[2004年1月]
県立広島女子大学生活科学部健康科学科 医学博士 加藤 秀夫
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【はじめに】
摂取した糖質は、腸管から吸収され門脈を経てまず肝臓、そして全身へと輸送される。体内の糖質は、各組織でエネルギー源として供給された後、肝臓と筋肉にグリコーゲンとして貯えられる。肝臓のグリコーゲンは、血糖を常に一定に保ちながら、体内のあらゆる組織に糖を供給している1)。成人の脳では、1日に約120gものブドウ糖を消費するため、空腹時には肝臓グリコーゲンから持続的にブドウ糖が供給される2)。肝臓グリコーゲンからのブドウ糖の補給は5〜6時間ぐらいしか維持できないので、この計算によると1日3食を摂ることが理にかなっている。しかも、肝臓グリコーゲンはエネルギー源としてだけでなく、肝臓の様々な代謝と機能を維持する生理的役割を果たしている。
筋肉のグリコーゲンは、血糖維持には全く寄与せず、主に筋線維の活動機能に利用されており、スポーツ活動のエネルギー源として貢献している1)。このことから、健康管理と生活の質を高めるために、肝臓および筋肉のグリコーゲンは日頃から高く維持しなければならない。これまで、糖質を中心とした食事は、運動により枯渇したグリコーゲンの回復に効果的であることが知られている3)。
しかし、いつ、どのような種類の糖質を摂取することが生理的に最も有効であるのかはほとんど知られていない。この点を明らかにするために、肝臓および筋肉のグリコーゲン合成における代謝リズムと、摂取する糖質の種類によってグリコーゲン合成能が異なるのかを調べ、その合成メカニズムを検討した。
糖質の中でも砂糖は、過剰摂取すると肥満4)5)や虫歯になりやすい6)などから健康によくない食品のイメージが強く、近年、砂糖の代わりに、エネルギーの低い人口甘味料に移行する傾向がみられる7)。しかし、砂糖は古くから調味料として広く利用されている。これまで砂糖は、肥満や糖尿病の元凶であると指摘されてきたが、1997年4月にFAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機構)は、「砂糖の摂取が行動過多や糖尿病に直接結びつく事はない。」「砂糖摂取が肥満を促進する事はない。」と公表した8)。これらの再検討や見直しから、砂糖は摂取する量9)とタイミング10)を工夫することで、体脂肪の増大とは逆に肝臓や筋肉の機能に良い効果をもたらすと考えられる。
ここでは、肝臓と筋肉でのグリコーゲン代謝リズムと摂食について調べ、肝臓では摂取する糖質の種類によりグリコーゲン合成能が異なり、特に砂糖による著しい合成増加が認められた11)。
【肝臓および筋肉グリコーゲンの日内リズムと摂食】
高等動物には生活環境の変化に適応するために生体リズムが備わっており、自律神経や内分泌などの生体調節システムを介して生命活動を維持している。生体リズムのなかでも日内リズムは、一日3回の食事摂取と密接な関係があることから、摂食サイクルに連動するグリコーゲン合成に注目し、その日内リズムの発現様式を調べた。
肝臓グリコーゲンは摂食による典型的な日内リズムを形成し、肝臓グリコーゲンの合成と分解の双方によって血糖を一定に調節している(図1)。
筋肉のグリコーゲンは、遅筋線維のヒラメ筋では、摂食で増加する日内リズムを示し、速筋線維の腓腹筋と長指伸筋でははっきりとした日内リズムが認められなかった(図2)。ヒラメ筋グリコーゲン合成のピークは、肝臓グリコーゲン合成ピークより早かったことから、肝臓と筋肉では、グリコーゲン合成のメカニズムが異なっていると考えられる(図3)。
【摂取する糖質によるグリコーゲン合成の差異】
空腹や激しい運動により枯渇したグリコーゲンは、糖質の中でもどのような種類の糖質の摂取がグリコーゲン回復に効果的であるのかを検討した。
肝臓のグリコーゲンは、グリコーゲンの基質であるブドウ糖および2糖類の麦芽糖を投与しても低値のままであるが、砂糖の投与により、著しい合成増加が認められた。砂糖の構成単糖類であるブドウ糖と果糖を1:1の割合で混合したものを経口投与すると、砂糖より低いがブドウ糖や麦芽糖よりも有意に高値を示した(図4)。肝臓のグリコーゲン回復には、ブドウ糖と果糖の組み合わせ、さらに2糖類の形状で摂取することが生理的に重要であると考えられる。
【脳と砂糖】
