砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 視点 > 食と文化 > 砂糖の病院食における役割〜 入院患者の治療食内容 〜

砂糖の病院食における役割〜 入院患者の治療食内容 〜

印刷ページ

最終更新日:2010年3月24日

砂糖類ホームページ/国内情報

今月の視点
[2004年8月]

砂糖の病院食における役割
〜 入院患者の治療食内容 〜

須磨浦病院 栄養科長
松岡 良平


砂糖と食事療法の甘い関係   生活習慣が病気を作る?
病院で治療食を食べる 治療食の味
病院食の味付け 日本食の味
砂糖の調理特徴 これからの病院食


【砂糖と食事療法の甘い関係】
 なんともいわくありげな書きだしですね。実はこの表現は、“病気治療は薬だけが主役ではありませんよ”と言いたかったのです。それは、全身の栄養状態が良くないといくら高価な薬を飲んでも、効き目が十分期待できなかったり、また、外科処置(手術)は医療の中で、随分苦痛を伴うものが多いのですが、手術による傷の治りを早めたりするには術前、術後の栄養管理が十分でないといけません。
 ここでの栄養管理というのは、その患者さんに適した栄養素を食品により料理として調理し、数種類の料理品の組み合わせである献立によって摂取することをいいます。ですから食事として、おいしくないと食べるという行為が成立しないため、最終的には栄養素不足ということになります。それでは病院の食事を摂るとはいかなることか、少し見ていきましょう。
ページのトップへ

【生活習慣が病気を作る?】
 人が食事を摂るということは、生命現象を維持する上でとても大切なことです。ならば、なぜ人は食事を摂るという行為をするのでしょうか。たとえば、生きるため、お腹が空くから、付き合い、生活習慣の一つ、分からないけど本能で食べている。いろいろな理由がそこにはあると思います。
 いま、厚生労働省が日本人の生活習慣により発症するであろういくつかの病気を生活習慣病という概念により、以前の成人病という呼び名を改めました。このことは随分前から日本国民に対して啓蒙を行ってきたため、今では目新しいことではなくなってきました。しかし、自分の生活習慣を見直すことはたやすいことではなさそうです。なぜならば多くの生活習慣病が、増加の一途をたどっているのではないかということを臨床の片隅(栄養食事指導)で経験することがあるからです。
 以前の成人病栄養指導の対象者は高齢のいわゆる老人がほとんどでした。最近は他病院でも同様に管理栄養士が生活習慣病の栄養指導を医師より指示されるのは、比較的年齢の若い患者さんたちが増えてきています(絶対数は高齢者が多いのですが)。しかもその指導病名は一昔前の高齢者が医師より診断されていたものばかりです。年齢が若いのに成人病(生活習慣病)にかかっているのです。  生活習慣病は一つではありません、多くの病名がまとめられて表現されています。そして、それは全身の臓器、器官に対して支障を起こしてきます。生活習慣病の一例を表示しますと、高血圧、脳卒中、肥満、糖尿病、動脈硬化、高脂血症、虚血性心疾患、肝硬変、痛風、胃・十二指腸潰瘍、膵臓炎、胆石症、大腸癌、胃癌、食道癌、歯周病など、ありとあらゆる病気が生活習慣の不適切さにより発症してくることがいわれています。(表1)
表1 生活習慣病とは
食生活、運動、休養、飲酒、喫煙などの永年の生活習慣が素因となって引き起こされている病気。

心臓病、ガン、脳卒中、高血圧性疾患、腎臓病、糖尿病、高脂血症、胃及び十二指腸潰瘍、肝疾患、歯周病、虫歯、骨粗鬆症、貧血など
 さらにこれらの生活習慣病は、毎日の食生活により影響しているものが少なからずあるということです。食塩の摂り過ぎ、たんぱく質の不足、アルコールの飲み過ぎ、運動不足、飽和脂肪酸・コレステロールの多い食品の摂り過ぎ、甘い菓子・果糖の摂り過ぎ、プリン体の多い食品(肉、魚、豆)の摂り過ぎ、暴飲暴食、脂肪の摂り過ぎ、繊維の少ない食品の摂り過ぎ、熱い食物、刺激性食品の食べ過ぎなど数え上げればきりがないくらいです。(表2)
表2 生活習慣病の増加要因
表2
ページのトップへ

