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てん菜直播栽培の優位性と課題〜生産費調査の結果から〜

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2007年1月]

【調査・報告〔生産/利用技術〕】
社団法人北海道地域農業研究所
専任研究員 須田 泰行

1.はじめに
2.調査の方法
3.生産費集計結果
4.家族労働力と直播栽培・移植栽培の収益性比較
5.直播栽培の優位性および普及の課題

1.はじめに

 北海道のてん菜作付面積は、昭和59年にピークの75,117haを記録した。昭和60年から作付指標面積を設定し計画生産に取り組んでおり、以降、てん菜作付面積は徐々に減少し、平成15年以降67,000ha台で推移し、平成18年は67,364haであった。
 てん菜の栽培方式は、昭和37年にペーパーポットによる移植栽培が実用化されるまでは直播栽培であったが、昭和37年以降は移植栽培が急速に普及し、昭和40年の移植栽培面積の割合は20.5%、昭和45年同75.1%、昭和50年同79.7%、昭和55年同91.8%となり、昭和60年以降は、おおむね95%前後で推移している。
 一方、てん菜作付面積における直播栽培の割合は平成6年まで減少が続き、平成6年のてん菜作付面積69,752haのうち直播面積は1,582ha、直播率2.3%であった。しかし、平成7年以降、直播は徐々に増加し、平成16年は3,295ha(4.8%)、平成17年は3,505ha(5.2%)、平成18年は4,053ha(6.0%)となっている(表1)。

表1  てん菜作付面積および直播面積の推移
(単位:ha、%)

 当研究所では、北海道てん菜協会の委託を受け、てん菜栽培におけるコスト低減対策、省力化対策の一環として、直播栽培の優れた点を検証することを目的として、てん菜栽培を直播のみで行っている農家を対象に、平成15年産および平成16年産てん菜について生産費調査を実施し、てん菜作付面積規模毎に直播栽培の単位あたり生産費の分析を行った。調査の実施にあたっては、志賀永一(北海道大学)、樋口昭則(帯広畜産大学)、仙北谷 康(同)、長澤真史(東京農業大学)、笹木 潤(同)、渡辺麻由子(同)の各氏および佐々木正幸(北海道地域農業研究所)、須田(同)で研究班を組織して調査・分析に取り組んだ。以下、調査結果の要点を報告したい。

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2.調査の方法

 調査対象農家は、畑作主要地帯の十勝、網走管内における、てん菜直播栽培農家15戸である。調査農家の経営形態は、畑作専業11戸、複合経営(畑作+野菜)2戸、混同経営(畑作+酪農)2戸である。
 比較対照となる移植生産費データは、農林水産省統計部公表のてんさい生産費データを使用することとした。なお、農林水産省統計部調査によるてん菜生産費データは、調査農家のてん菜面積のうちに、平成15年産で4.2%、平成16年産で4.7%の直播面積を含んでいるが、ほとんど移植であるので、これをてん菜移植生産費とみなして、比較対照とした。

3.生産費集計結果

 (1) 収量の比較
 生産費の比較を見る前に、収量について見ておきたい。調査の結果、10a当たり収量(根重)の比較では、直播(調査農家、以下同様)の収量は、平成15年産では5,478kg/10a、平成16年産では6,480kg/10aで、移植(統計値、以下同様)の収量(平成15年産6,070kg/10a、平成16年産6,784kg/10a)に比べ、平成15年産では90%、平成16年産では96%という水準であった(表2)。
 てん菜の作付け面積規模の大小による収量差については、直播、移植とも一定の傾向は認められなかった。

表2  てん菜作付け面積規模別の10a当たり収量
(単位:kg/10a、%)

(2) 全算入生産費の比較
 10a当たり全算入生産費(資本利子・地代全額算入生産費)は、直播では平成15年産69,474円、平成16年産75,235円で、移植(95,235円、95,143円)に比べ、平成15年産で73%、平成16年産で79%の水準であった。
 1トン当たりで見ると、直播では平成15年産12,721円、平成16年産11,668円で、移植(15,691円、14,025円)に比べ、平成15年産で81%、平成16年産で83%の水準であった(表3)。直播の収量が移植に比べやや低いことで、10a当たりの場合に比べて差が縮小している。

表3 資本利子・地代全額算入生産費 (全算入生産費)
 

 てん菜の作付け面積規模の大小による差については、移植では面積規模が大きいほど生産費が少ない傾向が認められるが、直播では一定の傾向は認められなかった。

(3) 物財費の比較
 費用は大きく物財費と労働費に分けられるが、まず、物財費合計について比較してみると、10a当たりでは直播は移植の85%(平成15年産)・93%(平成16年産)であった(表4)。

表4  10a当たりてん菜生産費と所得
(単位:円、%)
注)直播は調査農家15戸の全平均、移植は統計生産費の北海道平均。
注)純利益=粗収益−費用計
注)所 得=純利益+家族労働費+自己資本利子+自作地地代
     =粗収益−(物財費+雇用労働費+支払利子+支払地代)

