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北海道ビート農業新時代

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最終更新日:2010年3月6日


はじめに

 北海道の畑作地帯は、WTO/FTA対応が求められている。畑作地帯の主要作物であるビート(てん菜)、馬鈴薯(でんぷん原料用)、小麦はいずれも国際価格から大きく乖離した行政価格である。保護措置の撤廃を求める国際化に対応できるであろうか。
 道内のビート産地を調査した。規模拡大が大きく進んだだけではなく、価格引下げや「離農」への評価が一変していることに驚かされた。10年前、離農は負債問題もあり非常に敏感な話題であり(特に酪農地帯)、激しい感情的な反発があったものだ。しかし、今日、離農は高齢化や後継者不足の結果として客観的に受け止められ、その土地を残ったものがどう配分し、規模拡大するかを議論している。時代の変化は大きい。隔世の感がある。
 ビート農業は大きなイノベーシヨンの可能性がある。第1に、移植から直播への転換が進めばコストダウンが起きよう。直播は移植に比べ労働生産性が10倍高い。育苗コストも不要である。農家能力が向上し、精密栽培に移行すれば、直播でも移植と同じ収量を上げることが出来る。
 第2に、規模拡大の進展である。地域差はあるが、十勝平野の一部では5年で10haペースの規模拡大が見られる。60ha農家の粗収入は6,000万円超である。規模拡大の所得拡充効果を評価すれば、コストダウンがなくても価格引下げ可能であるといえよう。今後、一層の規模拡大が進行するならば、価格が3、4割下がっても、農家は所得を維持できる。
 ビート農業は大革新の時代が近づいている。「農業革命」の予感。農家の技術力が向上し精密栽培が実現すれば、直播への転換と規模拡大でWTO対応への道筋が見えてこよう。農家人口が減少しても快適で住みよい農村コミュニテイをどう設計するかが課題であろう。
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1. 畑作地帯の農業概観

(1) 輪作体系と地域比較
 代表的な畑作地帯である十勝地区は、ビート、馬鈴薯、麦、小豆の4品輪作の農業である。経営耕地面積は比較的小さい農家で30haである。10a当たり粗収入は約10万円、30haで粗収入3,000万円(所得1,000万円前後)である。現在の価格体系では、収益性が一番高いのはビート、食用・加工用馬鈴薯、次いで小麦であり、でんぷん用馬鈴薯はかなり低い。小豆は高収益であるが、市況変動が大きい。
 斜網地区は3品輪作である(夏の気温が低いので小豆なし)。馬鈴薯も十勝は加工・食用があるが、斜網地区はでんぷん原料専用である。その結果、10a当たり粗収入は8〜9万円である。十勝の畑作農業のほうが収益レベルが高いように見える。
 ただし、ビート生産者の意欲は斜網のほうが高い。斜網地区は麦は不安定、馬鈴薯はでんぷん専用で価格が安いので、相対的にビートの収益性が高いからである。また、ビートの単収、糖度も十勝より高い。これに対し、十勝は必ずしもビートの生産意欲だけが高い訳ではない。長いも、ゴボウ、人参などの野菜の生産が可能であり、ビートの収益が10万円以下になれば、野菜にシフトする動きがある。
 北見はタマネギ中心の畑作である。北見はもともとは水田で、畑作転換に伴いタマネギを導入した。経営規模も相対的に小さい。
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(2) ビート経営
 十勝や斜網地区では、ビートは輪作体系に組み込まれた不可欠の作目になっている。ビートを止めたら、畑作農家ではなくなると言われるくらいだ。しかし、ビートは国が守るという前提がないと成立しない農業である。国産のビート糖は国際価格に比べ2倍も高い。何が制約要因か。克服不可能なものであろうか。

