[2004年9月]
千葉大学大学院薬学研究院
教授 戸井田 敏彦
助手 酒井 信夫
要約
幼いころに甘いもの(砂糖)の摂取制限を受けた子供たちの中に、情緒不安定(いじめ)、アトピー、喘息などの症状が多く見受けられるような漠然とした印象を受けていた。一方で、経口摂取する食物が腸管粘膜上皮、すなわち消化管の表面に存在するリンパ球*に影響を与え、例えばカゼを引きやすい、下痢をしやすい、アレルギー症状が強く出るなどの個人の体質に大いに反映されることが最近明らかになってきた。確かに好き嫌いがなく、何を食べても美味しく、大量に食する人に、虚弱体質などは無縁である。健康だから大食なのか、大食だから健康なのか答は難しいが、食物によって刺激を受けたリンパ球が、サイトカインという多様にして様々な細胞分化誘導活性をもつ情報伝達物質の一群を産生し、産生したリンパ球自身を、あるいは他のリンパ球の分化誘導を左右することが明らかになってきたのである。
リンパ球は、生体の免疫系に関わる重要な細胞群で、抗体*の産生、細菌の貪食など、生体外異物に対する防御機構として最も重要な機能を担っている一つである。このリンパ球のうち、体質を左右する機能を持つことが知られているT細胞*の分化に及ぼす砂糖の影響を、マウスの脾細胞から未分化なリンパ球を取り出し、培地に砂糖を加え、産生されるサイトカイン類を指標に調べた。その結果、砂糖は未熟なリンパ球のヘルパーT細胞*への分化を促進し、結果としてアレルギー体質を改善する可能性が明らかになった。今後さらに詳細に調査することによって、健康を増進する砂糖の効果が期待できる。
1.緒言
生命の維持には、遺伝子、生体内物質、 細胞レベルでの複雑なネットワークによって正と負の恒常性*が保たれ、巧妙に制御されている。特に、神経系、内分泌系、免疫*系は、生体が外部、内部環境の変化に応じて体内の恒常性を維持する機構として重要であり、相互に密接に関連していることは以前から予想されていた。また、神経あるいは内分泌系の恒常性については古くから研究が行われ、その分子機構、すなわち神経伝達物質、ホルモンおよびこれらの受容体についてもかなり明らかにされているが、免疫系におけるバランス維持に関する研究は、“感染し易い体質”というような曖昧な言葉で片付けられ、その実体については不明であった。しかし、最近、免疫調節に重要なヘルパーT細胞には数種類の細胞が存在して、それらの細胞が産生するサイトカイン類のバランスによって細胞性免疫*と体液性免疫*が制御されていることが明らかにされている。この免疫バランスは“Th1/Th2バランス*”という言葉で呼ばれており、そのバランスの不均衡によって数々の免疫性疾患が発症することが知られてきている。図1に示すように、Th1/Th2バランスの制御は主に、T細胞の抗原*認識過程でT細胞や抗原提示細胞から産生されるサイトカインによって制御されている。しかし、最近では、Th1/Th2バランスが遺伝的に支配されていることや、神経系とも連動していることが報告されてきている。従って、Th1/Th2バランスは免疫制御の中枢として位置付けられ、それが神経、内分泌系とも関係して、病気の発症を制御する重要な因子と考えられることからTh1/Th2バランスの制御機構の解明は、免疫性疾患の発症原因を考える上において必須な課題であるといえる。
Th1/Th2バランスは、癌、感染症、アレルギー、自己免疫疾患、動脈硬化、ストレスと免疫、妊娠免疫、移植免疫など、列挙しきれないほどの分野において重要な因子である。そこで本研究は、卵白アルブミンを投与して即時型アレルギーを惹起させたマウスの脾細胞をin vitroにおいて抗原(ショ糖)存在下培養し、培養上清中に産生されるサイトカイン量を指標として、ショ糖の全身性免疫機構に及ぼす影響を評価した。ショ糖を摂取することにより免疫系、すなわち体質の変換が図れるかどうかの可能性を探る研究である。
Figure 1. Overview of Th1/Th2 balance. |
2.実験方法
実験動物
実験は全て雌性BALB/cマウス6週齡(日本SLC)を用い、1週間以上千葉大学大学院薬学研究院の動物舎において予備飼育した後、実験に供した。予備飼育から実験中を通して23±2℃、湿度55±5%に保たれた環境下チップゲージで飼育し、食餌(CRF-1、オリエンタル酵母)、0.1%ショ糖及び水は全て自由摂取とした。
免疫計画
卵白アルブミン(OVA)20μg及びALUM 2 mgを400μLの生理食塩水に溶解し、マウスに腹腔投与(1次免疫)し、14日後に同量の投与(2次免疫)を施し、翌日に脾臓を摘出した。本研究では1次免疫の7日前より0.1%ショ糖を任意に摂取させた。対照群には同様に水を摂取させた。
脾細胞の採取・培養法
脾細胞の採取
抗原感作後、血清中抗原特異的抗体価の上昇を確認した後に脾臓を摘出した。摘出した脾臓を滅菌シャーレ中 Complete 培地内で脂肪などを洗浄した後に細断し、更に70μmセルストレイナー(FALCON,352350)で濾して細胞を懸濁させた。シャーレ中の脾細胞懸濁液を滅菌チューブに移し、1600xg、4℃、5分間遠心分離で2度洗浄した後に血球計算板で生細胞数を計数し、5x 106 cells/mLに調製した。
サイトカインの定量
測定は、PharMingen社のOptEIA™ Setを用いて行った。