 主な費目についてみると、種苗費では直播は移植の159%(平成15年産)・145%で(平成16年産)あった。肥料費は99%・99%、農業薬剤費は87%・95%、農機具費は68%・64%であった。
 種苗費については、直播栽培では、移植栽培におけるペーパーポット・育苗肥料などの資材は必要ないが、移植栽培よりも株立て本数をやや多くすることから、播種量もやや多くなること、さらに、間引きすることを前提として、標準の1.5倍〜2倍の播種量とする事例もあり、播種量が、移植栽培にくらべ調査農家平均で約1.6倍であったことが主な要因である。
 農機具費については、直播の場合は、育苗のための機械が必要ない点、および移植機よりも直播播種機の方が比較的安価であり、かつ他の作物との兼用が可能であることなどにより大農具償却費が移植より大幅に少ないこと、また農業機械等の装備が少なくて済むために修繕費も少なくて済んでいる。農機具費が物財費に占める割合は比較的高いので、直播で農機具費が少ないことは生産費を引き下げることに寄与している。

(4) 労働費および投下労働時間の比較
 労働費について比較してみると、10a当たりでは直播は移植の32%(平成15年産)・31%(平成16年産)であった(表4)。この差は投下労働時間の差による。
 投下労働時間合計について比較してみると、移植が10a当たり15.98時間(平成15年産)・16.17時間(平成16年産)であるのに対し、直播は5.43時間・5.13時間と大幅に少ない(表5)。
 投下労働時間の作業別内訳を見ると、春期の作業である播種・定植にかかる項目で大きく違うことがわかる。移植では、育苗・基肥・定植の合計が10a当たり7.48時間(平成15年産)・7.33時間(平成16年産)であるのに対し、直播ではこれらに相当する施肥・播種が0.26時間・0.28時間と大幅に少ない。間引きを加えても0.92時間・0.89時間である。

表5  10a当たり投下労働時間
(単位:時間/10a、%)
注)直播は調査農家15戸の全平均、移植は統計生産費の北海道平均。

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4.家族労働力と直播栽培・移植栽培の収益性比較 

 労働力の多少と、てん菜栽培方式のちがい(直播・移植)による経営総体の収益性比較について線形計画法(注)を用いたシミュレーションを行った。
 作物の設定は、てん菜(直播・移植)、ばれいしょ、秋まき小麦、小豆、菜豆、肉牛、飼料用とうもろこしの7品目の組み合わせとし、労働制約については1人1日当たり8時間働くとして、各旬の日数と人数を掛けたものを制約量とした。また、土地面積の大小による影響もみるため、土地面積の設定を徐々に変化させながら再計算を繰り返した。
 労働力2人の場合の結果を「図1−1」「図1−2」、労働力3人の場合の結果を「図2−1」「図2−2」に示した。図の形状は労働力の多少にかかわらず、いずれも良く似ている。
 労働力2人の場合は、経営耕地面積が約20haを超えると直播を選択した方が有利になる。計算の結果では直播の最大作付面積は8ha弱である。労働力3人の場合は、経営耕地面積が約30haを超えると直播を選択した方が有利になる。計算の結果では直播の最大作付面積は12ha弱である。図には示していないが、労働力1人の場合も、経営耕地面積が約10haを超えると直播の方が有利になり、直播の最大作付面積は4ha弱である。
 また、経営耕地面積が一定の面積を超えると移植ではてん菜の作付面積が減少していくのに対し、省力的な直播は経営耕地面積が大きくなるのに比例して作付面積が増加しており、経営可能な最大可能耕地面積も直播の方が大きい。
 これらの結果から、労働力の多少にかかわらず、経営耕地面積が小面積では移植を選択した方が有利であるが、大規模になると直播の有利性が表れると考えられる。

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5.直播栽培の優位性および普及の課題 

 上述のとおり、直播は移植にくらべて生産費が低く、特に、機械・建物に対する投資額も少なくて済む。また、投下労働力が少なくて済む、という点での優位性が確認された。
 また、直播は、家族労働力が少なくても対応が可能な栽培体系であるが、さらに、収穫作業など組作業が必要な場合は、近隣の経営主同士の共同作業で行うこと、あるいは、コントラクターの利用により、ワンマンオペレーション化(経営主1人ですべての農作業をこなせる作業体系)が可能であると考えられる。
 しかし、現状では、直播率が5%程度であるのは、表4に示したように、生産費では直播が優位であるが、所得では移植が優位であることが最大の要因である。農家が、直播を選択するには、所得面でも優位性があることが必要である。その為には、物財費・雇用労働費の低減もさることながら、直播の粗収益すなわち収量の向上・安定を図る技術の開発・普及が必須要件である。

(注)線形計画法
 土地や労働等の制約量を超えない範囲で、収益の合計値の最大化を達成する作物や家畜の組み合わせを求める数学的な方法である。1戸の畑作農家を考えると、その農家の土地面積と時期別の家族労働時間の範囲内で、その農家の収益を最大化する作物別の作付面積を求めることになる。

図1−1 労働力2人の計画
(経営耕地面積と比例的収益)
図1−2 労働力2人の計画
(経営耕地面積とてん菜面積)
   
図2−1 労働力3人の計画
(経営耕地面積と比例的収益)
図2−2 労働力3人の計画
(経営耕地面積とてん菜面積)


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