[2004年3月]
北海道立十勝農業試験場
研究職員 有田 敬俊
【てん菜栽培の現状】
てん菜は北海道の畑作地の約16%において作付される作物で、同地域での農家経営の安定や農作業の競合回避、土壌病害汚染の拡散防止、土壌物理性の改善など、輪作体系の維持を図るうえで重要な作物です。近年のてん菜作付面積の推移を見ると、昭和58年度の72,522haから平成15年には67,882haと減少傾向に推移しています(図1)。作付面積の確保は製糖用原料の安定供給につながるため、とくに低収年の翌年など作付け意欲が低下する年や経営面でてん菜の位置付けが低い地域における面積確保は重要です。一方、1戸当たりのてん菜作付面積は、平成5年度の4.8haから平成15年度は6.4haと毎年、徐々に増加しています。経営規模の拡大は、農産物の価格低下による農家経営の収益性低下を補填する意味で行われることが多く、併せて離農などによる農地放棄を防ぐ働きをもちます。今後も1戸当たりのてん菜作付面積は増加することが予想され、尚一層の省力化、とりわけ春先の農作業繁忙期においての労働時間の短縮は重要な課題となっていくと考えられます。
図1 てん菜作付面積と1戸当たりの作付面積の推移
(出典 てん菜糖業年鑑)
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図2 全農業従事者に対する65歳以上の割合の推移
(出典 農業センサス)
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また、北海道においても農業従事者の高齢化は着実に進んでおり、65歳以上の農業従事者が占める割合は、昭和60年の17.3%から平成12年には29.4%と急増しています(図2)。また、後継者不足の問題もあることから、苗運搬などの重労働は敬遠されてきており、作付そのものの中止や共同作業や作業委託に頼らなくてはならない事態が今後も増えてくると予想されます。それゆえ、作業時間の短縮に加えて労働負担の軽減化は、今後も重要なキ−ワ−ドとなっていくことでしょう。ところで、てん菜の生産者手取価格は、昭和60年度の21,020円/tから平成2年には17,720円/tまで急激に低下しましたが、それ以降は横這いから緩やかな低下傾向で推移しています(表1)。ここ10年間のてん菜の産糖量は、その年の気象条件に左右されるものの、やや増加傾向にあることから、てん菜の収益性の低下は他の畑作物に比べて小さく、平成2年以降では安定した収益水準を保っています(図3、表2)。これは畑作物の中でてん菜を作付けするメリットとなっています。
てん菜の栽培法は、土を詰めた紙筒(ペ−パ−ポット)で小苗を育てる移植栽培と直接畑に種子をまく直播栽培の2種類に分けられます。移植栽培がてん菜作付面積に占める割合(移植面積率)は、平成5年度で97.5%、平成15年度には95.5%と2%低下したものの、大部分の農家は移植栽培を実施しています。そこで、次は移植栽培だからこそ生じる現状の問題点について説明していこうと思います。
表1 最低生産者価格及び生産者手取価格の推移
1)根拠法は「砂糖の価格安定等に関する法律」(平成11年度まで)、「砂糖の価格調整に関する法律」(平成12年から)
2)平成元年より各年における消費税込。
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図3 ha当たりの収量、産糖量および歩留の推移(平成5年を100とする)
(出典 てん菜糖業年鑑)
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表2 主要畑作物の所得、投下労働時間および費用の推移
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1)( )は昭和60年に対する比率。 |
(出典 農畜産物生産費) |
【移植栽培の問題点】
