上/メープルシュガー 下/椰子糖
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料理人にとってそれは塩であるように、パティシエ(菓子職人)にとって砂糖はなくてはならない味の要。ひと口に甘味料と言っても様々な種類があり、今回は菓子作りに欠かせない砂糖の基礎知識から触れてみよう。まず、砂糖はフランス語では「シュクル」英語では「シュガー」と呼ぶ。果物からとれる果糖(フラクトース)やデンプンからとれるトレハロースなど様々な糖類があるが、砂糖の主成分は蔗糖(シュクロース)。主な原料は、サトウキビ(甘しゃ)が約6割、甜菜(砂糖大根、ビート)が約4割占める他、一部、椰子や楓(メープルシュガー)からも採取される。メープルシュガーはカナダや北アメリカの楓の原生林の樹液から作るため生産量も少なく高価であったが、ここ数年来、菓子店でもメープルシュガーやシロップを使ったプリンや焼き菓子が売られ、手軽にその風味を味わえるようになってきた。「メープルの独特な強い甘みが、むしろ菓子の個性に」というパティシエの声も聞かれるほどだ。
製造工程においては、分蜜糖(糖汁を煮詰めて結晶と糖蜜を振り分け、結晶だけを取り出したもの)と含蜜糖(糖汁を煮詰め、糖蜜分を含んだまま固めたもの)に分けられる。前者は、一般的に多く使われるグラニュー糖、上白糖などがあり、後者はサトウキビから採取する黒砂糖や先に触れた楓の樹液を煮詰めて結晶化したメープルシュガーなどがある。では実際に菓子によく使われている砂糖類について触れてみたいと思う。
グラニュー糖
サラサラした細かい結晶で、純度が高くクセのない淡白な甘みをもつ。吸湿性も低いため飴細工など菓子作り全般に最も多用される。結晶状を生かし、リーフパイやクッキーにまぶして焼いたり、揚げたてのドーナッツにまぶす使い方もある。さらに冷たい水やバターなどに混ぜたときに溶けやすいタイプとして、約1/6の微細粒グラニュー糖が菓子に多用されている。
シュークル・ペルレを使ったベルギーワッフル
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ひと頃、97年頃に東京で流行り始めた(大阪では86年〜)、路上で焼きたてを売る甘い香りのベルギーワッフル(リエージュ風)をご記憶だろうか。このワッフルに使われている砂糖はグラニュー糖を原料とするシュークル・ペルレ(主にベルギー産)と呼ばれる丸型、大粒のもので、パールシュガーとも呼ばれている。ワッフルの生地に混ぜて焼くと一部は溶けてカラメル状になり甘い香りを放つが、砂糖の塊が溶けきれずに残り、その甘さとカリッとした歯触りが何ともいえない旨味となる。今思えば、行列してでも食べたい!と願うベルギーワッフルは、立ち食いで熱々を頬ばる楽しさと独特の砂糖使いに魅力があったのだ。またこの溶けにくい性質を生かし、フランス菓子のシュー菓子「シューケット」にまぶして焼き、甘みだけでなく飾りとしても使われている。
この他、グラニュー糖を原料にした国産品で、あられ糖があるが、シュークル・ペルレとは製法が異なる。
上白糖
真っ白で光沢がありキメの細かい結晶をもつ。転化糖が添加されているためしっとりし、グラニュー糖よりも蔗糖の純度は低いがやや甘味とコクを感じる。ヨーロッパではほとんど見られないタイプで、日本で使われる砂糖の半分以上を占める。吸湿性が高いので湿気に弱い飴細工やキャンディーなど飴菓子などには不向きである。
白双糖
蔗糖の純度が最も高く、グラニュー糖よりも大きな結晶体をもつ。クッキーやシュー生地のトッピングに用いたり、吸湿性が低いのでドラジェやキャンディーなど砂糖菓子(コンフィズリー)にも用いる。
粉砂糖
グラニュー糖を粉砕し微粉末状にしたもので、吸湿を防ぐために市販品は1〜2%のコーンスターチが添加されているが、無添加のものは純粉砂糖として売られている。粒子が細かく溶けやすいので、生クリームを泡立てる時や水で溶いてアイシングにしたり、卵白と練ってグラス・ロワイヤル(シュガーペースト)としてケーキをカバーしたりデコレーションに使われる。また、シュークリームなど菓子の表面に振りかけて飾りにもするが、時間が経つと濡れた感じ(泣いてくる)になるのでそれを解消したブドウ糖や乳化剤を添加したタイプもプロの菓子作りでは用いられる。
黒砂糖
サトウキビの絞り汁を煮詰めたもので、黒褐色で精製されていないため特有の風味と甘みをもつ。蔗糖純度は低いがミネラルは豊富。アクも強くクセがあるが、淡白な生地と合わせたり、黒みつソースとして味のポイントにする使い方もある。
カッソナード
カッソナードを焦がしたクレーム・ブリュレ
