[2004年7月]
夏植型一年栽培技術と不良環境適応性高バイオマスサトウキビの開発
九州沖縄農業研究センター 作物機能開発部長
杉本 明
琉球弧には痩せて保水力が低く、台風や干ばつの被害が頻発する圃場が多い。そのような不良環境条件下の圃場で安定多収を実現するためには、梅雨の降雨の有効利用と台風や干ばつへの抵抗性の獲得が必要である。九州沖縄農業研究センター種子島試験地では、萌芽に有利な秋収穫が可能な極早期型高糖性のさとうきび、及び、砂糖含有率は低いが、茎数が多く、収穫後の株再生力の高い多収性系統を数多く作出した。これらの技術は多段階的利用によるさとうきび食品等の周年生産、不良環境地域での砂糖・エネルギー複合生産用作物としての利用が期待される。
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琉球弧におけるさとうきびの少収の実態
琉球弧のさとうきび栽培地域には少収地域が多いこと、株出栽培は世界的に見ても低調で収量も継続回数も少ないこと、その主因が台風・干ばつ・低地力等の不利な自然環境、植付時の圃場の悪条件や収穫・萌芽時の低温等の自然環境と栽培法との不適合にあることを平成14年度、15年度発行の本誌上で報告した。
10アール当たり茎収量は、1984/85年期から2001/02年期に至る18年間の平均値で、沖縄県の主要地域が夏植7.2トン、春植4.6トン、株出は5.3トン、鹿児島県下では夏植8.0トン、春植5.3トン、株出で6.0トンである。2001/2002年期の実績でみると、沖縄県下の主要地域が、夏植で6.6トン、春植で4.2トン、株出は4.5トン、鹿児島県下では夏植が8.1トン、春植が5.5トン、株出は6.0トンである。小収である沖縄県における夏植の茎収量は9.0トン(沖縄本島南部)から4.2トン(伊平屋島)であり、地域間の変動係数は21.7%と大きい。多良間島が5.6トン、北大東島は5.4トン、与那国島は5.0トンで特に低い。春植はさらに低く、5.9トン(沖縄本島南部)から2.2トン(与那国島)である。地域間の変動係数は30.8%と大きく、2トン台、3トン台の極端な少収地域が認められる。株出も少収で、6.7トン(沖縄本島南部)から1.8トン(多良間島)である。地域間の変動係数は34.6%と大きく、伊平屋島は2.5トン、与那国島は3.3トンと少ない。
少収要因の第1は、出芽・株立ちの不良からくる欠株と分げつ不良による原料茎数の不足、及び、低肥沃度土壌や干ばつ、湿害、初期管理の不全等による茎の肥大・伸長の不足である。台風時の茎の折損による原料茎の減少も要因の一つである。株出の少収は、新植における事由に加え、収穫時の株引き抜き、萌芽不良による欠株の増加、株出処理の不全や株上りからくる根圏土壌の減少による茎の肥大・伸長の不足がある。
不良環境地域における生産性向上に有効な栽培技術
1.夏植型一年栽培技術の開発と導入
台風、干ばつ、冬の低温、そして梅雨は、さとうきび栽培における琉球弧・南北大東島地域の気象の特徴である。台風・干ばつ・萌芽期の温度不足は安定株出多収の大きな障壁であるが、梅雨は夏の強日射条件下で旺盛に生育するための重要要件である。春植は温度上昇に沿って作物が生育し低温期に登熟期が重なる合理的栽培型であるが、台風・干ばつの影響を受け易く小収になる危険が多い。春植に続く株出は夏植後の株出に比べ萌芽が優れるが、冬収穫の場合には低温の影響を受るため、収量も継続回数も世界的に見て水準が低い。既存品種の発芽・萌芽適温が30℃以上である一方、冬季の気温は最南部の石垣島でさえ20℃以下で、適温よりはるかに低いためであると考えられる。夏植は台風・干ばつに比較的抵抗力があることが経験的に知られている。夏植の安定性は、梅雨時期の降雨の十分な利用と干ばつ・台風発生時の節数・根圏の確保によると推察される。夏植の弱点は、長い在圃期間による低い土地利用効率、倒伏による収穫作業の難渋と糖度の低下、株出萌芽の不良である。九州沖縄農業研究センターでは、夏植の利点を生かし弱点を克服する栽培法として、夏または秋に植えて1年後に収穫する夏植型1年栽培技術(秋植・秋収穫栽培)の開発に取り組み、秋収穫栽培は冬収穫に比べて多収であること、既存品種・系統では糖度が低過ぎる(第1表)が育成系統の中には秋収穫でも高糖性を示すものがあること(第2表)を明らかにした。