[2005年1月]
【調査・報告〔砂糖/健康〕】
I. はじめに
甘味は子どもから高齢者まで、すべての人に好まれる味であり、砂糖を含む甘味のある食品は多数ある。それらの砂糖量は飲み物の5〜10%程度から、氷砂糖の100%まで幅広い。このように砂糖濃度が異なっているのは、それぞれの食品にとってその濃度がちょうど良いからである。
食品を食べるときには食品が完全に細かくどろどろになるまで咀嚼することはない。口中で何回か咀嚼し、食品をある程度、細かくしたところで飲み込んでしまう。例えば食品中に含まれる砂糖は口中で咀嚼し、食品の表面積が大きくなっていくところで唾液に混ざって溶け出し、舌上にある味蕾の味神経を刺激する。従って、咀嚼せずに固形食品を飲み込んだら、表面の砂糖のみ唾液に溶けるので、ほとんど甘味を感じることなく食品は食道から胃へと送られる。もし、食品を咀嚼することを途中でやめれば食品の表面積はそれ以上増加せず、食品中の砂糖は、それまでに唾液に溶け出した砂糖の甘味として感じられることになる。食品の水分が多ければ砂糖は容易に食品から押し出されるし、容易に咀嚼されて細かくなって唾液中に溶けだす。水分が少ないあるいは硬い場合にはこの逆になるので、砂糖を多くしないと満足感が得られない。
このように、食品を食べたときに感じる甘味の強さは、食品中に含まれる、砂糖の量とは必ずしも一致しない。そこで、適切な砂糖の摂取のために、以下の「甘味効率」という指標を用い、甘味効率と物性との関係を調べることにより、物性から甘味効率を予測するという研究を行った。すなわち、甘味効率が1未満の食品は、実際に含まれる砂糖濃度と比べて甘味を感じにくい性質のものとなる。
甘味効率= |
(食品を食べたときに感じる砂糖の濃度)/(食物中に含まれる実際の砂糖濃度) |
以前、当研究室で5種類の菓子について甘味効率の測定を行った。5種類の菓子とは、メレンゲ(砂糖15、30、45%)、キャンデー(砂糖20、30、40、50、60、70、80%)、羊羹(砂糖62、68、72%)、チョコレート(砂糖35、40、45%)、および、クッキー(砂糖7.8、17.2、24.4%)である。
甘味度と甘味効率は表に示すように、メレンゲでは、0.45付近、キャンデーでは0.3付近、羊羹では0.26〜0.38、チョコレートでは、0.35〜0.47、クッキーでは0.41〜0.87となった。菓子の甘味の感じ方は材料配合や物性の影響を受け、実際に菓子中に含まれている砂糖量よりも少ないと感じているのである。
食品を食べたときの甘味に影響を与える要因として、まず第一に、共存する他の味との相互作用(対比効果、抑制効果、相乗効果など)があるが、ここでは最も影響の大きい要因として、物性つまり、食品の弾力、硬さ、粘りなどの性質をとりあげる。
II.方 法
1.甘味効率の測定
当研究室では、基準物質を与え、等価濃度を求める方法によって甘味効率を測定した。すなわち、検体と標準試料を対にして、味の強い方を選ばせる。その結果をプロビット法で解析し、等価濃度を求めた。
検体試料に対して、等比間隔で濃度を変えた一連の標準試料(ショ糖水溶液)を用意し、検体試料と同じ濃度に感じられる標準試料(砂糖水溶液)を選ばせる。あるいは、検体試料と標準試料(砂糖水溶液)をペアにして同時に渡し、どちらの味が強いか答えさせる。一連の標準試料(砂糖水溶液)の濃度は、等比間隔(0.5、0.75、1.125、1.688・・・というように比を一定、この場合1.5倍とする)とした。等差間隔(0.5、0.8、1.1、1.4・・・というように差を一定にする)にしないのは、人間の感覚の強さは刺激の強さの対数に比例することが分かっているからである(ウェーバー・フェヒナーの法則)。8%の砂糖溶液と10%の砂糖溶液の甘さの違いは簡単に区別できるが、28%の砂糖溶液と30%の砂糖溶液の違いを区別するのは難しいという経験からもうなずける。
テストをした人の回答を集計し、標準試料(砂糖水溶液)の方が検体試料より甘いと答える人が50%となる標準試料(砂糖水溶液)の濃度を等価濃度とし、検体試料中に含まれる砂糖に対する割合を求める。当研究室では後者の、検体試料と標準試料(砂糖水溶液)をペアとして提示し、甘味の強い方を選ばせる方法を用いることが多い。初めは検体試料より、砂糖水溶液の方が濃度が低く甘味が小さいので、検体試料を選ぶ人の方が多いが、砂糖濃度が高まるに従って、検体試料より砂糖水溶液の方を甘味が強いと選ぶ人が多くなる。ちょうど50%の人が砂糖水溶液の方を選んだときの、砂糖水溶液をその検体試料の等価砂糖濃度とする。このような方法をプロビット法といい、正規確率紙にプロットして、人数分布50%の砂糖濃度を求めることができる。
等価濃度に対する食品中の甘味物質濃度の割合を求め甘味効率とする。
2.モデル食品調製
物性と甘味効率との関係を調べるために、3種のモデル食品を選び(ゼラチンゲル、ジャガイモデンプンゲル、トウモロコシデンプンゲル)、それぞれに砂糖濃度を変えた検体試料を調製した。