てん菜の移植栽培は、育苗による生育期間の延長により直播栽培に比べ多くの収量を得ることを可能とします。また、ある程度の生育量が確保された状態で畑に移植されるので、春先の気象災害を軽減し収量の安定性にもメリットがあります。これらの要因により高い移植面積率は維持されています。しかしながら、1戸当たりの作付面積の拡大や農業従事者の高齢化が進み省力化やさらには労働負担の軽減に関する問題が生じてくると、移植栽培の育苗と移植に係る作業が短所となる可能性がでてきました。
移植栽培において、その長い栽培期間(3月〜10月)のなかで、苗を圃場に移植する時期(移植期:4月下旬〜5月上旬)が作業の集中する時期です。てん菜は移植期が1日遅れると1%収量が減少するといわれ、移植期の遅延は収量の減少へと直接跳ね返ってくるからです。また、てん菜の移植に長く日数を費やすと、馬鈴しょや野菜などの他の作物にとっても、植付けなどの適期を逃すことになり、これらの作物の収量性などにも影響を与えます。移植作業をより効率的に行う手段として、性能の良い移植機に買い替えていくことも考えられますが、高価な作業機械であるため、費用に対する効果をしっかり見定めながら、作付面積をどの位まで拡大するかなど考慮して、選択しなければなりません。一方、隣近所などで共同作業により移植を行ったり、他の栽培農家や業者などに作業自体を委託してしまうケースも出てきています。このように、個々の農家では解決できない状況が今後増えてくるものと予想されます。
ところで、移植栽培にとって育苗は必ず行う作業ですが、作付面積の増加は直接的に育苗面積の増加であり、ひいては育苗土量の増加、育苗ハウスの増築、管理作業の増大につながります。とくに育苗土の確保は、地域によっては重要な問題となりつつあります。また、播種時に組作業を行うときに労働力が不足するなど、育苗に関する面でも今後に問題を抱えることが予想されます。
表3は、畑作経営における経営耕地規模別のてん菜作付け構成比率(平成12年)について十勝支庁管内の5町において調査したものです。この結果から、経営耕地面積が55haを超えるような大規模経営では、てん菜を作付する戸数の比率が低下し、また、大規模な耕地面積になるにつれ、てん菜作付面積の占める割合が低下していることがわかります。これは作業上の理由から規模拡大に応じて、てん菜作付面積を拡大することが困難となっていると考えられ、一方で労働時間が短く労働負担の軽い小麦作が多いことから、輪作体系における作付面積のバランスに悪影響を与えています。
表3 畑作経営における経営耕地規模別てん菜作付比率(平成12年)
1)十勝管内5町の調査結果(農協、役場資料より作成)
2)飼料作物の作付け構成比5%未満の経営のみ対象とし、複数戸法人及び共同経営は除く
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【省力栽培法の開発】
てん菜の省力的栽培法としては、第一に直播栽培があげられます。直播栽培は移植栽培に不可欠な移植作業が不要となるばかりでなく、育苗に関する資材や労働も省くことができます。直播栽培の播種作業にかかる時間は、移植作業にくらべ約2時間/10aほど短く、10haの作付けをするような大規模経営では20時間=2.5日分の短縮となり、春先における農作業の遅延を防ぐ効果があります(表4)。また、労働の面からも負担が軽く、多くの人手を必要としないなどのメリットがあります。
表4 移植栽培と直播栽培の投下労働時間の差
作業名 |
移植栽培 |
直播栽培 |
移植−直播 |
(hr/10a) |
(hr/10a) |
育苗 |
4.1 |
- |
4.1 |
播種 |
- |
1.4 |
2.2 |
移植 |
3.6 |
- |
1)防除・収穫などの他作業は同程度なので省略する。
(出典 北海道農業試験会議資料)
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また、平成11年9月に策定された「新たな砂糖・甘味資源作物政策大綱」では、北海道の関係者による協同した取組みにより、てん菜生産及びてん菜糖製造にかかるコストダウンが求められてますが、てん菜生産においては、育苗などに係る費用が削減可能な直播栽培は、この面でもメリットがあることから政策的にも注目されています。
