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北海道農業者のてん菜直播栽培に関する経営評価

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最終更新日:2010年3月6日

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今月の視点
[2005年2月]

【生産/利用技術】

(社)北海道地域農業研究所 常務理事   黒澤 不二男


はじめに
1.考察対象の選定
2.両グループの差異分析
3.てん菜「直播」に対する評価
まとめにかえて


はじめに
 北海道は水稲、畑作、酪農など各作目で強固な基盤を築きあげて、その農業生産は日本農業に大きなウエイトを占めている。そこで展開する経営は相対的に大規模で、専業経営が多く、既に構造改革(経営改善と合理化)が一定程度実現していると言って良い。
 しかし畑作や酪農と比較して比較的零細な経営規模階層を内包している稲作が、現在直面しているように、北海道農業の基盤も盤石ではない。WTOやFTAの結果いかんによってさらなる輸入農畜産物・加工品の増加と国内価格低落の脅威に直面することになる。従ってその事態にある程度対応しうる体制の構築が不可欠である。現行の品目別価格・所得保障制度の持つ需給調整、生産・品質向上に及ぼすインセンテイブ機能の長所を維持継続しつつ、いま論議の焦点となっている「品目横断的政策(直接支払い)」などへのスムーズな移行が模索されている。さて、その北海道畑作の基幹を担っている甘味資源作物・てん菜もその主要な対象としてスポットが当てられているところである。独立行政法人農畜産業振興機構(以後「機構」と略記)は、平成15年度事業の一環として「甘味資源作物(てんさい)生産・経営構造調査」を実施、その成果を昨年公表した。その中では、北海道のてん菜作農家に対する「アンケート調査」を糖業3社や農協の協力により組織的・系統的に実施、筆者もその作業に参加、てん菜作の現状と課題などを提示している。
 本稿では、そのデータを素材として直播栽培に絞り込んで再集計を試み、若干の知見を得たのでその結果を紹介したい。
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1.考察対象の選定
 今回の「アンケート調査」の対象戸数(回答戸数)は総体で457戸であるが、てん菜作にかかわっての労働対応で春作業(育苗・移植)での労働制約を回避するための「てん菜直播」の導入はそのうちの27戸である。今後導入を考えていると答えた75戸を加えたいわゆる「直播」肯定派は約23%と必ずしも高くはなかった。そこで、本稿では考察の対象の第1グループを現状で「直播」を導入している農家のうちで、その面積が2.0ha以上の20戸(うち1戸はデータ一部欠落のため除外)とし、対比的に第2グループとして移植のみの農家のうちてん菜作付面積の上位19戸(比較の都合上第1グループと同数とした)を選定した。この作付面積が大きい農家を対象とした理由は、労働対応の側面で「直播」の潜在ニーズがあると仮定してみたからである。結果として対象とした38戸を表1に示した。選定した「直播」グループのてん菜作付面積は平均で7.1ha(2.5〜17.0ha)、うち直播面積は平均で5.1ha(2.2〜15.5ha)、直播面積比率は平均で83.1%(全面積直播が14戸で74%)となっている。地域分布では北見地域が多いが、他2地域はほぼ同じ戸数である。これに対し「移植」のみのグループでは、てん菜作付面積は平均で22.4ha(16.0〜62.7ha)で「直播」グループの3倍強となっている。地域分布では道西地域が2戸と少なく北見が12戸と多いのが目立っている。

表1 てん菜「直播」 と「移植」比較分析対象リスト
(単位:面積ha、比率%)

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2.両グループの差異分析
(1)経営主体の条件差
 「直播」農家も「移植」農家も当然のことながら、てん菜作のみを行っている訳ではなく、それは母体の畑作経営の生産部門の一つである。表2で経営総面積(借地を含む)でみると「直播」グループは28.6ha、対する「移植」グループで65.8haと2倍の規模となっている。従って、階層分布も「直播」ではモードが20〜30haの正規分布を示しているが、「移植」では40ha以上と上層に偏った分布となっている。また、てん菜作の経営総体との関連で作付比率を算出してみると、「直播」では25.4%と輪作の観点からも標準的であるのに対し、「移植」では39.7%とてん菜作のウエイトが高いという特徴を持っている。
 このことは、『大規模畑作経営では「直播」に親和性が高く、中小規模経営では「移植」に親和性がある』という一般的認識とは逆の傾向を示していることになる。
 そこで、労働力という視点から検討してみた。表3に経営主の年齢階層分布と平均年齢を示した。これをみると階層分布では「移植」が若年層(39才未満)がやや多いが、平均年齢では48.0才と48.1才とほぼ同一であった。すなわち経営主の年齢条件では差異が認められない。
表2 経営総面積(自作地+借入地)階層分布
表3 経営主年齢階層分布と平均年齢
表4 農業従事者数の階層分布と平均農従者数
 次に農業従事者数(家族農従者+年雇用)の状況をみてみると、表4のとおり「直播」農家では平均2.9人(うち常雇は0.7人)、「移植」農家は5.2人(うち常雇2.6人)とその差は大きいが、家族農従者のみを比べると、2.3:2.6と変わらない。常雇の差は「移植」農家の中の大型協業法人によるところが大きい。
 このように経営総体面積と農従者数を対比してもその特質が必ずしも明確ではないが、農従者1人当たり総体経営面積(負担面積)の状況を見ると両者の相違が見えてくる。対象の各19戸の1人当たり負担面積を算出すると、「直播」では9.6ha(最小3.6〜最大18.5ha)、「移植」が17.0(最小5.0〜最大32.4ha)と「移植」の方が1.7倍となる。
 以上のことから推論すると、総体の畑作面積と労働力とのアンバランスがより先鋭に表れている「移植」農家でこそ直播のニーズが潜在しているとの仮説は、この段階では成立しないのである。
 従って、この逆転状態をどのように捉えるかが問題となる。
 そこで、経営主体の条件差よりも他の要因からアプローチしてみたい。