(1) ゼラチンゲル
ゼラチン濃度を3、5、および7%の3段階とし、ショ糖濃度を20、30、および40%の3段階に変えて9種類のゲルを調製した。4℃で18時間放置して凝固させたのち、一定の大きさに切って、官能検査および物性測定を行った。
(2) ジャガイモデンプンゲル
ジャガイモデンプンの濃度を10、15、20%の3段階とし、ショ糖濃度を20、30、40%の3段階に変えて9種類とし、加熱してゲルを調製した。加熱方法は蒸し加熱とし、10および15%デンプンゲルは100℃で1時間、20%デンプンゲルは100℃で2時間加熱した。一定の大きさに調整したのち、官能検査と物性測定を行った。
(3) トウモロコシデンプンゲル
トウモロコシデンプンの濃度を10、15、20%の3段階とし、ショ糖濃度を20、30、40%の3段階に変えて9種類とし、加熱してゲルを調製した。加熱方法は、ジャガイモデンプンと同様である。一定の大きさに調整したのち、官能検査と物性測定を行った。
3.モデル食品の物性測定
以下の方法で物性を測定した。
水分:材料配合より計算で求めた。
比重:ピクノメーター
硬さ:テクスチュロメータGTXII(口に入れて奥歯で噛んだときの硬さ)
凝集性:テクスチュロメータGTXII(奥歯で噛んだときの弾力のような応答)
貯蔵弾性率:レオログラフゲル(食品にほんの少し力を加えたときの弾力のような性質)
損失弾性率:レオログラフゲル(食品にほんの少し力を加えたときの粘性的な性質)
離水量:遠心分離法(食品から水分の分離しやすさ)
4.物性と甘味効率との関係
3種の試料のそれぞれについて甘味効率を目的変数とし、物性測定値を説明変数として重回帰分析を行った。いくつかの物性測定値(説明変数)に係数をかけたものを足し算する式を作り、物性から甘味効率(目的変数)を予測しようと言う試みである。
III.結 果
1.モデル食品の甘味効率と物性
(1) |
ゼラチンゲル
官能検査の結果求められた甘味効率は0.20〜0.41の範囲であった。
ゼラチンゲルの物性測定値と甘味効率の相関係数を測定したところ、-0.9〜0.5の範囲で相関があった。最も相関の高かった物性測定項目は貯蔵弾性率であった。
貯蔵弾性率は、負の相関であったので、貯蔵弾性率(弾力のようなもの)が大きくなると甘味効率は小さくなる関係にある。(図1)
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(2) |
ジャガイモデンプンゲル
官能検査の結果得られた甘味効率は、3.6〜12.8の範囲であった。ジャガイモデンプンゲルの物性測定値と甘味効率の相関係数は0.8〜-0.8の範囲で相関があった。(図2)
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(3) |
トウモロコシデンプンゲル
官能検査の結果得られた甘味効率は、0.26〜0.42の範囲であった。トウモロコシデンプンゲルの甘味効率と物性測定値との間には、0.8〜-0.6の範囲で相関があった。(図3)
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2.物性と甘味効率との関係
最も寄与の大きかった説明変数は、ゼラチンでは貯蔵弾性率と比重であり、ジャガイモデンプンでは硬さと凝集性、トウモロコシデンプンでは離水量と凝集性となった。それぞれの寄与率は、約80%、80%、60%であった。
ここで、採用された物性測定項目は図中相関の高い物ばかりが選ばれているとは限らない。甘味効率と相関が高い測定項目がいくつかある場合、それら物性測定項目の相互に相関が高いと、重回帰式では一方が採用されるともう一方は省かれることがある。そのため相関係数と重回帰式に採用される項目とは必ずしも同じではない。
3種をあわせると、硬さとゲル化剤濃度の寄与が大きかった。このように3種のゲルの甘味効率は物性測定値から予測が可能である。ゲル化材濃度と硬さの測定によってある程度予測できることがわかった。
IV.考察
これまでに調べられている食品の甘味効率はほとんどの場合、0.5以下(表)である。このことは、砂糖を含む食品を食べているときの甘味の感じ方は、実際に含まれている砂糖量の1/2程度の濃度でしかなく、自分で思っている以上に砂糖を食べすぎる恐れがある。逆に少ない砂糖で甘味の満足感を得ようと思ったら、物性をコントロールすればよいことになる。さらに、もし、甘味効率を物性から予測できれば、砂糖の摂取量を調節できるはずである。
本研究の結果は3種の均一なゲルによる結果ではあるが、甘味効率は物性測定値によってある程度説明できることが分かった。ゲル化剤の種類を変えてさらに多くの試料で実験を行うことにより、一層広範囲に応用できる結果が得られるものと考えられる。
表 菓子の甘味度と甘味効率 |
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