疲労やストレスが蓄積すると、和菓子などの甘い物が欲しくなる。これはストレスを解消させる脳の活力源である糖質が不足している状態である。糖質は脳にとって良質のエネルギー源であり欠かすことのできない重要な栄養素である。
脳は、砂糖や主食に多い糖質の材料であるブドウ糖を利用する。脳が消費するエネルギー量は、他の臓器と比較してかなり大きく、脳の重さは体重の2%程度であるが、そのエネルギー消費量をブドウ糖で換算すると一日当たり120gである。1日のエネルギー消費量として体全体の18%、ほぼ5分の1を占める。
疲労やストレスによって、血糖が低下すると脳へのブドウ糖は不足する。脳のエネルギー不足つまりガス欠になると、体の中枢機能が低下し、記憶力や集中力の低下が起こる。図5は、自動車のスピード事故がブドウ糖の摂取量によって防止できるかを調べた模擬実験の結果である
12)。スピードの出しすぎによる事故は、砂糖やブドウ糖をあらかじめ摂取すると防止できる。このことは、砂糖は注意力を維持する栄養素の1つであることを示唆している。
また、ストレスによるイライラ解消には精神安定ホルモンであるセロトニンが大切である。セロトニンは、脳の松果体で必須アミノ酸であるトリプトファンから合成される。トリプトファンは、他のアミノ酸が増加すると競合しやすいため、脳内に運び込まれる量が少なくなる。脳でのセロトニンレベルを上げるためには、トリプトファンの摂取だけでなく砂糖を摂取することが有効である。砂糖の摂取でインスリン分泌が高まると、トリプトファンは取り込まれやすくなる。図6は8人の健常者の夕食として、高糖スープ(無タンパク食)、あるいは低糖スープ(高タンパク質)を摂らせ、それぞれに400mgのトリプトファンを添加したものである。その結果、血中のLNAA(トリプトファンと同じ輸送体により脳への運び込まれるアミノ酸:分岐鎖アミノ酸+フェニルアラニン+チロシン+メチオニン)に対するトリプトファンの比は、著しく増加した。さらに、血中トリプトファン/LNAAと脳トリプトファンに、相関関係が認められた。このことから、糖質の摂取はトリプトファンの脳への取り込みを促進し、セロトニン産生を促進した
13)。
脳における砂糖の摂取はエネルギー供給や精神安定において有効であるとされる。特に砂糖は、でんぷんに比べ消化吸収が早く、インスリン分泌も程々に高いことから、短時間の疲労回復やストレス解消に有効である。昔からの間食の習慣や疲労時の甘い和菓子の摂取は、脳の機能活性や精神安定を促す上で利にかなっている。
表1 朝食と中2数学との関係
朝 食 |
数学の平均値 |
ほとんど食べない |
452 |
食べないことが多い |
458 |
大体食べる |
480 |
必ず食べる |
513 |
(2002.12.15文部科学省)
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また、朝食での糖質摂取も1日のスタートにおいて不可欠である。生活の夜型化やダイエット目的などで20代前半の1人暮らし女性の約30%が朝食抜きである。睡眠中は1日の中で最も体温が低く、心拍数も少ないが、この間も肝臓にグリコーゲンという形で貯めておいたエネルギーを消費しており、目覚めた頃にはほとんど使い切っている。そのため、朝食を食べて、まずは脳の働きに大切なエネルギーを補給しなければならない。
文部科学省による小学校5年生から中学3年生までの学力調査と朝食の関係によると、毎日朝食を食べている子の平均点は1番高く、朝食を全く食べてない子と61点(1000満点中)も差があった(表1)。朝食抜きでは、脳の働きも鈍く、しかも空腹感がいらいらを募らせ、集中力も低下する。
従って、朝食で糖質をしっかり摂取し1日スタートすることは、勉強や仕事がはかどるための1番のポイントである。
【砂糖と飲酒】
飲酒時の食事は、タンパク質・脂質に比べて糖質の摂取が少ない。普通食・低糖質食・低脂肪食にアルコールを一定量与えたラットの実験では、低糖質食つまり高脂肪・高タンパク質にすると肝臓の中性脂肪やγ-GTP(アルコール性肝機能障害の指標)、CYP2E1(肝薬物代謝酵素系)のいずれも上昇した(表2)14)。このことから飲酒の大量摂取による肝障害は、砂糖などの糖質の摂取で予防効果があると考えられる。
疫学の調査研究では、飲酒による血清γ-GTPの上昇は砂糖や果物類の摂食量で抑制される。砂糖の摂食量を変えてみると、少量の砂糖ではその理由は不明であるが、飲酒量に比例して血清γ-GTPが増加した(図7)15)。砂糖は飲酒による肝障害の防止に効果がある。果物はそのものの摂取によって血清γ-GTPを低下させるが、飲酒による増加を抑制する効果がなかった。