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サトウキビから作る含蜜糖の一種で、精製されていないため独特の強い香りとラム酒にも似た風味をもつ。フランスの高級レストランのデザートとして広まり、日本でもすっかり定着したデザート菓子「クレーム・ブリュレ」の味の決め手は実はこの砂糖にある。いわば、クレーム・ブリュレは生クリーム入りの濃厚なカスタード風プリン。その上にカッソナードをたっぷりまぶして、表面をバーナーでこんがりと焦がし(カラメリゼ)、パリッと香ばしい甘味に仕上げたものだ。数年前に公開されたフランス映画のワンシーンで、少女がクレーム・ブリュレの表面の砂糖をスプーンでパリンと割るおいしそうなシーンも記憶に新しい。フランスではこの他に、ヴェルジョワーズといわれる甜菜(ビート)を原料にした褐色の砂糖が使われる。北フランスは甜菜(ビート)の産地でもあり、特にヴェルジョワーズを使う砂糖のタルト(タルト・オ・シュクル)は有名である。尚、昨今はこのヴェルジョワーズが日本でも入手可能となり菓子にコクを与えるなど新たな素材として注目が高まりつつあり、プリンやスポンジ生地にコクを与える使い方も見かける。
和三盆
徳島県(阿波)と香川県(讃岐)の特産となっている。糖汁を煮詰めた粗糖の塊(白下糖)に水を加え練りながら、糖蜜を圧搾、除去を繰り返し天日で乾燥。結晶が細かく、上品な甘味や香りとともに口の中でサッと溶ける特徴がある。白下糖から、わずかしか取れず、和菓子の材料として珍重され、型に詰めて打ち物など高級干菓子に多用される。また夏場には水羊羹などにも使われる。そう、以前取材中に、こんな光景を目にしたことがある。手焼きせんべいの店では、うなぎ屋さん秘伝のタレのように、付け焼きのしょうゆだれに拘りをもつ店があり、私が訪れた高級せんべい店では醤油との相性を考え、白下糖を隠し味に加え、ほんのりと甘みを醸し出していたのである。
転化糖
砂糖の成分は主に蔗糖(シュクロース)のほか、水分、ミネラル、転化糖だが、この転化糖は単独でも菓子に用いられることがある。これは、砂糖に酸や酵素を加え加水分解させてできた果糖とブドウ糖の混合物。甘味が強く結晶化しにくい作用があり、アイスクリームやジェラートなどに用いると滑らかな食感が得られる。このため、砂糖の一部を転化糖に置き換えて氷果に使う菓子店も多い。また、保湿効果を生かし、トリュフなどひと粒チョコレートに詰めるガナッシュクリームに用いたりスポンジケーキに入れて柔らかな品質を保つことも。他にアミノ酸と反応して「焼き色をつける」という性質もあり、焼き菓子などにも使われる。尚、天然の転化糖としては、はちみつが知られる。
砂糖以外の甘味
デンプンを原料にした糖質のトレハロースは、ここ10年の間に菓子作りにも浸透している。小麦粉などデンプンの老化や油脂の変敗を防ぐため砂糖の一部を置き換え、バターやアーモンドがたっぷり入った焼き菓子に使われる。他、メレンゲの気泡の安定、甘味度が砂糖に比べて約45%とあって低甘味化にも利用されている。尚、褐変を起こさないので色をつけたくない菓子などにも向いている。
同じ種類の2種類以上の呈味を混ぜるとより強く味を感じることがある。例えば、昆布だしをそのまま用いるよりも鰹節だしを加えることでグンと味に深みが出ることがあるように、甘味の場合も蔗糖と合成甘味料を混ぜると甘味が強く感じるなど相乗効果があるといわれている。一方、おしるこやスイカなど甘いものに塩を加えて食べることがある。子供の頃「甘くなるから塩を入れて」と母の声に耳を傾けて食べてみると本当に甘味が増して不思議に思えたものだ。これは、わずかに塩を加えることで主たる甘味を引き立て、味がひきしまってくる対比効果を利用した智恵なのである。
焦げた砂糖が香ばしいクイニー・アマン
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日本のフランス菓子店の場合も、こうした対比効果を生かしたテイストが見られる。ひと粒チョコレートのボンボン・ショコラに塩をアクセントに効かせたり、飴菓子のキャラメルやバタークリームに有塩バターを使ってコクを出し、これを個性にしている店もある。ちょうど98年頃に日本でブームとなったフランスのブルターニュ地方菓子の「クイニー・アマン」も甘味と塩味のハーモニーが何とも印象深い菓子だ。海に囲まれたブルターニュは、海水から作る塩を入れた有塩バターが特産であり、ゲランド産の塩自体も知られている。この地域では菓子にはほとんど有塩バターが使われ、このクイニー・アマンもその一つだ。日本では有塩バターを生地に折り込む、あるいはパン生地に塩を添加する手法が見られ、仕上げに砂糖をたっぷりとまぶして焼くため、周りは砂糖が焦げてカリッと甘味がじーんわり。噛むほどにバターの香りと塩気がほんのりと広がり豊かな風味に包まれる。そして、甘さにキレもある。そう、わずかな塩は甘さに深みを与え、おいしさに一役かっているのだ。