・ 移植による収量安定
 欧米と違い、現在の北海道はビートの植え付けは移植である。日本もかっては直播であったが、1960年(昭和35年)頃から移植への転換が始まった。
 直播は収量が不安定だった。北海道の春先は風、霜の被害が多い。移植の場合、育苗ハウスの中で種子を紙筒に入れて育苗されたものを畑に移すので、生育期間が延びて収量アップになる(2割増)。また、春先の風倒災害を避けることが出来る。製糖工場も直播では生産性が低いので、原料確保の必要上、移植を奨励したので急速に普及した。
 北海道全域では、1961年(昭和36年)の移植率は0.1%であった。しかし、60年代央には植付け機械の改良で急速に普及し、70年には全体の75%が移植であった。90年代には移植率は98%まで上昇した(表3参照)。
 現在の農家技術のもとでは、直播は移植より単収が低い。全道のべ1,340カ所を調査したデータ(7年平均)では移植の10a当たり5.7トンに対し、直播は4.7トンと約1トン(18%)単収が低い。たしかに、直播のほうが育苗も不要となり植え付け費用が安いが、春先の暇なときの育苗なので、農家は単収増を選好しているのである。育苗の手間(農閑期の労働コスト)を収入に換えることが出来るのである。
 しかし、後述のように、地域によっては直播導入比率が20%近い地域もある。

・ 直播の省力化効果(労働生産性10倍)
 ビート移植の作業は、現状の大半は2畦2乗移植機で、労働力は機上の組み作業3人(オペレータ1人、苗補充2人)、苗運び人等ほか計8人(少なくとも7人)を必要とする。2畦2乗、労働力8人で、1日当たり4ha植えつける。基幹労働力以外は「出面さん」(元農家の主婦等、町の住民)を日雇で調達する。人材派遣会社的機能である一人親方(通常元農家)が10数人の町の主婦を確保していて、そこから派遣される。
 これに対し、直播栽培の場合、種を直接畑に蒔くだけであり、一人で一日4〜5haできる。かなりの省力化である。労働が軽量化されるだけではなく、人数が減らせる。息子がいなくても作業可能であり、ワンマンファームの可能性も出てくる。 以上のように、ビート作付面積10haの植え付けは、移植が8人×2日、直播は1人×2日の作業である。直播は移植に比べ労働生産性が約10倍高いといえよう。

・ 収量選好か生産性(省力化)か
 ほとんどの農家は、直播栽培について、そういう技術があるという程度のことは知っている。ただし、直播と移植を代替可能な技術として積極的に直播の技術情報を収集している農家はそう多くはない。直播は収量不安定であり、自分たちが乗り越えてきた古い技術であるという意識のほうが強い。直播から移植に切り替えたことで単収アップしてきたのであって、直播は過去の技術というわけである。
 一方、比較的経営感覚の発達した農家は、直播と移植の収益性を比較している。一般的な結論は、直播は移植に比べ、育苗・移植コストが不要で経費が20%くらい低い。しかし、移植に比べ単収が1トン少ない(研究論文としては平石学「十勝地域におけるてんさい直播栽培の導入効果」『北海道立農業試験場資料第32号』)。これでは経済性は同一であるが、育苗の時期(3〜4月)は暇な時期であるから、労働コストを金に換える高収量技術を採用したほうが所得が多くなるという考えで、移植を選好しているのである。こうした考えは、現状の移植技術によって安定多収を得ている十勝や斜網地域で強い。安定高所得の要因体系を撹乱したくないというリスク回避者の行動様式であろうか。また、製糖工場も、春先に風が吹けば原料の確保が出来ないというのでは経営が成り立たないので、直播に消極的であり、まだ移植のコストダウンを考えている。
 収量と省力化はトレードオフ関係にあるとの認識である。しかし、これは必ずしも正しくない。直播でも単収が低下しない農家もある(後述、芽室町農家M)。精密栽培の技術力があれば収量減にならない。農家が栽培管理能力を高めるならば、収量と生産性の代替性を緩和し、直播の導入で収益性を高めることが出来るのである。また、若干の収量低下はあっても、直播によって規模拡大できるならば、所得が高まるとの計算もある。
 後述のように、直播導入比率の高い地域もある。WTO対応等で価格低下が予想されコストダウン要請は強い以上、機械の更新期を契機に、将来は直播の導入が加速する可能性がある。
 
表1 北海道てん菜の生産推移
表1
昭和34年〜36年の処理量は北東北産を含む。
昭和37年〜41年は全項目北東北産を含む。
昭和42年以降は全項目北海道産のみ。
表2 てん菜の価格推移
表2
(出所)日本ビート糖業協会
『てん菜及びてん菜糖に関する年報2002年度』 平成15年9月。
(注) 88〜96年は糖度16.6度〜16.9度、 97〜03年は16.7度以上、17.0以下のてん菜の価格。
ちなみに、糖度18度の最低生産者価格(2003年産)は18,240円、19度は19,640円、20度は21,040円と高くなる。(昭和62年産〈1987年〉から糖分取引実施)。
表3 紙筒移植率の推移(北海道全域)
表3
(出所)
 農林水産省「農林業センサス」「農業構造動態調査」
 