表2 肝臓の変化に対する飲食と食事の影響
食事 |
中性脂肪 (mg/g・肝) |
γ-GTP (IU/g・肝) |
コントロール食 |
33.3 |
0.34 |
低脂肪食+アルコール |
21.8 |
0.44 |
低糖質食+アルコール |
53.8 |
0.82 |
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【砂糖による水分補給と競技力アップ】
水は体内のいたるところに存在し、成人男性では体重の約60%を占めている(表3)。体内の水は細胞の形を保ち、肌にみずみずしさを与えている。年をとると肌のみずみずしさがなくなるのは、体内の水分量が減少するためである。また、水は物質を溶かすことができ、血液をサラサラにして、いろいろな物質を体内のいたるところに運んでいる。
水のもう一つの働きは体温の調節作用である。気温が高くなったり、激しい運動をすると、体温の上昇を防ぐために、体から体熱を含んだ水(汗)がでる。汗には、体内の熱を体表面に運び、蒸発熱とともに体外へ放出する働きがあり、体温調節に役立っている。体の水不足は汗の量を少なくして体熱の放散を悪くし、体温を上昇しやすくする。例えば自動車は冷却水が不足すると、エンジンの温度の上昇を抑えられなくなって調子を悪くし、動かなくなる。同じように体の水分が10%も失われると、著しく体調が悪くなり20%の損失になると、生命維持も困難になる。
例えば、スポーツなどの水分補給は運動中の体温上昇と脱水症状を防止するだけでなく、血行をよくしてスポーツ競技力を高めることが可能である。水分の体内への吸収率を最大にするスポーツ飲料の糖分濃度は4〜8%である(図8)。特に単糖類のグルコースや果糖ではなく、2糖類の砂糖が優れており、スポーツ選手の致命傷になる下痢の予防にも効果的である。また、砂糖に含まれる果糖は、適量であれば運動中において持久性運動に不可欠な脂肪組織からの脂肪動員を高めるのでスタミナアップに貢献できる。
また、運動中の水分補給のために、あらかじめ胃の中を空っぽにしておく必要があり、競技30分前に4〜8%の砂糖入りスポーツドリンクが最適である16)。
表3 体内の水分量と加齢
年齢(歳) |
体内水分量 |
男性 |
女性 |
10〜18 |
59 |
57 |
18〜40 |
61 |
51 |
40〜60 |
55 |
47 |
60以上 |
52 |
46 |
(体重に対する%)
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【要約】
摂取した糖質は、肝臓と筋肉にグリコーゲンとして貯えられる。肝臓のグリコーゲンは、血糖を常に一定に保ちながら、肝臓の様々な代謝と機能を維持する生理的役割を果たしている。筋肉のグリコーゲンは、血糖維持には全く寄与せず、主に筋線維の活動に利用されている。このことから、健康管理と生活の質を高めるために、肝臓および筋肉のグリコーゲンは、生理的必要性に素早く応じられるように日頃から高く維持し、絶食や激しい運動などで枯渇したグリコーゲンは、速やかに回復することが重要である。
肝臓と筋肉のグリコーゲンおよび体脂肪と代謝リズムと摂食を調べた結果、血中生化学成分の変化に連動して、肝臓と筋肉のグリコーゲンおよび体脂肪は摂食サイクルに依存した日内リズムが認められた。
次に、肝臓グリコーゲン合成において、摂取する糖質の種類によりグリコーゲン合成が異なり、特に砂糖に対する著しい合成増加が認められた。
砂糖は脳の働きを高め、ストレス解消に効果があり、アルコールの飲みすぎにもよく、しかもスポーツ選手の競技能力向上と熱中症の予防にも適している。
(共著 高津有紀、加藤 悠、渡邊宏美、中村亜紀)
【参考文献】 |
1) |
上代淑人監訳ハーパー・生化学 原著25版, p215‐223. 丸善,東京. (2001) |
2) |
中川八郎 サーカディアンリズムとホメオスタシス.治療学 vol.28 no.5:8‐10. (1994) |
3) |
Sherman WM Metabolism of Sugars and physical performance. Am J Clin Nutr 62(suppl):228S-241S. (1995) |
