砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 視点 > 社会 > タイの糖業とサトウキビ育種研究の現状

タイの糖業とサトウキビ育種研究の現状

印刷ページ

最終更新日:2010年3月6日

砂糖類ホームページ/国内情報

今月の視点
[2003年11月]


国際農林水産業研究センター沖縄支所  松岡 誠
九州沖縄農業研究センター さとうきび育種研究室長  杉本 明


はじめに
タイ糖業の概要
タイ東北部、クムパワピ―製糖工場の概要
スパンブリ畑作物研究センター(Suphan Buri Field Crops Research Center)について
おわりに


はじめに

 2002年11月に国際農林水産業研究センターの海外調査研究活動としてタイに滞在した。国際農林水産業研究センターは2002年度より「インドシナ天水農業地帯における水資源の効率的利用と収益性の向上」というタイトルで国際プロジェクト研究を開始した。目的は、小規模複合経営が大部分を占めるタイ東北部、ラオスの田畑混在地帯を対象に、水利用効率の高い集配水技術や栽培技術を開発すること、そして収益性・持続性の高い営農体系を構築することなどである。その一環として、乾季でも生育することができる高バイオマス飼料作物を育成し利用しようという研究に、著者らとタイ農業局コンケン畑作物研究センター(KKFCRC)は共同で取り組んでいる。
 東北タイでは、乾季の粗飼料不足が畜産発展の障害となっている。サトウキビは比較的干害に強いことから、東北タイでは基幹作物として広く栽培されており、乾季の粗飼料用としてサトウキビの利用も考えられる。しかし、現在、栽培されているサトウキビ品種は製糖用として育成されたもので、そのまま飼料用として栽培・利用するには、尚、多くの問題がある。そこで、耐干性・株出し能力に優れ、深根性であるエリアンサス属植物や近縁野生種とサトウキビを交配することにより、物質生産能力および不良環境適応性に優れた新飼料作物を作出し、家畜飼料として利用しようという研究を進めているところである。
 これまで、著者らはタイ各地でサトウキビ野生種の探索を行い、収集した約360点の遺伝資源はコンケン畑作物研究センターに保存している。これらの遺伝資源を効率的に保存、また利活用していくためには、重複して収集したものがないかどうかの確認も含め、分類と整理が不可欠である。今回の滞在では、サトウキビ遺伝資源の形態的特性等(染色体の分析も含む)を調査し、今後、分類・同定をどのように進めていくかについて検討した。また、貯蔵花粉を用いるなど交配の手法に改良を加えるとともに、サトウキビとこれら近縁野生種等との交配を行った。これら研究の詳細については後に掲載することとし、今回はサトウキビ関連の各試験研究機関から得られた情報、また、訪問した製糖工場の現状などについて紹介したい。
ページのトップへ

タイ糖業の概要

 タイではサトウキビは重要な基幹作物の一つで、その栽培面積は約90万ヘクタール、サトウキビの生産量は年間5000万トンである(表1)。2000年のデータをみると1ヘクタールあたりの収量は56トンとなっている。全国に46の製糖工場があり、年間の砂糖生産高は約500万トンである。ここ数年は世界の総砂糖生産量の4%を生産し、世界の砂糖輸出においては7〜8%のシェアを占めている。その主要な輸出先は近隣のアジア諸国が多く、日本はインドネシアに次ぐ第2の輸出先国である(表2)。
 タイでは、サトウキビから得られる砂糖を12,13世紀頃から利用していた。しかし、近代的な製糖が始まったのは比較的遅く、1937年からである。当初、サトウキビの栽培、製糖が盛んだったのは中央の平野地帯だが、近年、中央地域での栽培面積は徐々に減少し、周辺の地域、とりわけ東北地域での作付面積が拡大してきた。1999年のデータでは、サトウキビの全作付面積のうち、中央地域が30%、北部地域が20%、東北地域が41%、東部地域が6%を占めている。
表1 タイのサトウキビ生産状況(2000年)
表1
表2 タイの主要原料糖輸出先国(1998年〜2001年) (単位:トン)
表2
ページのトップへ