【病院で治療食を食べる】
 それでは、ここで病院食を喫食する経緯を見ていきましょう(一般的な場面を想定しています)。
 たとえば、ある人が心身に不調を訴えて外来診察を受けることになりました。そして、外来通院での治療が不可能と判断されると外来担当医師より入院加療をすすめられます。多くの患者さんはあきらめと、これから始まる新しい規制のかかった集団生活に少々の戸惑いを感じながら、入院手続きをはじめます。
 いよいよ入院生活の始まりです。入院担当の主治医から治療計画の説明を聞き、病棟看護師より療養についての説明を受けます。そして入院中の唯一の楽しみである食事内容(絶食入院の人は残念ながら食事はありません)の説明を管理栄養士より聞きます(多くの患者さんは入院前、自分が食べていた食事内容との違いに驚きを隠せません)。過去に病院の食事は、(1) まずい (2) 早い (3) 冷たいの三悪が大手を振っていました。
写真1
写真1 温冷配膳車
 今ではそれも少しずつ改善されて、(1) まずい:治療の妨げにならないのであれば個人嗜好を考慮した対応によりある程度の食事は提供できるようになりました。いわゆる個人対応食の登場です。(2) 早い:確かに午後4時頃に夕食を出していた病院が過去には存在していた事実はありました。しかし、現在では朝食から夕食までの間隔は少なくとも10時間は空けるようになり、現在の夕食配膳時間はほとんどの病院では18時以降になっています。(3) 冷たい:これも作り置きという調理担当者側の一方的な理由により、長く維持されていたものです。これは今では温冷配膳車という配膳機器を使用することで、冷たい料理はより冷たく、温かい料理はより温かく提供することができるようになりました。(写真1)
 ただ、自由に院内を歩くことが許可されている人の場合は、患者食堂での喫食を設備的に用意している病院も増えてきて、病室での食事ではなく、外食をしているような環境を提供してくれています。
 ドラマチックに表現すれば病院食は、20世紀の食事提供システムから21世紀の新食事提供システムへと変わりつつあるようです。
ページのトップへ

【治療食の味】
 病院の食事は、外食産業店の提供してくれている料理とは随分目的が異なります。外食における基本は、いかにお客さんを満足させるか、どうすればリピーターとして不特定多数の集客を維持できるかです。そこには病気治療というコンセプトは影を潜めています(でも自分の好きな食事を摂ることは精神的な満足感として至福の至りです)。
 医師、管理栄養士は食事療法の対象者に治療食としてできる限りバランスのよい、多品目の食品を摂取することをすすめます。しかしながら好きなものばかりを食べ続けるとどうしていけないのでしょうか。確かに空腹感は癒されるし、当然自分の嗜好にあったものだから食欲は満たされる。何がいけないのだろうか?実はここが冒頭に表現した生活習慣病の元凶なのです。管理栄養士は栄養素を生体に投与することで正常な生命活動を維持させようとします。ところが純粋な単体栄養素はおいしくも何ともなく、逆に不快な味を持っているものが多いのです。ひとつの例を出しますと、われわれの体を構成しているたんぱく質は肉、魚、卵、大豆製品に多く含まれています。しかしながら消化管吸収の段階では、アミノ酸という物質まで分解されて血液中に入って行きます。このアミノ酸は特別おいしいものではありません。逆に一部のアミノ酸は“にがみ”を持っているため味の面から見ると不快な味の栄養素といえるかもしれません。そのためその栄養素を成分として含んでいる食品を選んで、調理という工程を経たのち料理にして摂取していただいているのです。ちなみに料理の組み合わせを「献立」といいます。
 このように病院食を摂っていただきながら入院加養が進んでくると病状も安定してきます(このころになると多くの患者さんは病院の味付けに慣れてきて苦情も減ってきます)。さらに医師が退院を検討・許可してくれると、外来治療に切り替わりめでたく退院となるのですが、ここで本題である砂糖について、調味という観点から実際の調理場面の様子をのぞいてみましょう。
ページのトップへ