そして、秋収穫と冬・春収穫とを組み合わせて収穫期間を長期化し、ハーベスタの小型化で可能になる畦幅縮小・原料茎数増加によって多収を得ることを提案した。秋収穫の導入による収穫期間の長期化はハーベスタ稼働率の向上による収穫の低コスト化、収穫作業の負担感軽減による規模拡大への意欲向上、梢頭部供給期間の拡張による畜産との連携強化、土地や労働力の分散による冬野菜や葉たばこ栽培との連携の強化、早期水稲の準備作業推進等に有効であり、琉球弧・南・北大東島地域における持続的農業確立の鍵となる技術として期待される。さらに、多段階利用による高付加価値食品等の周年生産に発展することが期待される。
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2.既存品種が小収な条件下でも多収性を発現する品種の育成
収穫期間を広げて営農の幅を広げ、機械・施設の稼働率を向上させるには、秋収穫の導入に加え、冬季収穫の改善が必要である。普及品種は低温下での萌芽や初期生育が不十分なため、株出の収量や継続回数が世界的に見ても低い。その克服のため、初期選抜を工夫し、多様な自然環境下にある各地域に適応性の高い特徴的な株出多収性品種の育成に努めた結果、Ni16、KF92-93、KF93T-509、KF92T-519等、萌芽が優れる株出多収性品種・系統を育成することができた。Ni16、KF92-93、KF92T-519等は萌芽が優れ、第3表に示すように、新植、株出ともに可製糖量が多く、第4表に示す通り、普及品種が少収な地域・圃場でも比較的多収を得ることができるのが特徴である。
3.不良環境適応性の高い高バイオマスさとうきび(モンスターケーン)の開発
物質循環機能が高いさとうきびには、干ばつ・台風や低肥沃度土壌の多い琉球弧・南北大東島地域における持続的農業の基幹作物としての役割が求められる。台風・干ばつや低肥沃度土壌への適応性の獲得には、深く発達した根系、地上部・地下部両面での旺盛な初期生育が必要であるが、製糖用実用品種・系統相互の交配では、そのような特性を具える後代は見あたらない。Ni16、KF92-93やKF92T-519も厳しい干ばつ・台風に耐え得るものではない。
九州沖縄農業研究センター種子島試験地では、琉球弧の特徴である干ばつや痩せた圃場における連年多回株出多収の実現を目標に、スイートソルガム、サトウキビ野生種、ススキ属植物、エリアンサス属植物等を用いた種・属間交雑を実施している。交配素材となる野生種やエリアンサス属植物には、製糖用実用品種・系統には見られない、幅の広い根系や、深い根系を具えるものが認められた(写真1)。低温条件下での腋芽の伸長や耐霜性に優れるものも認められた。それらの素材と製糖用さとうきびとの交配によって多数の雑種第1代系統、さらに戻し交雑世代を作出し、優れた根系、萌芽性、分げつ特性を優先して優良系統を選抜した。その結果、深い根系や、優れた分げつ特性を具える多数の株出多収性系統を作出することができた(写真2)。いずれも収穫後の萌芽性が優れ、株出における物質生産力が優れるのが特徴である。
(左)
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(右) |
写真1 広がりの大きいサトウキビ野生種の株(左)と強く深くエリアンサス属植物の根系(右) |
a:株出第1回目の生育
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b:分げつが多い '97S−133 |
c:根系が深い '97S−41
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d:種・属間交雑手続の根系
最左;NiF8、左5番目; '97S−41 |
e:飼料用に栽培したKRSp93−19
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写真2 種・属間交雑で作出した株出多収性系統及びその根系(a〜e) |