4) |
McDevitt RM, Bott SJ, Harding M, Coward WA, Bluck LJ, Prentice AM . De novo lipogenesis during controlled overfeeding with overfeeding with sucrose or glucose in lean and obese women. Am J Clin Nutr 74:737-746. (2001) |
5) |
Hill JO, Prentice AM. Sugar and body weight regulation. Am J Clin Nutr 62 (suppl):264S-274S. (1995) |
6) |
Konig KG, Navia J Nutritional role of sugars in oral health. Am J Clin Nutr 62 (suppl):275S-283S. (1995) |
7) |
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8) |
Press Release 98/26 FAO/WHO(1997)April 5 |
9) |
Pagliassotti MJ,Prach PA. Increased net hepatic glucose output from gluconeogenic precursors after high-sucrose diet feeding in male rats. Am J Physiol 272 (2 Pt 2):R526‐31. (1997) |
10) |
Suzuki M,Ide K, Saitoh S. Diurnal changes in glycogen stores in liver and skeletal muscle of rats in relation to the feed timing of sucrose. J Nutr Sci Vit- aminol 29:545-552. (1983) |
11) |
高野優, 中村亜紀, 増山悦子, 加藤秀夫, 鈴木公 糖質の違いによる肝臓および筋肉グリコーゲンへの影響 第56回日本栄養・食糧学会大会講演要旨集:p.281. (2002) |
12) |
中川八郎 脳の栄養学―脳の活性化法を探る p34−35 共立出版 (1988) |
13) |
中川八郎 脳の栄養学―脳の活性化法を探る p64−67 共立出版 (1988) |
14) |
Tsukada H, Wang PY, wang Y, Kaneko T, Nakano M, Sato A. Dietary carbohydrate intake plays an important role in preventing alcoholic liver damage in the rat. J Hepatol 29, 715-724. (1998) |
15) |
Nakajima T, Ohta S, Fujita H, Murayama N, Sato A.Carbohydrate related regulation of ethanolinduced increase in serum γ-glutamyltranspeptidase activity in humans. Am J Glin Nutr 60,87-92. (1994) |
16) |
Brouns, F : Nutritional Needs of Athletes p.68, John Wiley&Sons, (1993) |
「今月の視点」 2004年1月 |
●年頭所感
独立行政法人農畜産業振興機構 理事長 山本 徹
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●おやつは心を育てる
日本女子大学 人間社会学部心理学科 教授 飯長 喜一郎
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●砂糖と健康 〜肝臓と筋肉の働きを高める砂糖の生理的役割〜
県立広島女子大学生活科学部健康科学科 医学博士 加藤 秀夫
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