タイ東北部、クムパワピ―製糖工場の概要

写真1
写真1: クムパワピー精糖工場遠景
工場の裏手は川である。
写真2
写真2: クムパワピー精糖工場内
操業への準備が急ピッチで進められていた。
 東北タイ、サトウキビ栽培地帯の中心ともいえるウドンタニ(Udonthani)県にあるクムパワピー(Kumphawapi)製糖工場を訪問した(写真1、2)。クムパワピー製糖工場は1963年設立、創業約40年の工場である。クムパワピー工場は、すぐ近くにあるもう一つのカセットポン(Kaset Phol)工場とともに三井グループの傘下にあり、現在の経営陣も日本人である。今回の訪問では工場長の野村建夫氏と事務部長の武居理英氏から説明と案内を受けた。日本の製糖工場の規模と比較すると非常に大きな工場で、一日の圧搾量は14,000〜15,000トン、1998年以降のデータをみると年間の圧搾量は137万〜169万トンとなっている。ちなみに2001/2002年期の圧搾量は169万4千トンで砂糖の生産量は18万6千トンである。我々が訪問した2002年11月上旬には、まだ、製糖は始まっていなかったが、2002/2003年期には165〜170万トンの圧搾を予定しているとのことであった。通常の製糖期は、乾季の11月下旬から翌年の4月一杯くらいで、製糖歩留(搬入した原料すべてに対する歩留、含むトラッシュ)は約11%、タイ国内では比較的良い方である。従業員は300人で操業期間中(11/28〜4/10;2001/2002年期)は600人と約2倍に増やしている。ここで生産した粗糖は日本を含む世界中に輸出しているが、製糖期間終了後には粗糖の精製も行っている。
 製糖工程で生じるバガスはボイラーの燃料として用い、発電を行っている(4基のボイラーで発電量は12000kw)。それでも、2〜3割程度の余剰バガスがでるので、バガスを用いた発電・売電を計画中とのことであった。
 タイではほとんどが人力収穫で、ハーベスターはあまり導入されていない。現在、この工場に運び込まれる原料のうち、ハーベスターで収穫された原料は全体の約10%程度である。この地域の農家一戸あたりの平均的な圃場の広さは4〜7ヘクタールであるが、中には1000ヘクタール以上の大面積に作付けしている大きな農家もある。ちなみにこの農家ではハーベスターを4台保有しているという。農家の平均的な収量は、新植で1ライ(=16アール)あたり10トン、株出し1回目で5トン程度である。この地域での栽培における大きな問題点としては、土壌が痩せていることや白葉病・黒穂病が出ていることなどである。クムパワピー工場に搬入される原料サトウキビの品種別構成を示した(表3)。工場管内の農家では、タイ育成の品種Uthong 1の作付けが伸びており、2001/02年の製糖期には62%を占めるようになっている。Uthong 1は収量が高く、株出しも良好であるため農家には人気がある。しかし、工場としては、同品種が晩熟で低糖であることから考えて、その割合が高くなることは歓迎しておらず、早い時期に高糖多収の他品種を導入したいということであった。
 タイでも原料の品質取引が行われており、2001/02年製糖期の農家からの原料買い入れ価格は、CCS(可製糖率)10%の時にトンあたり530Bath(バーツ、2003年6月のレートでは100バーツ=285円、530バーツは約1500円である)で、CCSが1%高くなるごとに価格は6%ずつ高くなり、逆に1%低くなると6%安くなるとのことであった。タイでは世界砂糖市場におけるタイ産砂糖の競争力を高めるために、サトウキビ栽培、製糖工程における合理化を推進しており、その目安としてCCS(可製糖率)を測定するためのシステムを各工場に導入し、要員も派遣している。

表3 クムパワピー工場へ搬入される原料の品種割合 (%)
表3
資料: クムパワピー製糖工場資料による。Uthong 1、85-2-352はタイの育成品種、「Phil」はフィリピン、「F」は台湾、「Co」はインド、「Q」はオーストラリアで育成され、導入された系統である。
ページのトップへ