第5表に種子島の黒ボク土壌で実施した栽培試験の第3回株出の結果を示した。株出多収性のモデル植物として供試したリピデイウム属植物JW630の乾物収量は9,000kg/10a、製糖用多収性系統KF92-93の可製糖量は710kg/10a、全糖収量は1,390kg/10aであった。供試系統の中で乾物生産力が最高であったのは、S8-5(IRK67-1×グラガクロエット)で9,070kg/10a、次に95GA-22の7,400kg/10a、KRSp93-19の7,220kg/10a等であった。可製糖量はその順に710kg/10a、550kg/10a、220kg/10a、全糖収量は、2,030kg/10a、1,970kg/10a、1,640kg/10aであった。製糖用多収系統と同程度の砂糖生産が可能であり、全糖収量が多いことから、余剰の糖を他の用途に利用できる可能性を具えている点が特徴である。多収性のモデルとしたエリアンサス属植物は株出回数が進むに伴って乾物収量が増加したが、糖蓄積機能は極端に低かった。種・属間交雑系統も株出多収性を発現したが、エリアンサス属植物ほどではなかった。可製糖量、糖収量が高かった'95GA-24や'97GA-27は株出の継続に伴って生育が衰えたが、'95GA-22、KRSp93-19、S8-5、S5-33等は株出3回目でも旺盛であった。製糖用実用品種のKF92-93は、乾物収量は種属間交雑系統等より低いが、可製糖量、糖収量は最高水準を維持した。
前述の系統の他にも、種属間交雑により可製糖率は低いが株出多収で多様な特性を具える多数の系統を作出した。第6表には深い根系を具える株出多収性系統'97S-41(G38×US56-15-2)、およびその突然変異処理系統(01M系統)等の生産力を示した。どの系統も収穫後の萌芽が優れるのが特徴である。その他にも、根系や萌芽・分げつ特性が優れ不良環境適応性が期待される株出多収性系統を数多く作出した。その中には乾物生産力と糖生産力とを兼ね備えるものも認められた。優れた根系・株再生力に基づく高い乾物生産力・糖生産力、そのような特性を具える系統は、不良環境条件下における糖質・エネルギー・バイオプラステイック等の原料生産を地力改良型栽培で進めるための基本技術として活用されることが期待される。
製糖業の発展を目的に新形質さとうきびを栽培するには既存品種への悪影響があってはならないため、黒穂病を始めとする病害虫抵抗性の品種育成を急ぐ必要がある。当面は黒穂病抵抗性系統の作出を第一に育成を進める。多数の系統を対象に黒穂病抵抗性の評価を実施して抵抗性系統を選定すると共に、黒穂病抵抗性作出能力の高い交配組み合わせを探索して集中的に後代を作出する予定である。
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耕畜連携の強化による持続的農業確立のための新飼料作物の開発
琉球弧は子牛生産を中心にした畜産業が盛んである。地力消耗が激しい琉球弧において、畜産廃棄物としての糞尿は地力維持のための貴重な有機物源であり、その意味からは畜産は物質循環の要であるといえる。畜産の持続的経営には低コストで安定した粗飼料の供給が重要であり、それには干ばつ等の影響で収量が低い飼料作物圃場での安定多収生産が重要である。また、そのような圃場で多収栽培を実現することは飼料作面積の縮小に繋がり、結果としてさとうきびの栽培面積を増加することに繋がる。そこで、種・属間交雑で作出した株出多収性系統の飼料作物としての生産力を評価した。第7表にはコーンハーベスタによる収穫を想定して畦幅80cmで栽培したときの生産力、第8表には一般飼料成分を示した。KRSP93ー19は新植、株出共に多収であったが短期間の間に収穫を繰り返した場合には生産力が急速に減少した。S8-2は新植の収量は低いが株出では収量が向上し、株出回数が増えても収量低下が見られない多回株出多収が特徴であった。
飼料用として作出した系統は、製糖用さとうきびに比べ明らかに収量が多く、いずれも株出多収性と多回株出性を示したが、当初の交配組み合せが、交雑の容易な、NCo310、Ni6、IRK67-1等の製糖用品種を母親に、サトウキビ野生種グラガ・クロエットを父親に用いており、作出された後代の多くは黒穂病感受性である可能性が高いため、前述の用途と同様、実用化には黒穂病抵抗性の付与が必要である。