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(3) 農家の現状
・ 芽室町
 芽室町上伏古の農家Hは、経営耕地43ha〔自作〕の畑作専業である(5年前は30ha)。H氏はまだ規模拡大を志向している。条件の良い土地が出れば購入、条件の悪いとこは借地の意向である。芽室地域は借地より購入のほうが多いようだ。後継者のいない農家が土地を売る。地価は条件の良い畑は30万円/10a、条件の悪いところ(湿性地)は24万円である。H農家の輪作体系は4品で、小麦15ha、ビート14ha、馬鈴薯9ha、小豆5haである。平成14年度の売上高は4,900万円である。
 芽室地域の農家は、ビート作付けは最小2〜3ha、平均7haである。単収12〜13万円ないと、野菜など収益性の高いものに代替される動きがある。芽室で一番高収益の作目は長イモで、10a当たり単収70〜80万円と高い(主産地は河西)。また富良野地区の人参に連作障害が出ており、ここにシフトする動きもある。農政運動のリーダーでもあるH氏は、ビートは単収10万円が耕作意欲の分岐点と見る。粗収入10万円以下だと耕作意欲がなくなる。しかし、ビート糖は国際価格比2倍であり、今の国際情勢では現状の価格トン当たり1万7,000円は維持できないであろうと認識している。「直接所得補償」が生産意欲にどう響くかに注目している。農家が原料ビートを再生産しなければ製糖工場は鉄くず同様でスクラップされる。
 経営課題はコストダウンである。直播が視野の中に入っている。直播でも移植と同じ単収をあげている農家もあるので、移植機の更新期を契機に直播への転換を考えている農家もある。10年後の直播移行を前提に機械投資を考えていかなくてはならないと言う。

・ 更別村
 更別村上更別南の農家Mは、畑作56ha(うち18ha借地)、繁殖和牛60頭(母牛35頭)の複合経営である。このほか草地が25haある(3人で借地)。当集落の戸数は19戸であるが(ピークは1973年25戸)、各農家とも経営耕地の3割は借地のようだ。更別村は規模拡大が進み、平均50haと大きい。離農した農家の土地で規模拡大している。規模拡大に対応するための機械投資で借金は大きいようだ。
 M氏の経営は4品輪作で、56haを4等分である。ビートは移植。直播は土地を選ぶと言う。よほど地力に恵まれていないと出来ない。更別村は土地条件があまりよくないので、直播を導入しているのは3戸だけである(200戸のうち)。また、ビートの10a当たり単収は農家間で2〜3割格差がある。トップ1割は7トン、下は4トン台もあるようだ。原因は輪作、堆肥等の格差もあるが。排水対策が大きいという。

・ 斜里町
 斜里町川上の農家Oは、経営耕地31ha(うち借地9ha)の3品輪作、黒毛和牛繁殖(母牛6頭)の複合経営である。ビートは移植。直播は春先の風害の危険が大きいので(斜里岳の吹き降ろしの山風)、当地域では作付面積2840haのうち直播は140haに留まっている(普及率4.9%)。肥沃度の高い地区で導入されている。直播・移植並行型ではなく、直播一本の人が多い(規模拡大に伴い移植から直播に転換した人はまだいない)。
 O氏のビート栽培は、10a当たり単収6.5トン(町平均6トン)、糖度18.3%(町平均17.9%)と高い。当地域の収益性は、ビートは10a当たり10万円、小麦は8万円(種子小麦9俵ケース、他地区は7万円)、でんぷん原料用馬鈴薯7万円で、3品目平均8〜9万円であり、十勝より低い。
 O氏は拡大志向が強く、現有の機械で対応できる40haまで規模拡大したいという。ただし、川上集落は離農が少なく(現在33戸、10年後見通し25戸)10年目標である。離農者の土地の行先は、(1) 認定農業者第1優先、(2) 地続き優先、(3) 残存農家による均等割である。後継者のいる人は土地を欲しがっている。価格引下げは必至の情勢なので、経営規模を拡大して価格低下分を補い所得を維持したいというのが農家の考えのようだ。機械力にはまだ余裕があるので、収益性の低下を面積拡大で補うという考え方である。