スパンブリ畑作物研究センター
(Suphan Buri Field Crops Research Center)について

図1
図1. タイ、スパンブリ畑作物研究センターにおけるサトウキビ育種工程概略図
* ()内の数値は選抜した比率。
 タイではサトウキビの育種は農業省傘下の畑作物研究所(Field Crops Research Institute)と、工業省傘下のカンチャナブリ サトウキビ研究所(Kanchanaburi Sugarcane Experiment Station, Ministry of Industry)で行われている。また、さらにいくつかの製糖工場も独自に育種に取り組んでいるという。今回、畑作物研究所のなかでサトウキビ育種の中心であるスパンブリ畑作物研究センター(Suphan Buri Field Crop Research Center)と、工業省のカンチャナブリサトウキビ研究所を訪問することができた。ここでは、スパンブリ畑作物研究センターを中心に紹介する。
 農業省の畑作物研究所は畑作物全般に関しての試験研究を統括する機関で、本部はバンコクのカセサート大学の敷地内部にある。実際に試験研究が行われているのは、全国各地に散らばる9つの下部組織、畑作物研究センターで、我々が共同研究を実施しているコンケン畑作物研究センター、そしてスパンブリ畑作物研究センターなどがある。それぞれの研究センターでは、その試験研究の対象となる作物は異なっており、スパンブリ畑作物研究センター主な研究対象作物はサトウキビとソルガム、コンケン畑作物研究所ではサトウキビに加え落花生、ケナフ、ジュート、ローゼル等となっている。この他、畑作物研究センターが研究対象としている作物としては、トウモロコシ、大豆、キャッサバ、ゴマ、綿花等がある。
 スパンブリ畑作物研究センターはバンコク近郊のスパンブリ県、バンコクからは車で2時間ほどのところにある。ここ20年間ほどの年間降水量は635mm〜1586mmで、少ない年には年間1000mmにも満たない。雨のほとんどは5月から10月に降り、特に9、10月に集中する。乾季となる11月から4月は雨が少なく、特に12、1、2月にはほとんど降らない。年平均気温は29℃である。1965年にウトン(U-Thong)畑作物試験場として設立され、その後、組織改編にともない現在の名称に変更された。このU-Thongの名称は、スパンブリ畑作物研究センターで育成された品種の名前として残っている。同センターの圃場面積は80haである。組織は管理運営部(7名)、育種部(7名)、栽培部(10名)、作物保護部(5名)、種苗管理部(5名)の5部門に分かれている。
 スパンブリ畑作物研究センターでは、日本とほぼ同じようなサトウキビ育種のシステムを用いており、交配から新品種を出すまでには10年前後を要する(図1)。製糖用サトウキビでは、毎年約30〜40 組合せの交配を実施し、実生1万〜2万個体が選抜に供試されている(写真3,4,5)。日本の沖縄県農業試験場さとうきび育種研究室では、毎年300〜400組合せの交配を実施し、実生約6万個体を選抜に供試しているが、これと比較するとスパンブリ畑作物研究センターの育種の規模は小さいと言える。一方、工業省のカンチャナブリサトウキビ研究所では毎年約6万の実生個体を選抜に供試しているとのことで、こちらの育種規模は沖縄とほぼ同じである。両国のサトウキビ育種システムにおける際だった違いとしては、実生選抜における選抜率がある。沖縄での選抜率は約5%であるが(実生6万個体のうち2次選抜へ進むのは3000個体)、スパンブリでは2%(実生2万個体としてもうち2次選抜へ進むのは200個体)、カンチャナブリにしても2〜3%で、最初の実生選抜において多くの個体をふるい落としていることがわかる。タイにおける現在の主な育種目標は多収、早期高糖、株出適応性、主要病虫害に対する抵抗性などである。この他、特定の地域向けのサトウキビ品種として耐塩性、耐干性についての選抜も行われている。タイのサトウキビ栽培では、通常、一から数回の株出し栽培が行われることから、品種の育成において株出適応性は重要視される。重要な病害としてはSmut(黒穂病), White leaf Diseases(白葉病), Red rot(赤腐病)などがあり、これらの病害に対しては、育種の過程で抵抗性、耐性を持ったものが選抜されている。また、スパンブリ畑作物研究センターでは製糖用の品種だけではなく、ジュース用、生食用(Chewing cane)の品種育成も行われている。その結果、1996年には多汁で、ジュースの品質に優れる品種Suphanburi 50を出している。近年、タイで育成された主要奨励品種を示した(表4)。
写真3
写真3: コンケン畑作物研究センターの圃場
収量試験中の有望系統。タイで育成、栽培されているキビは、一般に大茎で長大
写真4
写真4: スパンブリ畑作物研究センターでの交配風景
交配は屋外で実施している。
写真5
写真5: カンチャナブリサトウキビ研究所での交配風景
ここでも交配は屋外で実施している。サトウキビの開花時期に気温が低く、雨の多い日本ではこうはいかない。
ページのトップへ

おわりに

 先にも述べたが、現在、我々はコンケン畑作物研究センターとの間で飼料用サトウキビ育種の共同研究を行っている。そして、コンケン畑作物研究センターには、これまで共同でタイ各地から収集したサトウキビ野生種遺伝資源およそ360点が保存されている。昨年よりこれら野生種遺伝資源の特性を明らかにするための研究が開始され、今後、その有効利用が進むものと期待されている。さらに、サトウキビの研究交流を広げていくために、まずその手始めとして、両国間で育成品種の交換を実現したいと考えている。

引用文献
1. Field Crops Research Institute Annual Report 999,Department Agriculture, 1999.
2. A Guide Book for Field Crops Production, Field Crops Research Institute, Department Agriculture, 2001.

表4 タイで育成された主要奨励品種
表4
資料: 「U Thong」は農業省スパンブリ畑作物研究センターの育成品種、「K」は工業省傘下のカンチャナブリ サトウキビ研究所の育成品種。
ページのトップへ

「今月の視点」 
2003年11月 
タイの糖業とサトウキビ育種研究の現状
 国際農林水産業研究センター沖縄支所 松岡 誠
 九州沖縄農業研究センター さとうきび育種研究室長 杉本 明


BACK ISSUES