【病院食の味付け】
 病院の食事は多くの患者さんの状態に対してそれぞれの個別食が提供されています。それは病状、年齢、性別、活動量などにより決定されていきます。それでも病院食はおいしくないだろうという先入観は、なかなか拭い切れません。それは恐らく薄味であると思われているところに原因があるのかもしれません。確かに薄味にする食事もありますが、すべてではありません。では、この薄味とはなんでしょう。

【日本食の味】
 日本の調味料は、砂糖、しょうゆ、塩、味噌、酢、味醂などに代表される舌に化学的な刺激として感じるものと、香辛料(唐辛子、ワサビ、山椒)のように口腔内において物理的な刺激として感じるものとに分けられます。(写真2)
 特に栄養素の代謝異常を生じている病気、たとえば糖尿病などは砂糖に対する意識が非常に強く、糖尿病=砂糖禁止という印象があります。しかし、病院ではまったく砂糖を使用しない調理はほとんどなく、できる限り退院後、自宅に帰った後でも家族と同じ料理になるような、参考食を提供することが多いです。(写真3)
写真2
写真2 病院食品庫内の調味料たち
写真3
写真3 ある日の糖尿食
写真4
写真4 砂糖(左)と米の比較
 さらに砂糖についていえば、たんぱく質の制限が必要な腎臓疾患の食事は、逆に砂糖により熱量を確保することがあります。たんぱく質を少なくする分の熱源を脂質、糖質(炭水化物)で得ようとするのです。ただ、砂糖だけで一日のエネルギーを維持しようとするのは食事として成立しません。それに、とても食べられたものではありません。ちなみに砂糖のひとつである上白糖100gの熱量は、384kcal、精白米100gは356kcal(五訂日本食品成分表より)です。この意外な数値に驚きませんか(大差ないのです)。(写真4)
 今では熱量を砂糖だけに頼ることはなくなりましたが、糖質による熱量確保の考えはなくなってはいません。
 病院での治療食は限界があります。すべてを手作りで調理する場合、一般の食材のみでその目的に達せられないため、最近では食事療法の補助食品として特殊なものが開発されてきています。
 その食品に注目しますと、ほとんどが目的に応じて成分調整を可能にしています。当然、その食品の原材料の中には砂糖も含まれているのです。つまり砂糖の機能を期待して作られているのです。(写真)
 話を本筋に戻しましょう。薄味は塩分だけが少ない食事ではありません。料理の味は非常に微妙なもので、甘味、酸味、苦味、塩味、旨味があります。病院の食事は栄養素の組み合わせをしながらこれらの味を組み合わせます。外食でしたら和食、洋食、中華料理とその目的に添って同系列の料理が出てきます。病院の食事は栄養素のバランスをとるため和洋折衷になることが多く、味はバラエティだと思います(栄養士の作った料理は栄養素重視型だからかな?)。
写真
砂糖を使用した病院用特殊食品
写真
高齢者の栄養補給目的飲料
写真
調理室の調味料セット

【砂糖の調理特徴】
 少しだけ病院食の和風煮物について砂糖がどのように使われるか説明します。調味の順序は、材料にだしを加え沸騰したら砂糖を入れます。砂糖が溶けてから塩を加えます。一緒に加えると分子量の小さい塩は、砂糖より先に材料に浸透していき、塩味の強い仕上がりになってしまいます。醤油を使用する場合は、香り成分が揮発性であるので熱により失われるのを防ぐため、できるだけ遅く加えます。だだし、煮魚のときは、砂糖、醤油は最初から調合して沸騰させてから魚を入れます。
ページのトップへ