抗マウス各種サイトカインモノクローナル抗体を固相化緩衝液(0.1M carbonate, pH 9.5もしくは0.2M sodium phosphate, pH 6.5)で至適濃度に希釈し、96 well マイクロプレートに100μL/well 加え、4℃で一晩静置して1次抗体を固相化した。固相化の後に well 内を洗浄し、共雑物をブロッキングするために10%FCS含有PBSを200μL/well 加え、室温下1時間静置した。ブロッキングの後に well 内を洗浄し、脾細胞培養上清を100μL/well 加え、室温下2時間静置して、1次抗体と上清中サイトカインを抗原抗体反応させた。抗原(1次)抗体反応の後に well 内を洗浄し、ビオチン標識抗マウス各種サイトカインモノクローナル抗体及びアビジン標識HRPを10% FCS含有PBSで至適濃度に希釈し、100μL/well 加え、室温下1時間静置して1次抗体と結合したサイトカインと2次抗体を抗原抗体反応させた。抗原(2次)抗体反応の後に well 内を洗浄し、酵素反応の基質として、TMB及び過酸化水素混合液を100μL/well 加え、暗中室温下30分間反応させた。酵素反応の後に1Mリン酸50μL/well 加え反応を停止させ、450 nmの吸光波長を紫外可視マイクロプレートリーダー(SUNRISE Thermo, TECAN社)を用い、エンドポイントで測定した。サイトカイン量は濃度既知標準品を用いて検量線を作成して定量した。
脾細胞培養
細胞懸濁液を2mL/well で24穴プレートに加えた後、OVAを最終濃度100μg/mLとなるように添加し、37℃, CO
2 濃度5%の条件下にて培養した。72時間後にwell中の脾細胞及び上清を滅菌チューブに回収し、1600 xg、4℃、5分間遠心分離で上清を採取し−80℃で保存した。
3.結果と考察
ショ糖の経口投与によるサイトカイン産生能へ及ぼす影響を検討するため、ショ糖を任意で経口摂取させたマウスの脾臓を2次感作後に摘出してOVA存在下(最終濃度100μ/mL)で培養し、培地中に産生される各種サイトカイン、つまりTh1型としてINF-γ及びIL-2を、Th2型としてIL-5及びIL-10を対象にELISAで定量した。結果をFigure 2に示す。
その結果、水を経口投与した抗原感作マウス(Control)の培養脾細胞と比較して、ショ糖経口投与マウスの培養脾細胞はTh1型サイトカインであるIFN-γ*及びIL-2の産生には変化が認められなかったものの、Th2型サイトカインであるIL*-5産生を有意に抑制することが明らかとなった。また有意差は認められなかったがIL-10産生も抑制傾向を示した。
今回の結果は、ショ糖の経口投与によるヘルパーT細胞の分化誘導、すなわち全身性免疫系への効果を調べ、対象群と明らかな差異が見出された。ショ糖の日常的な摂取が体質改善に役立つ可能性が示唆された。今後実験的アレルギー症状、すなわち抗原感作によって上昇するIg*E量、あるいは関節炎等の炎症に対するショ糖の経口投与が実際に影響するかどうかなど、さらなる興味がもたれる。
Figure 2. Effects of sucrose on the cytokine production of murine splenocytes in vitro. |
〔専門的な語句の説明〕
サイトカイン:細胞という意味の「サイト」と、作動因子という意味の「カイン」の造語で、1969年、感作リンパ球を抗原で刺激したときに放出される物質をリンフォカインと呼んだのが、この方面の研究の始まりである。その後の研究によりサイトカインにはインターロイキン(IL)、増血因子、増殖因子などいろいろなものが含まれるようになった。
当初サイトカインの機能は免疫系の調節、炎症反応の惹起、抗腫瘍作用などが中心でしたが、最近では細胞増殖、分化、抑制といった生体の恒常性維持に重要な役割を果たす物質であることが明らかになった。遺伝子操作技術の導入により、サイトカインのヒト疾患の病態形式での役割が明らかとされ、その結果、サイトカインを標的とした治療法が考えられている。
リンパ球:白血球の一種。骨髄で作られ、胸腺3リンパ節・脾臓で分化・増殖する。運動性や食作用は弱いが、大食細胞と協同して抗体を産生し(B細胞ともBリンパ球とも呼ばれる)、または細胞性免疫および免疫機能調節を担う(T細胞ともTリンパ球とも呼ばれる)。
抗体:抗体とは、異物である抗原が体内に入ることによって免疫反応を起こし、抗原と特異的に結合する性質を持つものの総称。
T細胞:T細胞は胸腺で教育されて分化するため、胸腺(Thymus)の頭文字を取りT細胞と命名された。T細胞はその機能によって、免疫応答を促進するヘルパーT細胞、逆に免疫反応を抑制するサプレッサーT細胞、病原体に感染した細胞や癌細胞を直接殺すキラーT細胞などに分類される。
ヘルパーT細胞:T細胞から分かれてできたヘルパーT細胞は、キラーT細胞やB細胞、マクロファージが活発に働くような物質を出す細胞。キラーT細胞、B細胞やマクロファージに病原菌を殺すように指令を出す。
恒常性(ホメオスタシス):生物の体内諸器官が、外部環境(気温・湿度など)の変化や主体的条件(姿勢・運動など)に応じて、統一的、合目的に体内環境(体温・血流量・血液成分など)を、ある一定範囲に保っている状態、および機能。哺乳類では、自律神経と内分泌腺が主体となって行われる。その後、精神内部のバランスについてもいうようになった。
