1) 出芽率の向上
図1 凸型鎮圧輪(左2列)と 平滑鎮圧輪(右)
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てん菜直播には他の作物種子も播種できる総合施肥播種機が最も普及している。この総合施肥播種機は元来、豆用に作られたものであり、てん菜のような小粒種子の点播には適していなかった。そこで、総合施肥播種機を改良することによって、てん菜の出芽率を高めようとする試みが平成4年から開始された。てん菜のコーティング種子は直径5mmと小さいので、豆類などに比べ、種子周辺から発芽のための水分供給が難しい。そこで土壌を鎮圧することで、種子周辺土壌から毛管水の供給を円滑にすることを検討した。通常、総合施肥播種機には幅230mmの平滑鎮圧輪が取り付けられているが、鎮圧力を高める方法として凸型鎮圧輪を供試した(図1)。凸型鎮圧輪は慣行の平滑鎮圧輪に凸型のゴム被覆が施されているもので、凸部の幅は50mm、高さ30mmである。慣行の平滑鎮圧輪に比べ、凸型鎮圧輪は出芽率が10ポイント向上し、その効果が認められた。しかし、凸型鎮圧輪によって播種後の土壌表面が凹部になり、強風が吹くと土粒子がそこに溜まり、出芽率が低下した。
平成11年からはこれらの試験結果を受けて、鎮圧輪の改良を行った。それとともに出芽率を確保するための播種前の砕土率についても検討を行った。
図2 左:平滑鎮圧輪、中:狭幅鎮圧輪(115mm)、 右:狭幅鎮圧輪(90mm)
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鎮圧輪は鎮圧力を増すために慣行230mm幅に比べ、幅の狭いグレンドリルの鎮圧輪(幅115mm)、カルチベータの接地輪(幅90mm)が供試された(図2)。土中に圧力計を設置し、それぞれの鎮圧力を測定してみたところ、幅115mmおよび90mmの鎮圧輪は慣行鎮圧輪の鎮圧力の2倍以上を有していることがわかった。また、土壌別に鎮圧輪が出芽率に及ぼす影響を調査した結果、火山性土や粘質系沖積土に効果があることが明らかになった(図3)。
播種前の砕土状況を土塊径割合で調査し、出芽率との関係を調べた結果、土塊径5mm未満の割合が60%前後の農家が多く(図4)、また、目標出芽率85%に達するには、土塊径5mm未満の割合が60%以上必要であることが明らかになった。個々の農家が土塊径割合を調査することはないが、経験上、砕土状況と出芽の関係について把握しており、得られた結論と現状とがほぼ一致していた。
2) 収穫精度の向上
図5 国産ビートハーベスタ 掘り取りブレード
左:標準刃 中:石礫地用 左:粘質地・石礫地用
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移植てん菜は苗を苗床から取り上げるときに根が切断されることでストレスを受け、定植後も下方より横方向の成長が大きい。しかし、直播てん菜は根が切断されてないので下方へ成長し、移植てん菜より根部が長くなる。したがって直播てん菜を移植てん菜と同じ条件(作業速度や掘り取り深さ)で収穫すると、根が切断され、掘り残し損失量が増加することになる。
そこで直播圃場において国産収穫機の掘り取りブレード3種(図5)と作業速度の関係を調べた。左が標準刃、中が石礫地用、右が粘質地・石礫地用である。掘り取り時にはてん菜とブレードの間に土が挟まり、それがクッションとなることで、てん菜とブレードが接することなく収穫できる。ところがブレードの長さが短い石礫地用や粘質地・石礫地用ブレードはてん菜とブレードの間に挟まる土量が少なくなる。加えて、作業速度が大きくなると、その土量がさらに少なくなり、てん菜とブレードが接し、切断の可能性が大きくなる。調査結果からは標準刃が1.9m/s、石礫地用は1.7m/s、粘質地・石礫地用は1.5m/sを超えると掘り残し損失が増えたことから、これらの作業速度が限界値であると判断した。
図6 てん菜直播栽培 マニュアル
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3) てん菜直播栽培技術体系
平成12年に暫定基準が策定されたが、平成15年にはこれら播種や収穫に関する技術、狭畦栽培など新たな知見を加え、暫定が除かれ、正式な栽培技術体系として北海道で承認された。さらに平成16年1月には全層施肥や分施などの新たな施肥技術が加わり、北海道てん菜協会より「てん菜直播栽培マニュアル2004」(図6)が発行された。
図7 土壌流亡によって裸地化したてん菜畑 (プラウ耕)
