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WTO交渉中断と今後に向けて〜実質的輸出補助への対応〜

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最終更新日:2010年3月6日

 WTOのドーハ・ラウンド交渉が2006年7月に中断し、しばらくの間、交渉が「凍結」されるのではないかとの観測が主流であるが、米国の状況に変化が生じる可能性がないわけではないので、まだ予断は許さない。  今回、合意に失敗した大きな要因として、米国が農業の国内補助金の削減で譲歩しなかったことが挙げられている。ブラジルをはじめ各国が米国の農業補助金を厳しく攻撃したのは、それが実質的輸出補助金であることに根ざしている。それは国際市場における米国農産物の競争力を不当に高め、ブラジル等の他の輸出国に著しい損害を与えている。また、EUからみると、EUの輸出補助金の多くは全廃の対象になっているのに、米国は実質的輸出補助金を国内政策として維持できるというのでは納得できないのも確かである。しかし、実は、米国だけでなく、各国は隠れた輸出補助金をふんだんに使用している。輸出補助金の全廃に合意したといいながら、廃止対象になる補助金は「氷山の一角」であるといっても過言ではないのが実態だ。従って、そのような状態で、市場アクセスの議論だけを進めて、わが国が譲歩してしまったら、開放された輸入国市場に「隠れた」輸出補助金で歪曲された安価な農産物がなだれ込むという不公平な状況が生じかねない。「輸出補助金が野放しである以上関税削減は受け入れられない」というのは妥当な主張であり、今後とも、この姿勢を堅持すべきであろう。われわれは、この「隠れた」輸出補助金の実態をよく理解しておく必要がある。



米国の穀物等への国内補助金−法律論の限界

 図1に示したように、通常の(=全廃対象の)輸出補助金は、ある農産物を国内では100円/kgで100kg販売するが、輸出向けは安くして50円/kgで100kg販売する場合、輸出向けについても生産者に100円が入るように、差額の50円×100kg=5,000円(図1の矩形A)を、政府(納税者)が生産者または輸出業者に支払うものである。これによって、国内・輸出販売を併せた生産者の総収入は、100円×200kg=20,000円となる。
 これに対して、米国の穀物、大豆、綿花への支払いは、国内販売と輸出を問わず、生産者は50円で販売するが、国内販売も輸出も含めたすべてについて、100円との差額の50円が後から支払われるものと考えてよい。この50円×200kg=10,000円の支払いによって、やはり国内・輸出販売を併せた生産者の総収入は、100円×200kg=20,000円となる。つまり、図1のA+Bが支払われていることになり、これは通常の輸出補助金部分である矩形Aを明らかに含む、より広い面積であるから、Aの部分は当然輸出補助金に認定されるはずだと考えるが、法律論上はそうはならないのである。その理由は、「輸出に限定した支払い」ではないからである。輸出に限定した支払いとして制度上仕組まれているもののみが輸出補助金だというのがWTO規定上の定義なのである。このため、経済学的には(といわずとも常識的には)、明らかに輸出補助金部分を含んでいても、輸出補助金として全廃の対象にはならない。
 そればかりか、米国は、金額算定の基準となる作付面積を、形式的に、過去の値にすることによって、現在の生産にリンクしない補助金だとして、こうした直接支払いの大部分を当面の削減対象から外せると主張したのである。各国が批判を強めたのは当然である。
 ブラジルの提訴による綿花のWTOパネル(紛争処理委員会)では、米国の国内政策がブラジルに深刻な損害を与えたと認定し、それを是正しないとブラジルが対抗措置(相殺関税等により損害額と同額の米国からの輸入を排除する)を発動できることになった。これは綿花だけにとどまらず、米国の穀物等への国内政策に貿易歪曲性の視点からメスが入ったことを意味し、今後の展開が注目される。
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カナダの用途別乳価制度はクロ判定