・ 小清水町
 小清水町水上の農家Iは、経営耕地26.3haで、3品輪作のほか、ゴボウ(0.7ha)、大豆(1ha)を導入している。ゴボウは収益性が高く、10a当たり粗収入27〜28万円である。大豆の収益性は低いが、土壌クリーニング効果がありイモのソウカ病対策のため導入している。
 ビート(9ha)は、15年前に移植に転換した。直播に比べ生育期間が長いので、収量が1.5トン位違う。平成14年度の単収は6.1トン(13年度5.8トン)、糖度17.2%である。当地域でも直播農家がある。離農した農家の土地を引き受けて一挙に規模拡大し(ビート15〜20ha)、育苗を嫌避、直播一本でやっている農家が2戸ある。
 将来について、経営面積が拡大できるなら、所得が維持される範囲で価格引下げもやむを得ないという。経営面積が2倍になるなら、10a当たり粗収入7万円でもやれる。5万円に下がればやらない。価格上昇の期待はないので、収量向上を図りたい。人の使わない肥料や農薬を研究している。商社情報を重視し、肥料・農薬は半分は商社から購入している。あそこでこんなことやっている等々、お土産に情報を持ってきてくれるからである。普及所は最低限度の安全な情報しか流さない。リスクのあることは言わない。

・ 芽室町農家Mの直播栽培
 芽室町の農家Mはビート直播農家である。ビート作付け10haすべて直播であり、しかも単収は低下していない。平成14年度7トン(移植ケース6.8t)、15年度6トン(移植6.3t)である。
 M氏の経営は、経営耕地面積45ha(芽室では中の上クラス)、作目はビート10ha、馬鈴薯10ha、小麦12〜13ha、豆類(大豆、枝豆、インゲン)10ha、スイートコーンで、4〜5年輪作の体系である。ビートは以前は7haだったが、6年前直播に移行して10haになった。
 直播を導入したのは1998年(平成10年)である。M氏は以前、夫婦2人の労働力で経営していたのであるが、1995年に奥さんが農作業中に怪我をするというアクシデントに見舞われ、作業員が1人になった。このとき一番大変だったのはビート栽培だった(輪作作物の中でもビートは労働が一番大変)。96年にヨーロッパ視察旅行を行ったが、このとき、自分たちのやり方(移植)は間違っているのではないかと疑問を持つ。海外旅行に伴い、1年間ビート栽培を休んだ。他作物は楽だった。しかし、ビートを止めると輪作が回らない。そこで、直播に転換できないかと研究を始めた。当地域の平均的な農業は経営耕地28ha、ビートの作付けは5〜6haである。ビートの移植には3〜4日かかる。しかし、大方の考えは「我慢すれば3〜4日で出来る、この時期は他に収益の上がる仕事もない、リスクを冒すよりは移植のほうがよい」というものである。しかし、M氏は奥さんが怪我をしているので、違った発想になったのである。
 1998年に農家3人で直播勉強会をつくり、北海道の「北海道農業元気づくり事業」を活用して播種機(ドイツ製)を導入した。これが直播栽培の始まりである(現在は2名。M氏10ha、H氏5ha、一人は移植に戻った)。しかし、収穫作業でつまずいた。畝幅が違っており(50cm畝)、国産ハーベスタで掘るのは大変だった。国産ではダメと思い、普及員や製糖工場を含めて検討会を開いた。そして、99年に、(社)北海道てん菜協会の「てん菜作付省力化等推進事業」を活用してデンマーク製ハーベスタ(大型)を導入した。これで直播ビートの体系が出来た。直播導入当初は5haだったが(98年)、デンマーク製ハーベスタ導入に伴い7haとなり(99年)、翌年2000年から10haになった。M氏は単収が減少しない秘訣は土つくりであると強調する。土つくり(堆肥、PH調整など)がしっかりしている農家は直播でも減収しない、という。
 周辺の人々にM氏は「変っている経営」と言われているようだが、M氏はビートの本場ヨーロッパ流に考えているのである。日本の移植は10a当たり7,000本植付けるが(畝間2尺、株間7〜8本)、ホントはもっと狭いほうが糖分がアップする。しかし、作業機械がイモと共有であるため7,000本になっているのである。M氏の直播は10,500粒まき(畝45cm間隔)、2割程度減少するのがよいと考える。収穫本数は8,000本を切らなければよい(7,000本ではダメ)。逆に9,000本も残存すると根が細くなってダメ。ヨーロッパの機械の思想で、0.9、その0.9、つまり8割という考えである。100%でなくてもよいとするヨーロッパの機械の思想である。
 単収については、直播は6トン採れなくて5.5トンでもよいと考える(実際は6〜7t採っている)。価格がトン18,000円なら5.5tで10a当たり粗収入9.9万円になる。しかも直播は経費面、家族の健康に良い。労働の面で非常に楽になったと強調する。直播は労働力が10分の1で済む(生産性10倍)。奥さんが畑に出るのは10分の1になった。現在の機械装備で、労働力2人で70〜80ha余裕を持って経営できるという。2人で粗収入8千万〜1億円を意味する。
 M氏は、「ヨーロッパ体系に合わせてみたらどうなるんだ」という発想で経営計画を作っている。
 ビート価格については、規模拡大があれば価格引下げに対応できるという。現状でも、10a当たり8万円採れたら(つまり価格2割減)、直播は経費をかけていないので十分収益が出るという。規模拡大できるなら、直播かつ規模の利益から8万円以下でもOK。価格の1万円割れはギリギリだと言う。M氏のように単収を維持している場合、そのくらい直播はコストダウンになっているのである。(注、例えば10a当たり粗収入7万円は単収6t、価格11,600円で可能)。