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ドイツも北海道同様、農家戸数が減少し、一戸あたりの作付面積が増加する傾向にある。訪問したある農家は400haの畑を所有し、てん菜だけでも100haを栽培していた。このような大規模農家では作付面積が増加すると、作業行程が一行程増えただけでも生産コストが大きくなる。不耕起栽培法が導入された背景はその重要性の大きい順に (1) 生産コストの削減、(2) エロージョン対策、(3) 出芽率の向上が挙げられる。
ドイツのてん菜作付け農家の一般的な輪作体系は麦類(春播き小麦、大麦など)、麦類(秋まき小麦)、てん菜の3年輪作であり、てん菜播種前の麦収穫後には緑肥を栽培することもある。緑肥栽培の前後でプラウ耕を行うが、これらのプラウ耕を省略することが可能であれば、耕盤層の発達を防ぐとともにコスト削減にもつながる。
また、プラウ耕を行った畑は降雨による土壌流亡(図7)や風害といったエロージョンを起こしやすい。不耕起栽培法では前作残渣を土壌表面に残すことでエロージョンを防ぐことができる。
ドイツでのてん菜の栽培法は4つに区分され、(1) 「コンベンショナル ティレッジ」は慣行法であるプラウ耕(耕深35cm)後に砕土整地、播種を行う体系がある。省力耕法(コンサベーション ティレッジ)はプラウ耕を行わず、チゼルプラウなどによる簡易耕である。そのなかで耕深20cm程度の作業体系を (2) 「ルースニング」(図8)、10cm程度を (3) 「フラット ルースニング」と称している。また、麦の収穫後に直接播種する体系もあり、(4) 「ダイレクト ドリリング」と称しているが、特殊な播種機が必要のほか、収量も他の耕法の3割以下に低下するので、普及面積は小さい。
図8 簡易耕によるてん菜圃場
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図9 マルチ(シロカラシ)栽培によるてん菜
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図10 播種機に取り付けられた カッティングディスク
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前作に緑肥を栽培し、簡易耕によって緑肥の残渣を表層土壌に混和する作業体系を (4) 「マルチング」(図9)と称しており、この場合の緑肥は今までの研究から「シロカラシ」が最適であるという結果がある。シロカラシは冬期間に枯れるので、チゼルプラウなどで容易に土壌混和ができる。その後の砕土整地作業は砕土状況をみながら、コンビネーションハローやロータリハローなどで適宜対応している状況である。ただし、フラットルースニングでは土壌表面に残っている残渣量が多いので、通常の播種機では播種精度が低下する。そこでカッティングディスク(図10)により残渣を切断しながら溝を形成し、そこに播種する構造の播種機が使われている。
シロカラシの茎は麦稈と類似してストロー状になっている。これが土壌表層に混和されていることで、水分の蒸散を減少させる(図11)。表層の土壌水分を維持することで、強風による土粒子の飛散(風害)を防ぐことができる。また、降雨による土壌流亡が大きいところではシロカラシの残渣が表面水の流速を低下させ、土壌に混和している残渣が、下層への浸透を促す働きがある。
図11 シロカラシの残渣
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ここ数年間では不耕起栽培はプラウ耕を伴なった慣行体系と同等かそれ以上の収量を得られている。また、これら不耕起栽培による燃料費および人件費は慣行に比べ、10〜30%削減できたという報告もある。
ドイツでは不耕起栽培はエロージョンを防ぎ、農地を保全できることから、政府が不耕起栽培を推奨しており、実施農家には補助金が交付されている。さらに、土壌中の昆虫が増加することで、野鳥などの生息環境が改善されるといったエコロジカルな評価もされている。
一方、日本と同様、砂糖関税の引き下げによって原料価格の低下が危惧されており、生産コストの削減が強いられている。このような背景もあり、不耕起栽培の割合は年々増加し、現在はてん菜栽培面積のおよそ1/4を占めている。
筆者らは秋播き小麦の不耕起栽培試験をここ数年実施してきた。北海道での冷涼、湿潤な気候では、不耕起栽培をすると慣行に比べ、湿害を被りやすいことが明らかになった。このこととドイツとの気象や土壌の違いを考慮すると、北海道にそのまま不耕起栽培を導入するにはかなりリスクを伴なうことになる。
しかし、風害などの自然災害を回避するうえで、土壌条件の選択、排水対策などを講じれば、北海道にも適応できる技術であると考えている。