(2)作目編成と「直播」・「移植」の関連
表5 主要作目の作付比例と平均作付面積
 てん菜の作付比率と、てん菜と競合的関係(特に春作業面)が強いと目される「野菜」と「加工用馬鈴しょ」の2作目と経営総体の労働緩和に寄与するとされる「秋小麦」の作付比率を算出して一定の傾向性があるかどうかを表5によって検証してみた。
 てん菜の作付実面積では「直播」農家が5.3ha、「移植」農家が21.4haと大きな差があるが、作付比率でも「移植」は約40%で「直播」の25%に比較して高率となっている。まさに「移植」農家のてん菜の過作傾向が顕著である。それぞれの加工馬鈴しょと野菜の作付けを見ると実作付面積も作付比率も、てん菜作と競合を起こすようなレベルに達してはいない。これに対し秋小麦は「直播」農家で、作付比率、実作付面積はそれぞれ20%、5.3haとほぼ標準的と目されるが、「移植」農家では35%、21.4haとこれも過作気味である。一義的要因としては近年の秋小麦の高単収水準と相対的な労働粗放性が挙げられるが、集約度の高いてん菜の割合を高めるためなのか、労働生産性(投下労働の割に高い収益)の高い秋小麦そのもののウエイトを高めるためなのかは定かではない。いずれにせよ春先の労働競合が懸念される野菜作や馬鈴しょ作に関しては、「直播」、「移植」の双方38戸でてん菜作に影響を及ぼすような生産規模ではなかった。
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3.てん菜「直播」に対する評価
 冒頭にふれた、「甘味資源作物(てんさい)生産・経営構造調査報告書」の中で、筆者が整理したように、「直播」の利点として直接的には、春の移植準備・移植に関わる諸作業が不要となることから、人数も少なく、効率的に作業が遂行できること。また、間接的には、春の臨時雇用を縮減可能にしたり、移植機などの農業機械コストを低減できること。その他の効用としてはその労働力を経営の面積拡大とか、他作物(馬鈴しょなど)作業との競合部分の解消に充当したり、集約的な他作物栽培に振り向けることができることが考えられる。
 他方低生産にかかわる事項として、出芽率が低く不安定、出芽後の条件不良(強風被害、晩霜遭遇のリスク)から結果として単収水準が低位であることを問題としている。
 また、地域的な問題として、てん菜作基幹地帯である十勝などでは「土壌凍結深度」(少雪・低温)が深いことから、播種遅れ →初期生育量確保困難なども見逃せない課題として指摘されている。利点と欠点の評価に関しては、利点の回答件数が約100件に対し、欠点の回答件数が300件を上回っていることに反映しているように、利点の効用をはるかに上回る欠点(生産性低落分の経済評価)を認識しているようである。
 そこで、対象の「直播」農家のてん菜直播を評価する点をスコア化(1.0により近いのがプラス評価の度合いが高い)して図1に示した。これを見ると春期の投下労働を縮減できることやてん菜増反の可能性を生み出すことを評価している。また、移植に関わる機械・施設投資に関する固定費負担が不要なことも評価しているが、他作物との関連に対する評価の視点は低い。
 同様に「移植」農家がてん菜直播の欠点と考えている項目に関しても、同様にスコア化(1.0に近いほどマイナス評価度が高い)して図2に示した。欠点として強く認識しているのが、発芽不良・初期生育の不安定とこれに起因する低収量であった。

図1 直播農家のてん菜直播評価(利点と考えている項目)

図2 移植農家のてん菜直播評価(欠点と考えている項目)
 次に、10年後にてん菜を増反すると答えた農家が表6に示した通りそれぞれ3割程度存在するが、その栽培方法は現「直播」農家では6戸のうち5戸は「直播」継続、1戸が移植栽培への転換と答え、「移植」農家の7戸中5戸は移植を継続、2戸が直播栽培へ転換を計画していると答えている。これをどうみるかについてだが、それぞれ現行の栽培様式への「こだわり」をもっているように感じた。
表6 10年後のてん菜作付
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まとめにかえて
 今回のアンケート対象の457戸のうちから、現在「直播」栽培のみの19戸、「移植」栽培のみで、てん菜作付面積の大きい19戸を抽出して比較を試みた。そのねらいは経営総体も大きく、かつてん菜作付面積も大きな経営こそ省力性の高い「直播」栽培を志向せざるを得ない潜在的状況をもっているのではという仮説のもとに、限られたデータの中で一定の傾向性を見い出そうとしたものである。結果としては、大規模の「移植」農家は農従者1人当たり負担面積が大きいにもかかわらず、際立った労働制約の現象に制約されてはおらず、集約度の高い「移植」てん菜作への対応を、省力的な秋小麦作との結合によって行っている傾向が明らかとなった。収益追求という経営目標からみると妥当な選択だと言えようが、土地利用や輪作体系の維持などからは課題を内包していると考えられる。これに対し、「直播」農家はスタンダードな畑作の規範とも考えられるが、先に指摘されている低生産という根源的な課題をどう克服するかが問題であろう。筆者の所属する研究所では機構の補助事業の一環として北海道てん菜協会の委託を受け、北海道てん菜の中核地帯である十勝と網走管内において「直播」てん菜の生産費調査を展開中であり、これらの課題への足がかりが明らかになるものと期待されている。
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