 以上、ビート経営の現状ならびに農家の行動様式を見てきた。以下は国際競争力の強化という視点から論点を整理しつつ、筆者の将来展望を示したい。
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2. 規模拡大の加速

 北海道では、離農の進展と残存農家の規模拡大が進んでいる。十勝平野では、農家戸数は1970年16,239戸、90年9,954戸、2000年7,582戸と減少し、それに伴い、一戸当たり経営面積は1970年の11.8haから、2000年の28.1haに拡大した〈表4参照〉。これは兼業の小規模経営を含む総平均であり、通常の畑作経営は最低30ha以上であり、40〜50haが普通である。特に畑作物の単収水準が相対的に低い更別村など周辺部で規模拡大が大きい。
 低単収地域である更別村の場合、1990年には40ha規模は2〜3戸しかなかったが、98年には50ha規模が5〜6戸(平均40ha)、2003年には60ha規模が4戸になった(平均60ha)。15年間で上層農家の規模は40ha(90年当時珍しかった)から60〜70haに拡大した(十勝農業試験場研究員平石学氏データ)。5年で10haペースの規模拡大である。かなり急ピッチな規模拡大である。
 規模拡大は全地域で進行しているが、そのテンポは離農の多少によって左右され、地域によって多少異なる。しかし、土地条件の悪い地域で離農が多いがそれは収益性が要因であるから、将来、WTO対応等で価格引下げがあれば収益性が低下し、一般に離農のテンポが速まり、規模拡大は加速されることを示唆している。もちろん、これは北海道全域についてのことである。
表4 農家戸数と1戸当たり経営耕地面積の推移
(単位:戸、ha)
  十勝地域 斜里町
農家戸数 1戸当たり
経営面積
農家戸数 1戸当たり
経営面積
1970年 16,239 11.8 1,089 7.4
1975年 12,970 15.0 898 8.8
1980年 11,705 17.2 842 9.6
1985年 10,923 19.4 801 11.0
1990年 9,954 21.8 740 13.7
1995年 8,681 24.9 655 15.3
2000年 7,582 28.1 568 17.3
(出所)農林水産省「農業センサス」による
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3.コストダウンなくても価格引下げ可能