一方、実際の直播栽培の普及状況を見てみると、地域ごとに若干の差が認められ、十勝支庁では減少し、網走支庁が増加しています。とくに道南地域では大幅に増加し、直播面積率は15.4%と高くなっています(表5)。直播栽培による作付面積が高まった地域には、野菜など特定作物の依存度が高く新規にてん菜作付けを行ったなどの特徴が見られます。このように省力性のメリットが大きい経営を中心に直播栽培が導入され、大規模な経営農家が導入する場面は現状では少ないようです。これはてん菜栽培を経営の柱の一つとして考えた場合、直播栽培は育苗費用など差し引いたとしても移植栽培よりも収益性が劣り、収量の年次変動も大きく不安定であることから導入への警戒心が強いことを示しているものと考えられます。確かに従来の直播栽培は出芽が安定せず、生育の初期段階で枯死したり、障害を受けたりすることが多かったため、大きく収量が低下することが度々起こりました。しかし、近年、北海道立農業試験場を中心とした研究により、土壌に合わせた適切な砕土・整地法と鎮圧力の強化による出芽率の向上、土壌の酸性度(pH)の改善により生育障害の回避などが図られるようになり、また、さらに塩害(肥料によるストレス)の少ない直播栽培に適した施肥法が明らかにされる見込みであることから、収量の安定性が増した直播栽培が実現の方向へと向かっています。今後、このような新技術の情報を農家に周知させていくことが直播栽培普及の鍵を握っています。移植栽培から直播栽培へ転換が期待される場面として、保有の移植機では作業的に困難が生じた場面、てん菜の移植期と作業時期が競合する他作物の面積を拡大したい場面、高齢化・労働力不足により移植栽培が困難になった場面などが想定されます。初めて直播栽培の導入にあたる場合は移植栽培と併用で経験を経ることが望ましいでしょう。
ところで、将来においても移植栽培を継続していく意向の農家では、省力化に対する要望として、苗の軽量化があります。てん菜の育苗に使用する紙筒1冊の重量は土を詰めた状態で50kg程度もあり、10haの作付けをする場合には、これを約600〜650冊分運搬しなければなりません。これに対し、現在、育苗土に軽量な資材を混入して作った軽量育苗土を用いた研究が進められ、重量を30%減量することが可能となり、その成果が期待されています。
このように、今後は、労働時間の削減や、労働負担の軽減を図るために、直播栽培への置き換えや苗の軽量化などの栽培法が取り入れられるようになっていくことでしょう。
表5 直播栽培の面積および直播面積率の10年前と現在
(出典 てん菜糖業年鑑)
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【生産コストの削減へむけて】
産糖コスト削減に向けて、てん菜製糖工場では生産・出荷体制の効率化を図るため、中間土場(地域にある一時的なてん菜貯蔵場所)の廃止が進められ、その代替とし栽培農家でのてん菜貯蔵の期間延長や早掘りによる早期出荷などの対応が図られてきています。このように産糖コスト削減への対策は今後も加速されると考えられ、栽培農家にとっても製糖コスト・運搬コストの軽減が図れるてん菜品種の導入など、産糖コスト削減への協力が求められていくことでしょう。
一方、てん菜を栽培する上でかかる生産費の約18%を占める肥料費の削減は生産コスト引き下げに効果的です。てん菜は養分を多く吸収する作物であるため、肥料の量によって収量を増加させることは比較的容易といえますが、その反面、この特性が肥料の過剰投入の呼び水となっているため、堆厩肥の投入にあわせ肥料の投入量を減少させるなど、個々の畑の養分状況に合わせた適切な投入量の決定がコスト削減には重要です。
また、近年てん菜褐斑病に抵抗性をもつ品種が導入され、同病の防除薬剤の散布回数を削減可能となったように、耐病性の強い品種の導入による農薬費の削減が期待されます。また、最低限必要な農薬散布法が確立されることによる農薬費の削減も期待されます。
【おわりに】
現在、てん菜を巡る生産情勢は、農家経営の大規模化や労働従事者の高齢化などが進行するなか国産糖製造コストの削減が求められるなど、大変厳しい情勢にあるといえます。しかし、てん菜を継続的に安定生産していくために、栽培農家をはじめとするてん菜関係者の一層の協力関係が必要になってきています。