 カナダの酪農への輸出補助金は、輸出向けの販売用途を特定して、国内販売より安い支払い乳価を設定するものである。図1でみると、通常の輸出補助金のような矩形Aの金額は支払われない。しかし、独占的な販売機関の存在を背景に、国内向け用途の価格を100円ではなく、150円までつり上げることによって、国内消費者から矩形Cの部分を受け取り、生産者には、国内販売と輸出の代金をプールして平均価格100円を支払うのである。広範囲でのプール価格制度がなくても、各生産者が販売枠(クオータ)を持ち、国内販売と輸出販売の両方を行っている場合には同様である。こうして、やはり国内・輸出販売を併せた生産者の総収入は、100円×200kg=20,000円となる。通常の輸出補助金のように矩形Aを政府(納税者)が負担する代わりに、それと同面積の矩形Cを消費者に負担してもらうこと(消費者への隠れた課税)によって、生産者の総収入は同様に確保される。同額の補助を納税者が負担するか消費者が負担するかの違いなので、カナダ酪農の輸出用途の特別乳価制度は、消費者負担型輸出補助金と呼べる。これは、輸出向けが特定されているため、WTOのパネル裁定で輸出補助金と認定された。
 これは、正常価格(通常は輸出国内の販売価格、それに代替するものとしては生産費用、A国とB国で販売している場合はその高い方の輸出価格)より低い輸出価格で輸出する「ダンピング輸出」と言い換えることもできる。つまり、このタイプの輸出補助金は、ダンピングを「隠れた」輸出補助金として整理したものといえる。
 このタイプには、カナダのような国内と輸出との価格差別のほかに、カナダと類似しているが、米国の乳製品のように国内と輸出との区分が制度的には行われていないタイプ、豪州やNZのような輸出市場間の価格差別のケースといったバリエーションが存在する。
カナダと類似していても米国の乳価制度はクロにならない
 米国の酪農には、飲用向けを高くし加工向けを低くする、カナダと類似の用途別乳価制度があるが、異なるのは、カナダは加工原料乳のうち輸出向け用途を特定しているが、米国ではそのような特定された輸出向け用途は設けられていない点である。このため、低く設定された加工向けのうち一部が輸出に回っているにもかかわらず、米国の穀物等への実質的輸出補助金と同様、輸出補助金には分類されないのである。

データ提出を拒否して抵抗する豪州

 カナダのような国内と輸出との価格差別でなく、豪州やNZのような輸出市場間の価格差別のケースは、図1で、「国内」と「輸出」を「外国1」と「外国2」と読み替えるとわかりやすい。例えば、日本で高く売り、中国で安く売るというのは、日本の消費者が輸出補助金を支払っていることになる。これも消費者負担型輸出補助金だが、豪州は、独占輸出機関である豪州小麦ボード(AWB)等のデータ提出を拒み、図1でいう矩形Cの部分の「輸出補助金相当額」(ESE)の計算を阻止しようとしている。世界で最も競争力があり、農業保護が少ないといわれる豪州でさえ、このような補助金を使っており、しかも、他の国々には保護削減を厳しく求める一方で、自らの補助金については、データの提供さえ拒否して抵抗しているのが実態である。
EUの砂糖
 EUの砂糖制度は、従来は、カナダの用途別乳価制度とほぼ同様のシステムであったため、パネルで輸出補助金と裁定された。その後、EUは、国内価格を引き上げるのではなく、その部分を直接支払いに置き換えつつある。つまり、図1でみると、販売価格は、国内も輸出も、米国のように50円に統一されるが、国内向けについては、財政からB+Cを補填するのである。これは、消費者負担ではないものの、やはり国内・輸出販売を併せた生産者の総収入は、100円×200kg=20,000円となり、CがAを埋め合わせる構造には変わりがない。

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今後の交渉に向けて−砂糖輸出の多くは実質的補助に支えられている

 すでに述べたように、WTOのパネル裁定で、カナダの生乳の用途別価格設定制度に続いてEUの砂糖制度も実質的輸出補助金に認定され、米国の農業政策の根幹をなす不足払い等が他の輸出国に深刻な損害を与えたことが認定されたことの意味は大きい。わが国としても、「隠れた」輸出補助金が輸出補助金として認定されるべきものであることを理論的に明確にし、かつそれを輸出補助金相当額として実証的に明示することによって、こうしたパネル裁定をWTO交渉本体の「あらゆる形態の」輸出補助金の定義に早急に反映させていく努力が不可欠であろう。カナダの用途別乳価設定制度が実質的輸出補助金に認定された以上、豪州・NZ型の小麦・乳製品等の輸出先別の価格差別も、米国の用途別乳価制度も対象とされるべきであるし、多くの砂糖輸出国にも類似の形態が疑われる(表1)。
 EUの砂糖制度が実質的輸出補助金に認定 されたことは、豪州やタイの砂糖制度における直接支払いも同等の制度として疑われる(表1)。米国の農業政策の根幹をなす不足払い等が他の輸出国に深刻な損害を与えたことが認定されたことは、当該制度が実質的輸出補助金であることを認めたことと同等である。こうしたパネル裁定の実績がWTO交渉における「あらゆる形態の」輸出補助金の範囲の特定に反映されない以上、市場アクセス(関税削減や低関税枠の拡大)の議論も進められないのである。

表1 白糖市場価格(米ドル/トン)

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