 現状の農家技術では、直播栽培を導入しても、大きなコストダウンは困難である。先述したように、直播に移行すると単収が1トン低下する。この単収減収が省力化のメリット(育苗・移植の工程不要)を相殺する。つまり、直播導入によるコストダウン効果は小さい。そこから、価格引下げ困難という議論が出てくる。
 しかし、コストダウンなくても、価格引下げは可能である。仮に価格‐費用が一定の場合、規模が2倍になれば、所得は2倍になる。付加価値が低くても、規模拡大すれば、高所得農家になれる。実際、北海道では、離農が増え、残存農家は高所得になってきたのである。
 簡単な試算をしよう(表5参照)。10a当たり粗収入は10万円である。30ha農家の粗収入は3,000万円(所得1,000万円前後)である。仮に60haに規模拡大すれば、粗収入6,000万円(所得2,000万円超)である。規模の利益(償却コストの低下等)を考えれば経費率が低下し、実際には所得は2,000万円を大きく上回ろう。
 さて、現状の所得を維持できればよいとすれば、表5に示すように、価格は20%引下げ可能である。価格引下げは、コスト問題ではなく、規模拡大の問題なのである。規模拡大があれば、価格が低下しても、所得維持可能である。
 さらに、規模拡大に伴い、機械償却コストの低下など規模の利益が発生する。つまり、コストが低下する。また、直播移行に伴う省力化によるコストダウン効果もある。規模拡大による所得拡充効果と規模の利益によるコストダウン効果、直播による省力化効果の3要因を評価した場合(ここでは単収不変前提)、試算では価格が30%低下しても現状の所得は維持できる(表5、コストダウン2割ケース)。
 仮にコストが3割低下するケースでは、価格が3割低下のとき所得は1,680万円、価格低下4割のとき所得は1,040万円である。つまり、4割コストダウンがあれば、価格は4割低下しても所得を維持できる。(注、ビートのコストダウンは間違いないが、輪作体系の他作目は今回調査の対象ではない。しかし、競争原理と規模の利益があれば、画期的な技術革新がなくても、2割程度のコストダウンは十分ありうる)。
 ただし、60haへの規模拡大は直播への移行を伴う。その場合、現在の農家技術では単収が1トン減る。単収が減少しない技術への移行が課題である。
表5 規模拡大の所得拡充効果(簡単な試算)
規 模 価格条件 粗収入 経 費 所 得
(現状)
30ha
 
(規模拡大)
60ha

10万円/10a


価格 不変


〃 △20%


〃 △30%
 

3,000万円


6,000万円


4,800万円


4,200万円
 

1,800万円


3,600万円
(△20%、2,880万円)

3,600万円
(同上)

3,600万円
(同上)

1,200万円


2,400万円
(3,120万円)

1,200万円
(1,920万円)

600万円
(1,320万円)
(注)( )内は省力化と規模の利益による20%コストダウンのケース。これは厳しい前提ではない。目の子算的試算である。
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4.精密栽培によるコストダウン

 直播栽培の普及率は低い。2003年現在、日甜(株) 芽室製糖所管内は2%(ビート作付け16,000haのうち300ha)、戸数ではビート作付け農家2,250戸のうち直播導入は50戸である。ホクレン中斜里製糖工場管内の普及率は3%(14,000haのうち410ha)、そして微減傾向にある。移植に比べ、単収が低いことが原因である。しかし、先述したように、直播でも単収が低下しない農家もある。何が問題か。
 北海道農業研究センター(旧北農試)てん菜育種研究室長・中司啓二氏は、栽培技術の重要性を強調する。中司氏によると、ビートは畑作の中では贅沢な作物である。肥料を欲しがる、酸性土壌に弱い、ナトリュウムも欲しがる等々。直播は移植に比べ栽培期間が1ヵ月半短いので、単収は当然違う。しかし、直播でも移植の9割採っている農家もある。自分の土地が分かっていて、そして作物の生理・病理が分かっていれば高収量を維持できる。自分の土地に合った栽培ノウハウの習得が大事というわけだ。
 具体的には、寒い時期に微妙なところ(地中1.5〜2.0cm)に種子を落とさないといけない。したがって、播種機の調整が大切。また、土壌と種子をいかに密着させるかが重要であり、鎮圧のノウハウが大切。水が切れやすい土地の場合、土をグッと押さえる。逆に排水の悪い土地の場合、土を高め気味にして種子を落としていく。直播で減収しないためには、育種よりも、こうした栽培技術が重要という。

 (注) ヨーロッパの場合、播種機がよい。鎮圧は肥料のとき1回、蒔いたとき1回、そしてもう1回横から押さえ、土壌と種子の適切な密着を図る。押さえ方が微妙である。あまり固すぎてはいけない。これに対して、日本の播種機はローラー1個で押さえようとしている)。