免疫:生体が疾病、特に感染症に対して抵抗力を獲得する現象。自己と非自己を識別し、非自己から自己を守る機構で、脊椎動物で特に発達、微生物など異種の高分子(抗原)の体内への侵入に対して、リンパ球、マクロファージなどが働いて特異な抗体を形成し、抗原の作用を排除、抑制する。細胞免疫と体液性免疫とがある。
細胞性免疫:侵入した抗原を貪食したマクロファージの抗原提示にはじまり、ヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞のコントロールのもとに、特定の抗原とだけ反応するエフェクター細胞、あるいはその抗原と直接対抗するキラーT細胞ができて、外敵を攻撃、排除する。
液性免疫:抗原が体内に侵入すると、まずマクロファージがこれを食べ無害化するとともに、その抗原の一部を細胞表面に突きだす(抗原提示)。提示された抗原に対応するT細胞がこれをとらえ、B細胞に抗体産出の指令を出す。指令を受けたB細胞は抗体を作る細胞(形質細胞)になって抗体産出を開始し、血液中に放出する。
この際、B細胞に抗体産出を指令するT細胞をヘルパーT細胞といい、抗体産出を抑制するT細胞をサプレッサーT細胞という。
Th1/Th2バランス:ヘルパーT細胞は分泌するサイトカインによって二つに分かれる。Th1は、抗原と反応するとγーインターフェロンやIL-2(インターロイキン2)といった細胞性免疫を制御するサイトカインを分泌する。一方、Th2は液性免疫を制御するIL-4、IL-5、IL-6などを分泌し、主としてB細胞の抗体産出を補助する。これらヘルパーT細胞のバランスを言う。
抗原:抗原とは、生体内にはいると抗体を作る性質をもち、生体内または試験管内で抗体と特異的に結合する性質を持つ物質。細菌、毒素、異種タンパク質など生体にとって異物的な高分子物質が抗原として作用する。
インターフェロン-ガンマ(IFN-γ):インターフェロンは人間等がウイルス感染を受けた時などに体の中で作るタンパク質の一種。インターフェロンの種類は、現在までにα(アルファ)型、β(ベータ)型、γ(ガンマ)型の3種類がある。それぞれの性質は少しずつ異なるが、主な作用として抗ウイルス作用、免疫増強作用、抗腫瘍作用などがある。
インターロイキン(IL):リンパ球やマクロファージなど、免疫担当細胞が産生するサイトカインの1種。細胞の活性化、分化、増殖、および細胞間の相互作用などに関与している。現在、20種以上が同定され、慢性関節リウマチ(IL-1)、アレルギー疾患(IL-5)など、さまざまな病態との関与が示唆されている。
イムノグロブリン(Ig):抗体タンパク質の総称。抗体はタンパク質としてはイムノグロブリン(Ig)に属する。イムノグロブリンにはG(IgG),M(IgM),A(IgA),D(IgD),E(IgE)のクラスがある。
〔引用文献〕
1. T. R. Mosmann, H. Cherwinski, M. W. Bond, M. A. Giedlin and R. L. Coffman, Two types of murine helper T cell clone. I. Definition according to profiles of lymphokine activities and secreted proteins. J. Immunol., 136, 2348-2357 (1986).
2. T. R. Mosmann, R. L. Coffman, TH1 and TH2 cells: different patterns of lymphokine secretion lead to different functional properties. Annu. Rev. Immunol., 7, 145-173 (1989).
3. T. R. Mosmann, R. L. Coffman, Heterogeneity of cytokine secretion patterns and functions of helper T cells. Adv. Immunol., 46, 111-147 (1989).
4. G. DelPrete, The concept of type-1 and type-2 helper T cells and their cytokines in humans. Int. Rev. Immunol., 16, 427-455 (1998).
5. V. K. Singh, S. Mehrotra and S. S. Agarwal, The paradigm of Th1 and Th2 cytokines: its relevance to autoimmunity and allergy. Immunol. Res., 20, 147-161 (1999).
6. J. P. Viola and A. Rao, Molecular regulation of cytokine gene expression during the immune response. J.Clin.Immunol., 19, 98-108 (1999).
7. D. Sredni-Kenigsbuch, TH1/TH2 cytokines in the central nervous system. Int. J. Neurosci., 112, 665-703 (2002).