきびの研究に従事している。私たちさとうきび研究者は、糖業の振興はもちろんのこと、今後はさとうきびの多用途、多段階利用に対応できるような、さとうきびの生産量の増加、生産の安定化を目指しながら、研究を実施する必要がある。

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参考文献

砂糖統計年鑑2005
ミトポンサトウキビ研究所(http://www.mitrphol.com/Eng-about-RD.htm



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