 しかし、北海道の農家は、圃場によって条件は異なるにもかかわらず、単一の技術で一気にやろうとする。大きな機械で、短期間に、一気にやる。面積が広い、○月○日までに植え付けないといけないと、まるで強迫観念にかられた発想である。決して精密栽培とは言い難い。小麦や馬鈴薯は作業のスピードが重要であり、あまり精密な栽培を必要としない。それもあって北海道の畑作農業は全体として精密さを欠く。しかし、てん菜の直播は精密栽培が要求されるのである。
 てん菜の直播は危険な技術ではない。土壌、とくに土壌水分と砕土性、この2点が分かっていれば直播は危険な技術ではない。自分の圃場をよく知っていることが重要だ。本州の篤農は、圃場一筆ごとの性質が分かっている。
 ヨーロッパは、播種機が日本より良い。播種機構や鎮圧の工夫がよい。これを輸入して使用すれば播種精度が上がろう(発芽率が高まる)。ただし、播種機の調整はせず、その代わり土壌の条件をつくる方法もある。播種床の作り方の工夫である。デイスクで砕土したあと、土を押さえ気味にする。こうすると普通の播種機で蒔いても土壌と種子が密着し、水が供給される。播種機も重要だが、精密栽培という原点に戻り、ここに着目すべきである。
 近い将来、北海道も変化する可能性はある。WTO/FTA対応で価格引下げ予想が強いので、直播によるコストダウン(省力化)、しかも減収しない直播栽培に移行せざるを得ないので、北海道も精密農業に変わっていくであろう。逆に、直播の精密農業が出来ない農家は、価格低下のもとでは収益性が大きく低下していくので、離農の道を選択することになろう。そうなれば、精密農業が出来る残存農家が規模拡大し、コスト競争力を強めていく。
 筆者は20年前に「大規模精密農業」という概念を提起した。スペインのオレンジ農場(1,000ha)や米国の肉牛肥育農場(1箇所で20万頭)、カリフォルニアの水田(1枚12ha)などを見た上での結論だった。これに比べると、日本は「小規模粗放農業」であった。外国に学ぶべきことは学ぶべきであろう。
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5.道央・道南における直播栽培の普及

 江別市のビート栽培は9割が“直播”である。北海道糖業(株) 道南製糖所管轄では17%が直播である。道南管轄を除く北海道平均の直播の普及率は3.5%であるから、この動きは注目される。

・ 江別市のビートは直播9割
 JA道央農協は石狩支庁管内5農協が合併して出来たもので、北は空知、南は千歳までのタテ長型の地域にある。北部は日本海型気候、南部は太平洋型気候に属し、そのため稲作、畑作、野菜、花卉、酪農、畜産など幅広い生産を行っている。北部の江別市は水稲地帯、南部の恵庭市等は野菜が主体である。この水稲地帯で、北海道で一番新しいビート産地が出現し、しかも9割が“直播”である。
 江別市は、従来は水稲地帯であったが、転作作物としてビートを導入している。ビートそのものは早くから種子採集用としての栽培(移植)があったが、原料用のビートは少なかった。そこに直播栽培が奨励されたので、1997年(平成9年)から直播による原料用ビートの栽培が始まった。2003年現在、農家総数600戸のうち34戸がビートを栽培し、ビート作付け127haのうち105haは直播である。
 江別市の農業は20ha規模の輪作体系であるが、ビートの作付けは平均3.7haである。10a当たり単収は5.7トンである(移植の86%)。移植に比べ1トン低いが、直播は経費が安く、1トン分の収益差までつかない。比較的単収が高いのは、土壌条件がよい(排水性)こともあるが、従来ビートの栽培経験がなく、土壌が汚染されていないため、連作障害が起きていないためである。ただし、現在、短いサイクルで輪作しているので、このままいけば5〜6年後に影響が出てくる可能性がある。
 これに対し、千歳市、恵庭市は従来からビート栽培があるが、ここは移植が多い。ただし、千歳、恵庭もビートを新規に導入する農家は直播である。移植の時代は、育苗施設コストや労働力不足のため、ビート栽培は多くの農家で入らなかったが、直播が出てきたので輪作体系に組み込みたいとして、ビートを導入している。いずれにせよ、JA 道央農協地区では北部も南部も、直播の普及によって原料用ビートの生産が増大したといえよう。
 JA道央農協も、ビートの直播栽培を奨励している。直播は省力的なので、もう一品作物を手がけることが出来る。家族労働力を商品化できるという計算である。
 恵庭市の農家Mは、経営耕地20ha、うちビート作付け4.8haの篤農である(他に小麦5ha、豆類3ha、馬鈴薯1.5ha、野菜2ha、そば2ha、緑肥1haなど)。1978年(昭和53年)から転作としてビートを導入(移植栽培)し、輪作体系に組み込んでいる。農協の専務理事として農家に直播を指導する立場にあるため率先垂範の意味で、昨年(2003年)から直播に移行した。作付けは従来2.5〜3haであったが、直播移行にともない4.8haに拡大した。4.8haの播種は本人と息子の2人で、1日で終わる(しかも本人は補助的仕事)。移植の場合(2K),少なくとも8人で2日半かかる。直播の生産性は10倍である。息子は規模拡大を志向している。現状20haをあと10ha増やして30ha規模にする目標を持っている。
 M農家は、水稲時代は経営規模8.7ha、粗収入1,000万円(所得500万円)であったが、現在は10a当たり粗収入15万円、20haで売上は3,000万円以上ある。経営発展の画期は転作奨励金である。当時、転作奨励金だけで年間500万円もらえた。10年間で5,000万円の計算になる。そこで、M氏は全面転作し、これを投資に回した。多くの農家は転作奨励金をもらうだけで、将来を考えた投資をしなかった。そこが分かれ道であった。