【これからの病院食】
 病院食について少しでもおわかりいただけたでしょうか。治療食のすべてを示すことは紙面の都合上難しいですが、砂糖という食品が調味料であり保存料であること、さらには味覚としての大事な甘味を提供してくれる食材であることは事実です。最後に病院食は、多くの文献、各種治療ガイドラインなどにより治療食方針を医師、管理栄養士などで構成する栄養委員会で決定していきますが、参考文献として砂糖についてFDA(Food and Drug Administration:米国食品医薬品局)の報告を一部紹介します(これらの情報も院内約束食事箋規約を作成する時、参考にすることがあります)。
(1) 虫歯:虫歯病原は多因性で、口内細菌、宿主要因、食物要因など虫歯発生率に対する糖類の影響は量的に明確でない。ただし、糖類の摂取量は、虫歯発生に責任があるという主張は指示する(直訳なのでうまく表現できませんが、「虫歯の発生は砂糖だけではないよ」ということです)。
(2) 糖耐性:極端に高い水準で糖類を摂取し続けると糖耐性(糖を代謝し血糖値を正常に保つ機能)やインスリン代謝に悪影響があるかもしれない。一般の米国消費量では糖類が単独で糖耐性を損なうとする科学的根拠はない(月刊砂糖類情報によると米国と日本の1人当たりの砂糖消費量(2003/04)は米国で30.6吹A日本で19.2垂ニなっており砂糖消費量に随分、差があります)。
(3) 糖尿病:糖類の消費は熱源としての関係以外、糖尿病とは関係がない。血糖の調整は、食品の種類、調理加工法、食事パターン、他の成分の存在、運動により変動する(確かに砂糖を食べたから糖尿病になることはない。糖尿病になると有効に熱源が利用されないため、お腹が空くから血糖値を上げやすくて食べやすい糖質を優先的に食べるのです)。
(4) 脂質:通常の糖類消費量では、正常な人の脂質やリポタンパク構成に影響を及ぼさない(摂取栄養バランスを取ることをすすめています)。
(5) 高血圧:糖類摂取量が高血圧の発症に責任があるという根拠はない(砂糖が原因ではないといっています)。
(6) 動脈硬化症と心臓病:食物中の糖類が単独で動脈硬化や心臓病の危険要因になると断定する根拠はない。
(7) 行動:現在、全人口から見て比較的希にしかいない低血糖症の人を例外として、糖類の消費が子供や成人の行動変化に影響を与えるという実質的な根拠はない。
(8) 肥満:糖類には肥満の原因として特別の責任はない(体脂肪の蓄積は食べ過ぎによる過栄養の結果です)。
(9) その他:糖類がビタミン・ミネラルなどの微量栄養素の体内での利用を阻害するという確かな根拠はない。糖類の消費が増えると食事のアンバランスが起こるという説を支持する根拠もない。糖類は発癌性を示していない。などが発表されています。
 これらは情報の一部ですが、本誌を企画しています機構にはホームページが公開されていて、砂糖について興味のある方にはさらに知識を得ることができるようになっています。ちなみにアドレスはhttp://alic. lin.go.jp/sugar/です。ぜひアクセスしてみてください。
 このように病院ではいろいろな情報を集めて食事計画を立て、献立、食事提供に至っているのです。そして、病院栄養士は患者さん一人一人の声にできる限りこたえられるように日々がんばっています。これからも病院栄養士をよろしくお願いいたします。
 今回は、病院の食事と砂糖との関わりを少しだけ紹介しましたが、ご理解いただけましたでしょうか。少々心配です…。
 では機会があれば、お会いしましょう。良い食事体験を…。
ページのトップへ

「今月の視点」 
2004年8月 
砂糖の病院食における役割 〜入院患者の治療食内容〜
 須磨浦病院 栄養科長  松岡 良平
平成16年てん菜生産振興方針 〜北海道〜
 北海道農政部農産園芸課


BACK ISSUES