・ 北糖(株) 道南製糖所管轄は直播17%
 道南地域は近年、直播が急速に普及した。従来、直播の比率は0.3〜0.4%であったが、1996年以降上昇に転じ、2003年現在の普及率は17%である(表6参照)。直播の技術も安定してきており、移植比75〜76%である(2003年は8割)。工場長の話によると、直播比率は5年後3割、10年後4割に高まる。機械の更新期を契機に直播が着実に広がると見ている。
 道南地域は、経営耕地面積は平均10ha程度と小さく(5ha未満が47%)、十勝の3分の1の規模である。ビートの作付けは15ha経営で3〜4haである。道南地区はもっと小規模で、経営規模7〜8ha、ビート作付け3haである。後志地区では馬鈴薯主体の輪作で、馬鈴薯、ビート、豆(大豆,小豆)、麦(一部)を2年半で回している。そのほか、ハウス園芸(トマト)、長いも、大根,ユリ根、葉菜類、人参、ゴボウ、等々、実に多様な作目を栽培している。そのため、春作業を軽度にするため、直播が奨励、導入された。
 工場長の話によると、もし直播がなければ、ビートはなくなっていただろうという。直播の導入により、農家はビート作付けの意欲が高まっている。2004年度の作付けは前年比100〜150ha増加とみている。作付けの増加分は直播であり、多くの農家が移植と直播の並行である。製糖工場としては、コストダウンのため、もっと原料が欲しい〔作付け面積が欲しい〕ようだ。今後価格が下がれば、農家のビート離れが起きかねないため、直播の指導を強化するという。
表6 道南地区のてん菜直播栽培の普及率
表6
(出所)北海道糖業(株) 道南製糖所の管轄糖区について。同社資料による。
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6.結び

 ビート農業は、急速な規模拡大とコストダウンの結果、価格引下げが可能となり、WTO/FTA対応が進んでいくと思われる。今回の調査で規模拡大それ自体が価格引下げに耐え得る要因となることを実感した。
 もちろんコストダウンも進むだろう。これまで価格が高水準に維持され、加えて規模拡大が進行したので、農家の所得は増大一途であった。そのため、コストダウン努力は弛緩していたはずである。価格が下がって初めて、コストダウン努力が強まろう。直播栽培への転換がコストダウンと規模拡大への必要条件である。農家の栽培管理技術の向上が決め手となろう。また、機械償却コストを削減するため、コントラ(受託組織)の活用も増えるのではないか。
 最近、農政改革の俎上に乗ってきた直接支払い(所得補償)制度も、こうしたイノベーションの過程を経て市場均衡価格に接近した段階で導入されるべきだろう。
 最後に、製糖工場について一言触れたい。工場の合理化は大幅に進んだ。例えば、日甜(株) 芽室製糖所の場合、従業員数は1996年の220人から、2003年は143人に減少した。ホクレン中斜里製糖工場は、かっては250人もいたが、現在は100人である。合理化努力は大きいといえよう。今、製糖工場経営の一番の問題は、製糖会社が単なる工場オペレーターになっていることである。政府が価格を決め、量(指標面積)も農業団体によって決められており、会社は関与できない。経営不在である。国際化時代への対応が求められている今日、この点の改善が望まれる。
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「今月の視点」 
2004年4月 
「菓子と砂糖のおいしい関係」(1)
 菓子愛好家(菓子ライター&コーディネーター) 村山なおこ
北海道ビート農業新時代
 拓殖大学国際開発学部教授 叶 芳和


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